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70.突入、グロウスター邸

 作戦会議を終え、俺達は周囲を警戒しながら建物の外に出た。

 建物に連れ込まれたときはアイビスの《ムーンブリンク》で視覚を奪われていたので、これでようやく建物の外の様子を目にできたことになる。


 現代日本風に喩えるなら、裏路地の雑居ビルとでも呼ぶべきだろうか。メインストリートを外れ、細い路地が入り組んだ迷路のような区画の更に奥。折れ曲がった道と高い建物のせいで見通しが悪いため、隠れ潜むには最適な場所と言える。


 俺達はこの一帯で最も高い建物の屋上――というよりも屋根の上に立っている。ここからだと大通りをうろうろしている鎧姿の兵士達の姿もよく見えた。


「しかし、私がこの盾を借りてもいいのか? 強力な装備なんだろう」

「いいんですよ。俺達じゃ持ち運ぶだけで精一杯ですから」


 アンチスペル・シールドはアルスランに使ってもらうことにした。てっきり大通りに置きっ放しにしていたと思っていたのだが、俺達を助け出すついでに回収しておいてくれたらしい。


「決行の前に改めて作戦を確認する」


 ストイシャの声は音量を抑えていてもよく通る。


「グロウスター卿の邸宅付近までは屋根を跳び移って移動する。地上の兵士達の注意は、街から逃げようとしているであろう冒険者に向けられているはずだ。逆に領主の元へ向かう者がいるとは思っていないだろう」


 兵士が注意を向けている冒険者とは俺達四人のことだ。

 城壁の外や脱出ルートに厳重な警備を敷いたということは、必然的にそれ以外の警戒が薄くなったということでもある。


 いくら貴族でも一度に動員できる人数には限りがある。どこかに割り当てる兵力を大幅に増やしたければ、それ以外に割り当てていた兵力を移動させる以外に方法はない。


「突入は五組に分かれて行う。標的が予定通りの場所にいるとは限らないから、それぞれの判断で的確に作戦を遂行してほしい」


 役割分担は次の五つ。館正面での陽動。研究施設の制圧。グロウスター卿の身柄確保。錬金術師エノク――ただし影武者の捕獲もしくは撃破。屋敷内の探索および新情報の発見と伝達。


 陽動はストイシャ自身が担当する。敵兵力を一気に引きつけられる戦闘能力と、役割が終わり次第すぐさま離脱できる速度を兼ね備えているので適任らしい。


 別館の研究施設の制圧はアルスランがリーダーを務め、レオナとクリスがそれに加わる。兵士ではない研究員を制圧することになるかもしれないので、白兵戦ができ、なおかつなるべく殺さず無力化できるメンバーを選んだそうだ。


 グロウスター卿の身柄確保はデミドッグのプリムローズとデミバードのアイビスが担当する。どちらも相手の動きを制限できるカードを持っているので、傷つけずに動きを封じるには最適の人選だと教えられた。


 エノクの捕獲もしくは撃破には俺とエステル、そしてデミウルフのルイソンが割り当てられている。エノクはどこにいるか分からないので、嗅覚の鋭いデミウルフが頼りになるはずだとストイシャは言っていた。


 情報収集担当は残りの三人、デミキャットのココとデミラビットのユーリィ、そしてデミラットのドルドだ。これは分かりやすい人選で、純粋に動きのすばしっこさや機動力が重視されている。


 こうして見ると、確かに『クルーシブル』の八人では人手が足りていない。猫の手も借りたかったところに俺達が転がり込んできたわけだから、どうにかして引き込もうとしていたのも頷ける。


「正当性を主張する充分な根拠はあるが、それでも貴族の邸宅に殴り込みをかけることに変わりはない。後であらぬ文句をつけられないよう、必要以上の殺害と破壊はなるべく避けてくれ。難しいとは思うが……な」


 含みのある言い方だ。ストイシャ自身、それが難しい要望であることは理解しているんだろう。


「それではアイビス、ユーリィ。アレを頼む」

「はいはーい。それじゃ――《ディスタント・メッセージ》!」


 淡い光が全員の身体を包み、すぐに溶けるように消えていった。


「もう一度説明しておくけど、使い方は話したい相手を思い浮かべて声に出すだけね。合計で一分くらいしか持たないから無駄遣いは禁止。どうしても必要ってときに手短に使って」


 いわゆる遠隔会話のスペルだ。あらかじめスペルを掛けておいた者同士で会話ができるようになる。


 欠点は、まずアイビスが言っているとおり通話時間に上限があること。最初に送り込まれた魔力が携帯電話のバッテリーに相当し、スペルを唱えた本人以外は補充できない。


 それとあくまで空気に干渉する音のスペルなので、伝えたいことは声に出さなければ相手に届かないし、相手からのメッセージは自分の近くにいる相手にも聞こえてしまう。念話(テレパシー)とは別物なのだ。


