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75.合流

 グロウスター卿の居室に向かって走り続ける。

 近付くにつれて凄まじい戦いの音が大きくなっていく。先行したルイソンが誰かと戦っているようだ。


「ルイソン!」


 その部屋は既に戦場と貸していた。扉は周囲の壁ごと吹き飛ばされ、内装は尽くが破壊され、窓はガラスを失って枠組みの残骸だけが残っている。


 既に破壊され尽くした部屋の中で、黒い鎧の集団が巨狼に蹂躙されていた。

 爪と牙が一方的に振るわれる。しかし黒鎧達はどれだけ痛めつけられても当然のように立ち上がり、手にした武器を巨狼に振るう。


 ルイソンによって部屋が破壊されたのか、それともルイソンが駆けつけたときには既にこうなっていたのかは分からない。どちらでも関係のないことだ。俺は部屋から弾き出された黒鎧がこちらに向かってきたのを見て、すぐさま《ワイルドカード》を《上級武術》に切り替えた。


「ったく、ゾンビみたいな奴らだな――それなら!」


 技術も何もあったものではない攻撃を回避し、姿勢を低くしたまま背後に回り込み、膝関節の裏側に双剣を突き立てる。


 可動域の関係上、関節の裏側だけは装甲を厚くすることができない。そういった場所は鎖帷子(チェインメイル)で保護されていて、斬撃にはそれなりの防御力を発揮するが、刺突であればこうして貫くことができる。


「これでどうだ……?」


 黒鎧が床に膝を突く。今の刺突は確実に靭帯を寸断した。どんなにタフでも物理的に四肢が動かせなくなれば戦えないはずだ。


 ところが、黒鎧は立ち上がれなくなったことを気にする様子もなく、ひたすらに剣を振り続けていた。


「……っ!」


 冗談じゃない。生理的な嫌悪感すら覚えてしまう。

 黒鎧の奴らの異様さもそうだが、人間をこんな風にしてしまった何者かの発想と所業に悪寒がした。


「構うな! プリムローズを探せ!」


 ルイソンが黒鎧の脚を鎧ごと噛み砕き、叫んだ。殆どの黒鎧はルイソンに殺到している。プリムローズとアイビスを探すのは今しかない。


「カイさん、あそこに!」


 エステルが指差したのは地面に残った血の跡だった。何かを引きずっていったような痕跡が隣の部屋まで続いている。


 すぐにその部屋の扉を開けようとしたが、内側から鍵がかけられているらしく、ドアノブを捻ってもびくともしない。黒鎧の侵入を防ぐために施錠しているようだ。俺は扉を叩いて中にいるであろう二人に呼びかけた。


「開けてください! 外の連中はルイソンが引きつけてます!」


 少しの間が開いて、扉の鍵が開けられる音がした。

 本棚に埋め尽くされた部屋の奥で、デミドッグのプリムローズが壁にもたれかかるようにへたり込んでいる。血の跡はプリムローズのところまで続いていて、壁際に小さな血溜まりを作っていた。


 俺はエステルを中に引き入れてから鍵を閉め、急いでプリムローズの手当てに取り掛かった。


 手当といっても特別なことをするわけじゃない。《上級武術》に変えていた《ワイルドカード》のコピー状態を《ヒーリング》に切り替えて傷を塞ぐだけだ。


「一体何があったんですか」

「黒い影よ……」


 思いの外、プリムローズの意識は明瞭だった。返答の声もしっかりしていて、俺の質問にハッキリと答えてくれる。幸いにも命に関わる傷ではないようだ。


「グロウスター卿を部屋から連れ出そうとしたら突然現れたの。咄嗟(とっさ)に腕を引っ張って阻止したけど、そうしたら影からあの黒い鎧が大勢……後は見ての通り。不覚を取ってグロウスター卿も連れて行かれたわ」

「あいつらにも《ムーンブリング》が効いてくれたから、何も見えなくなってる隙にどうにかここまで運んだんだけど……って、そうそう、こっちの怪我にも《ヒーリング》お願いしていい?」


 あの黒い影は、目当ての人間を連れていくだけでなく、向こうから戦力を送り込んでくることもできたのか。もしもディーの回収を阻止しようとしていたら、中庭で延々と戦い続ける羽目になっていたかもしれない。


 プリムローズに一通り《ヒーリング》を掛け終えたので、今度はアイビスの治療に移る。


「……っ、よく我慢してたな」


 アイビスは片翼を手酷く斬り裂かれていた。屋敷から飛んで逃げていないのが不思議だったが、この深手では飛べないのも当然である。いくら《ヒーリング》でも完治させるには時間が掛かりそうだ。


「やっぱり癒し手(ヒーラー)はいいよね。前は『クルーシブル』にも治癒スペルの使い手がいたんだけど、家の事情で故郷に帰っちゃっんだ。君、うちのパーティに入るつもりとかない?」

