72.詐欺師、ディー(2/2)
窓すらない隠し階段を降りた先は、開けた屋外の空間に繋がっていた。
見たところ屋敷の中庭のようだ。正門からは屋敷を挟んだ反対側に位置し、研究施設がある別館からも離れているので、他の皆の様子を窺い知ることはできそうにない。
「ディー……!」
エステルが庭の中央を睨む。視線の先には、大錬金術師エノクの影武者こと、詐欺師のディーが佇んでいた。
「へぇ、その名前を知ってるのか。加えてエルフとなると………なるほど、あんたグリーンウッド卿の娘だな」
突然現れた豪奢な外套がディーの身体を包む。前に顔を合わせたときに着用していた装束だ。どうやらあれは装備カードの産物だったらしい。
エステルは唇を引き結び、更に強い眼差しでディーを見据えた。
「その反応、図星だな。こいつはいい、あんたの親御さんには感謝してもし足りないんだ。いい機会だからひとつ礼を言わせてくれ」
「……っ! 何を言って……!」
「聞くなエステル! 時間稼ぎだ!」
双剣を実体化させて走り出す。エステルも相手のペースに乗せられていたことに気付き、対応を攻撃に切り替えた。
「《アイスショット》!」
「おっと」
ディーは身を守るように外套の裾を持ち上げた。
スペルどころか弓矢すら防げそうにない布の障壁――それに触れた瞬間、氷の散弾は跡形もなく消え去った。
「そんなっ!?」
ただの外套ではないと分かっても、今更足を止めるわけにはいかない。外套で視界が塞がれている隙に肉薄し、外套ごとディーに斬りつけようとする。
「《クリエイト・ゴーレム》」
次の瞬間、俺は地面に殴り付けられて玩具のように吹き飛ばされた。
「――ぐはっ!」
「カイさん!」
殴られて地面に叩き付けられたのではない。地面が拳になって殴り付けてきたのだ。
エステルに支えられて上半身を起こす。頭がぐらぐらして自力じゃ立てそうにない。一体何が起こったのか分からないが、ぶつかってきたのが柔らかい土でなければ、今の一撃でアウトだったかもしれない。
ディーの周辺の地面がせり上がり、さっきの甲冑以上に巨大な人型を形作っていく。それを見て、俺はようやくディーの攻撃の正体を理解した。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
【クレイ・ゴーレム】
鑑定難易度:2
特定のスペルによって生み出される
人造巨人の一種。土を材料とする。
戦闘能力はゴーレムの中では低め
だが、生成場所を選ばない。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
念のため《鑑定》もしてみたが予想通りの結果だった。俺を殴り飛ばした地面の正体は、真っ先に生成されたゴーレムの拳部分だったのだ。
「ここに来たのは逃げるためじゃねぇんだぜ。屋敷の中じゃこいつはデカすぎるし、建物を材料に使ったら後でこっぴどく叱られるからな。戦いやすい場所に移らせてもらっただけだよ」
ディーは土塊の巨人の肩に乗って俺達を見下ろして――いや、見下していた。
服装は威厳あるエノクのものになっているが、言動からはすっかり気品が消えている。これが奴本来の性格で、上品な振る舞いも情けない怯え方も演技に過ぎなかったわけだ。
「まんまと引っかかってくれてご苦労さん。さっそくで悪いけど、死んでくれや」
ゴーレムの掌が俺達を押し潰すためにゆっくりと振り下ろされる。
すぐにでも逃げなければならないというのに、俺の脚はまだ言うことを聞いてくれなかった。このままでは、肩を貸してくれているエステルまで潰されてしまう。
「エステル……!」
「駄目です! 置いてなんて行きません!」
エステルは意地でも俺を連れて攻撃を避けるつもりだ。一人だけなら簡単に逃げられるはずなのに。
「カイさん、《スプリング》のスペルをお願いします……! ユーリィさんから見せてもらいましたよね」
「……ああ、それがあったな」
脳を揺さぶられたせいで頭の回転がひどく鈍っていたらしい。エステルに指摘されるまでその一手が思い浮かばなかった。
「《スプリング》!」
すぐにスペルカードをコピーしてエステルに掛ける。エステルはすぐさま前方に跳躍したが、自分の体重より重い荷物を抱えたままではうまくいかず、掌に潰されるのをどうにか避けるのが精一杯だった。
二度、三度とジャンプして距離を稼ぐが、ゴーレムはテーブルの上の埃を払うかのように地面を撫で、あっという間にその距離を潰してしまった。
「な、何なんですかアレは!」
「向こうに跳ぶぞ! 三、二、一……!」
エステルの跳躍に合わせて《瞬間強化》で地面を蹴る。無事にゴーレムの追撃を飛び越えることはできたが、着地には失敗して二人とも地面に転がった。
