73.第一の決着
激突の衝撃で互いのゴーレムの拳が崩壊する。土で出来た指が砕ける側から復元し、再び同じ形状を形作る。
《クリエイト・ゴーレム》の作用を受けた土は、常に『ゴーレムの形』を維持しようとする。使い手との経路が繋がっている間はそちらから魔力を吸い上げ、途切れていれば全身に込められた魔力を消費して復元する仕組みだ。
砕けた拳が再生する過程で、既に半分を切っていた俺の魔力残量が更に吸い上げられていく。この消費がなかなかにキツい。大型ゴーレムは強力だがとにかく高コストな代物のようだ。
「辛そうだなぁ、おい。魔力がごっそり持って行かれたかぁ?」
逆の拳がぶつかり合い、崩壊し、魔力を消費して復元する。その度になけなしの魔力が吸い上げられる。
身体の芯から力が抜けていく魔力消費の感覚は、何度経験してもなかなか慣れない。半分も持って行かれたのだから尚更だ。
中庭を舞台に二体の土塊の巨人が殴り合う。素早い動きはできないため、足を止めて拳を振るい合う単純な戦いだ。
砕かれ、砕かれ、砕かれ、砕かれ。直り、直り、直り、直る。
岩石や金属のゴーレムでは実現できない、土で創られたゴーレムならではの柔軟な復元力。互いがそれをフル活用しているせいで、戦いは文字通りの泥仕合になりつつあった。
しかし、使い手の消耗が癒されることはない。損傷部位が復元する度に俺自身の魔力が消費され、少しずつ限界が近付いて来る。
「くっ……!」
「ああそうだ、テメェみたいなガキが俺の力を使いこなせるわけがねぇ! さっさと押し潰してやるぜ!」
魔力の最大値の違いか、ディーの消耗具合は俺よりも少ないようだ。このままではこちらが先に力尽きてしまうだろう。
だから、今すぐにでも決着を付けなければならない。
「エステル、俺が合図をしたら――」
「――分かりました。任せてください」
二体のゴーレムが互いの手を掴み合って力比べの態勢に入る。
人の形をした大地が振るえ、その重量と圧力で足元の地面を陥没させる。完全に持久戦の様相になったことで、ディーは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「エステル!」
「はい! 《アイスショット》!」
拡散範囲を絞られた氷の散弾が放たれる。ディーは落ち着いた態度で外套の端を持ち上げて、襲い掛かる氷の散弾を全て防ぎ止めた。
この瞬間、ディーは顔面に被弾することを避けるために顔を完全に覆い隠す。自ら視界を遮ったその瞬間、俺は《スプリング》をコピーして詠唱し、すぐさま高く飛び上がった。
「《アイスシールド》!」
ゴーレムの頭上数メートルに氷の盾が出現する。
俺は上昇しながら《軽業》スキルで体勢を整え、上下逆さまの状態で氷の盾の表面に着地した。そして重力に引きずり降ろされるよりも早く、下方のディーめがけて飛び掛かった。
ディーが防御を解いて、ゴーレムの肩に俺の姿がないことに気付いたときにはもう遅い。俺は落下速度に《スプリング》で強化された跳躍を上乗せした速度で、双剣をディーの肩口に叩き込んだ。
「ごは――っ!」
鮮血が噴き出し、目の前に着地した俺の身体に降り掛かる。
ディーのゴーレムの動きが鈍った瞬間、俺のゴーレムの拳がその胴体をぶち抜いた。
「……おい……俺ぁ生きてんのか……」
ゴーレムの戦闘とその残骸でめちゃくちゃになった中庭の片隅で、ディーがようやく目を覚ました。
「色々と聞きたいことがあるからな。《ヒーリング》で死なない程度に治してやった。動いたら傷が開いて今度こそ死ぬと思うけど、やってみるか?」
あの後、俺達は《ヒーリング》でディーの失血と傷の深い部分だけを治療し、拘束用の紐で厳重に縛り上げた。