「悪いけど、勧誘は断ることにしてるんです。ていうか俺デミじゃないですよ」

「別にいいのよ。うちは種族のクルーシブル(るつぼ)だから、人間だろうとデミだろうとお構いなし。前にいた癒し手の子も普通の人間だったんだから」


 アイビスは気楽そうに振る舞っているが、額には脂汗が滲んでいる。傷の痛みを必死に堪えているのだ。


 デミバードとは言うが、アイビスの身体で鳥の形をしているのは肩から先と膝から下だ。空を飛べる鳥の形質なので、当然ながら脚は走行に不向きな形状である。腕を兼ねた翼は俺達にとって脚と同じくらい重要なはずだ。


「治療が済んだら、すぐにでもグロウスター卿を探しに……うっ」


 プリムローズが立ち上がろうとして目眩(めまい)を起こし、エステルに支えられた。


「無理はしないでください。《ヒーリング》でも失血までは治せないんですから」

「そうですよ。手がかりだってないんですから」

「いいえ……そうはいかないわ」


 エステルに支えられたまま、プリムローズはどうにか歩き出そうとしている。この様子では走ることはできなさそうだ。


「もうっ、この子達の言うとおりじゃない。(にお)いを辿ろうにもあんな形で連れて行かれたら無理なんでしょ。自宅だから本人の匂いはそこら中に残ってるし……それとも新鮮な匂いが見つかるまでシラミ潰しに歩き回るの?」


 警察犬は匂いを辿って犯人や行方不明者を見つけるというが、途中で匂いが途切れていたら追跡できなくなってしまう。黒い影に取り込まれて連れて行かれたなら追跡は不可能だろう。


 敷地内を歩き回ってグロウスター卿の匂いを探すという方法もあるが、アイビスの言うとおりここはグロウスター卿の自宅なので、同じ匂いがそこら中に漂っていてもおかしくない。


「難しいのは分かってるけど、このままだと何の成果も挙げられないでしょう。そんな恥を晒してハイデン市に帰れるわけが……」

「……ちょっと待ってください。探しやすくなるような特徴的な匂いがあればいいんですか?」


 ふと、俺はあるアイディアを思いついた。

 本当に実行可能なアイディアなのかどうかは、普通の人間の俺には分からないので、本人達の意見を聞くしかない。


「ええ……匂いが濃厚に残っていればもっといいわ」

「だったら、これはどうですか」


 俺はアイビスの翼に片手で《ヒーリング》の光を当てながら、もう片方の手で血まみれの服を引っ張った。


「俺の血じゃありません。詐欺師ディー……エノクの影武者の返り血です。そいつも黒い影で回収されていきました。だとしたら、この返り血と同じ匂いがする場所に連れて行かれているはずです。きっとグロウスター卿も一緒に」

「……! ええ、それならいけるわ。風に乗って漂ってくる血の匂いを嗅ぎ分ければ、彼らが影に連れて行かれた先を見つけられる」

「でも、この怪我じゃ歩くことも……」


 心配そうにしているエステルの頭に、プリムローズの毛むくじゃらの手がぽんと置かれた。


「安心して。ちゃんと『足』を呼ぶから」


 そしてプリムローズは《ディスタント・メッセージ》のリンクを誰かに繋いだ。


「ルイソン! 脱出するわ、四人分の輸送をお願い」

『あん? 四人だと? アイビスはどうした』

「手傷を負って治療中。四人と言ってもか弱い乙女が三人なんだから、大した重さじゃないでしょう」

『へっ、自分で言うか! 軽いの二人と重いの二人で了解だ!』


 通話が途切れた数秒後、部屋の扉が巨狼の体当たりで吹き飛んだ。

 廊下の向こうから甲冑のガチャガチャと鳴る音が近付いて来る。


「速攻で離脱するぞ。(つか)まりやがれ! 《ジャイアント・グロウス》!」


 スペルを唱えるや否や、狼型になっていたルイソンの身体がそのままの形状で二倍以上に巨大化した。


 床が軋み、出入り口の上部分が押し潰されて破片を撒き散らす。


 俺達は驚きながらもその毛皮にしがみついた。腕が翼になっているアイビスも、両脚と翼から生えた鉤爪でしっかり身体を固定している。


「振り下ろされても拾わねぇからな!」


 ルイソンの巨体が一気に加速し、部屋の窓を窓枠どころか周辺の壁ごと粉砕して外に飛び出した。建物数階分の高度も難なく着地し、そのまま実験施設に向けて疾走する。


「あっ、少し嫌な思い出がっ……!」


 俺が思わず漏らした呟きに、アイビスが小首を傾げる。

 昇格試験のときに、巨大なナイトウルフの身体にしがみついて戦った思い出が鮮明に蘇ってきた。


 あのときは死に物狂いで巨狼を倒そうとしていたが、今回は一緒に戦うためにしがみついているわけだ。世の中、本当に何があるか分からないものである。

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