 また、時間だけでなく距離の制約もあるが、屋敷とその周辺で行動する限りは特に問題はないそうだ。


「《スプリング》」


 今度はユーリィがスペルを唱える。跳躍力を強化するだけの呪文だ。この手のスペルは用途が限られている代わりに魔力面のコストがとても低い事が多い。


「準備はいいな。これよりグロウスター邸に突入する!」


 ストイシャの号令で一斉に屋根から屋根へ飛び移る。ユーリィの《スプリング》の恩恵はかなりのもので、体格的に不利なエステルやドルドでも隣の屋根まで軽々と跳び移ることができている。


 グロウスター邸まで残り半分といったところで、ルイソンが移動しながら狼型の顔を近付けてきた。


「せっかく俺達が幾らかカードを見せてやったんだ。存分に働いてもらうぜ。ありゃ報酬の前払いみたいなもんだからな」

「それはもちろん。存分にやってやりますよ」


 言うまでもないことだが、『クルーシブル』の面々には《ワイルドカード》のことを伝えてある。これから危険な場所に踏み込むというのに、一番強力な()()を伏せたままというのは問題しかない。


 《ワイルドカード》を見せたとき、アルスランとココ以外のメンバーは皆驚いていた。二人とも俺がレジェンドレアを持っているという秘密を守ってくれていたのだ。最大の切り札を明かすことに全く抵抗がなかったと言えば嘘になるが、二人に対する信頼感が高まったのが決断の決め手になった。


 それに『クルーシブル』のメンバーも、俺がカードを見ればコピーできると理解した上で、作戦に役立ちそうなカードを何枚ずつか見せてくれた。そうしても惜しくないくらいに困難な任務ということだ。


「俺が先行する。攻撃開始後に分散、各個の役割に当たってくれ」


 ストイシャが速度を上げ、一人でグロウスター邸の手前に降り立つ。次の瞬間、屋敷の正門が凄まじい力で吹き飛ばされた。ストイシャが柵状の扉を掴んで根本から引っこ抜いたのだ。


「うわっ!?」

「大したもんだろ? 正面であんなに暴れられたら、館の中の警備をほとんど向けずにいられねぇ。俺達はその隙にコトを済ますって寸法だ」


 すぐさま事前の打ち合わせ通り四つのチームに分かれ、それぞれの担当の場所へと急行する。


「研究施設の方はボク達に任せて」

「彼女らは私が責任を持って守らせてもらう」

「ちょ、それじゃ私が守られ役みたいじゃないですか」

「すまん、言葉の(あや)だ!」


 アルスラン達が別館の実験施設に向かい、探索担当のココ達はバラバラに散って単独行動を開始する。残った俺達の組とプリムローズの組は本邸の屋根にたどり着いたところで別行動となる。


「ルイソン。他所のお嬢様を預かっているのだから、不覚だけは取らないようにしてくださいね」

「そっちこそ取り逃すんじゃねぇぞ。任務が成功するかはあの貴族を確保できるかどうかに掛かってんだ」


 プリムローズとルイソンは遠慮のない口調で言い合って、それぞれ別の方向に駆け出した。


「オラァ!」


 ルイソンは屋根の縁を掴んで振り子のように屋敷の窓を蹴破り、その勢いのまま転がり込んだ。俺とエステルもルイソンの後を追って屋敷の中に飛び込む。


 最上階の廊下は静まり返っていた。気温も屋外と大差ないほど冷たい。

 耳を澄ますと、正門の方に人が集まっていく気配がする。ストイシャの陽動は上手くいっているようだ。


「これまで散々下調べをしてきたが、エノクが普段どこにいるのかは掴めなかった。こっからは時間と根気の勝負だ、覚悟しとけ」

「いや――そうでもなさそうですよ」


 コピーした《暗視》で廊下の奥を見やると、例の小柄な兵士が足を止めて何かしているのが見えた。少し遅れて、ルイソンも匂いでそれを感知したのか、にやりと口元を歪めた。


「テメェの方が速えぇな。スパッとやってこい」

「了解」


 チームリーダーの許可も降りたので、遠慮なく動き出す。

《暗視》をココに見せて貰ったレア装備の《サイレントブーツ》に切り替え、足回りに展開。一切の足音を立てずに廊下を疾走し、窓枠を蹴って跳躍。斜め上方から飛び掛かって小柄な兵士を組み敷いた。


「くはっ……!」


 兵士が手にしていた水筒が転がって廊下を濡らす。小脇に抱えていた兜も転がり落ちそうになったが、金属音を立てるといけないのでキャッチしておく。


 小柄なはずだ――兵士の正体は白い髪の少女だった。これまでに出会ってきたファムやヘルマ、メガレーとは全くの別人だが、彼女達と似たような雰囲気を漂わせている。


 思わず湧き上がってきた罪悪感を押さえ込む。別に痛めつけて苦しめようというわけではないのだ。油断して逃げられるのだけは避けなければ。


「……悪いね。ちょっとばかり話を聞かせてもらえないかな」

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