別に殺したくなかったわけじゃない。悪党を殺すことに良心が痛むような性格はしていないので、事件の全貌を暴くという『クルーシブル』の目的がなければ、さっきの一撃で三枚おろしにしていたところだ。
ディーの命に大した価値はないが、こいつが持っている情報には何物にも変えられない価値がある。死なせないようにした理由はそれだけだ。
もしも仮に、死者の意識やら記憶やらをキープできるネクロマンサー的なカードをストックしていたなら、ざっくりとぶった斬ってそのカードの効果で情報だけを確保していたところだ。
「そうかい、そりゃあよかった……命あっての物種だ。もうゴーレムを創れる魔力もねぇし、大人しくしとくぜ。ところで……そっちの嬢ちゃんはどうなんだ……?」
ディーが目線だけ動かしてエステルを見やる。
「グリーンウッド卿が財産失って、一家離散でもしたか? 首でも括ったか? 何にせよ俺を恨んでるんだろ……金はもう使っちまって一ソリドも残っちゃいないがな。恨みを晴らす好機だと思って襲い掛かってきたんだろ……?」
「エステル、聞くんじゃない。口先で思い通りに操ろうとしてるだけだ」
こんなことを言ってエステルをどうしたいのか予想もできないが、相手はベテランの詐欺師だ。余計な言葉に耳を貸すべきじゃないだろう。
しかしエステルは、首を小さく横に振ってから、ディーの問いかけに答えた。
「お父様もお母様も健在です。ですけど、恨みを忘れるとか相手を許すとか、そんな考え方ができるほど、私は良い子じゃありません。あなたのことは正直とても憎らしいです」
「じゃあ、殺すか?」
「そこまでバカな女でもありません。殺してしまったら、他の人達に迷惑が掛かりますから。一発思いっきり叩いて、それで割り切ります」
エステルは横たわるディーの横に立った。ディーは小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、余裕の態度でそれを肯定した。
「さっさと来な。その細腕で一発叩いて終わらせちまえ」
「もしものときは、カイさんに《ヒーリング》をお願いしますので」
エステルの細腕を透明感のある金属の籠手――《フロストガントレット》が包む。見るからに硬い無骨な金属籠手は、もはや防具ではなく殴打武器のカテゴリに片足を突っ込んでいる。
「お……おい。そういやそんなものも付けてたよな、さっき……」
「一発は一発です。思いっきりいきます」
「ちょ、ま、やめ――!」
垂直に振り下ろされた拳がディーの顔面に容赦なく叩き込まれる。擬音で表現すると、ぐしゃり、とかそんな音が聞こえてきそうな一発だ。
姿勢を戻したエステルの表情は妙にすっきりしているように見えた。
「カイさん、ありがとうございます。こんなワガママ聞いてもらっちゃって」
「お、おう……やりすぎてないよな……?」
さっき、俺は『ディーがエステルを誘導して自分を殺させ、情報隠蔽を図ろうとしているのでは』と想像していたが、殴られる寸前の反応を見る限り、そういう意図はなかったらしい。
あれはかなり本気のビビり方だった。俺も同じシチュエーションならあんな反応をしたかもしれない。
「やりすぎたりはしてません。多分……きっと……」
「そこで不安になるなよ」
何事も、慣れてない人間は往々にして加減が下手だったりする。例えば殴ることに慣れていないと、手加減抜きに殴りすぎて相手にも自分の拳にも必要以上の被害が及ぶことがある。
エステルは常に後方からの援護射撃に徹していた上、育ちが育ちだけに打撃を使った喧嘩には慣れていそうにない。しかもエステルは凶器のようなガントレットを装備して殴っていたので、流石にその辺が少し不安になった。
なのでディーの様子を見に行こうと近付いた矢先――
『おっと。彼を連れて行かれるのは困るんだ。悪いけど諦めてくれないか』