「ああ、そうそう。礼を言うんだったな。あんた達がお人好しのマヌケだったお陰で俺は夢を叶えることができたよ」
「夢、ですって……」
ディーはゴーレムの肩の上で余裕の振る舞いを続けている。憎らしいことに、そうされても文句が言えないほどに不利な状況だ。
「これでもガキの頃は、人並みに強さって奴に憧れてたのさ。十六になってカードを手に入れたら、俺にもすげぇ力が宿るんだって無邪気に信じてたもんだ。ところが蓋を開けてみたら酷ぇもんだった。使い物になりそうなのは演技と話術絡みくらいで、後は珍しくもねぇゴミばかりときた」
もはやディーにとって、俺達との戦いは消化試合のようなものなのだろう。攻撃を回避されても、余裕の態度のまま愚にもつかないことを喋り続けている。
「俺を馬鹿にしたあの連中の顔、今思い出しても吐気がするぜ。まぁ、俺のことを舐め腐ってたみたいだから、真っ先に一切合財騙し取らせてもらたけどな」
耳障りだが貴重な回復の時間だ。ディーが攻撃の手を緩めた間に、俺は呼吸を整えて目眩が収まるのを待った。
「冒険者になることも考えてはみたが、騙しと喋りしか能のない奴じゃ強いカードを買える金なんて貯められねぇ。だから俺なりに努力することにしたのさ」
「だから詐欺なんてことを……」
「ああそうさ。錬金術師の金作りが手段に過ぎないように、俺にとって詐欺は稼ぎの手段に過ぎないわけだ。それより見ろよこのゴーレムを……凄まじい力だろ? 二十年も掛けてやっと手に入れたんだ……満足できる力をよぉ」
長話のおかげ呼吸は整った。ふらつきも治まって、脚にも力が入る。
反撃に乗り出すその前に、一つだけ布石を打つことにした。
「グリーンウッド卿から騙し取った金でそのカードを買ったってことか」
「その通り。あいつらは本当に騙しやすくて――」
「いいや、嘘だね」
「……ああん?」
ディーの頬が引きつる。余裕と嘲りに満ちていた顔が、殺意と憤りに染まるのが分かった。
「さっき喚び出した甲冑は、タルボットか本物のエノクからの借り物なんだろ。どうせゴーレムも同じなんじゃないのか? 他人の物を自分の物のように見せかけるのは詐欺師の常套手段だからな」
「テメェ……殺されてぇのか」
「その反応、図星かな。カードなんて実は持ってないんだろう?」
普段は絶対にしないような挑発を繰り返す。狙いはただ一つ、ディーからアレを引き出すことだ。
ディーは詐欺で稼いだ金で手に入れたカードを誇っている。だからこそ、攻撃の手を平然と緩めてあんな話をしているのだ。喩えるなら、トロフィーを手に自慢話をするかのように。
だからきっとディーは挑発に乗る。プライドを傷つけた俺に決定的な証拠を見せずにはいられなくなる。
「なるほどね……カードのことは嘘っぱちだと思い込みたいわけか。もしもそうだったら勝ち目があるかもしれねぇしな……だが残念だったなぁ!」
ディーの手元に金色のカードが具現化する。
SPのスペルカード《クリエイト・ゴーレム》――まぎれもなく、ゴーレムを生み出すためのスペルだ。
「《クリエイト・ゴーレム》には種類があってなぁ! レアの奴は人間サイズ止まりだが、SRならこの通り! 城壁だってぶっ壊せる! 特別な俺の力、しっかり目に焼き付けて死にやがれ!」
「ああ――よく見えてるよ」
俺は《ワイルドカード》を実体化させ、その表面を軽く撫でた。火花のような光が散り、カードの端から眩い金色に塗り替わっていく。
「――《クリエイト・ゴーレム》!」
足元の地面が噴水のように湧き上がり、もう一体の土塊の巨人が俺とエステルを肩に乗せた状態で形成される。
散々見下されてきたディーの顔が、今は殆ど同じ高さになった。自信に満ち溢れていた表情はどこかに消え失せ、目の前の光景が信じられないという顔で目を剥いている。
ゴーレムの形成に膨大な魔力を吸い上げられ、治まったはずの目眩が再発する。形成だけで半分は持って行かれたか。ゴーレム同士の戦いで競り負けても、再創造は不可能と考えた方がよさそうだ。
挑むべきは短期決戦。ディーが冷静さを取り戻す前に片を付ける。
「こういう狡いやり方でストックを増やすのは好きじゃないんだけどさ。あんたが相手なら話は別だ」
「……おいこら、テメェ」
「人を騙して、食い物にして。それが努力だって? 笑わせんなクソ詐欺師」
「何してくれてやがる……」
「騙し取られた気分はどうだ? こっちの気分は最悪なんだけど、お前はこれを楽しんでたんだな」
「俺のッ! 二十年ッ! 踏みにじってんじゃねぇッ!」
「詐欺師が言えたことかぁ!」
柄でもない挑発を続け、冷静さを欠いた行動を誘発させる。
ディーのゴーレムが繰り出した拳に合わせ、こちらのゴーレムも拳を振り下ろす。薄暗い中庭で、二つの巨大な拳が轟音を上げてぶつかりあった。




