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07.旅立ち(1/2)

 あれから数日の準備期間を経て、遂に村を離れる日がやって来た。


 出発は早朝。俺は最小限の荷物だけ持って村の門の前に立った。家族には見送りは必要ないと言ってある。あり得ないとは思うのだが、家族の顔を見て決意が鈍ったら大変だ。


「ま、待って……!」


 か細い声が聞こえたので振り返ると、村の方から走ってくる人影が目に写った。ルースだ。寝間着姿のルースが息を切らして走っている。


「はぁ、はぁっ……よかった、間に合った……」

「どうしたんだよ。見送りは要らないって言ったのに」

「うん……でも、お婆ちゃんがね……これ、渡してくれって」


 ルースは呼吸を整えてから、俺に銀色のカードを手渡した。

 装備カード《始まりの双剣》――ルースが成人の儀式で受け取った十枚には含まれていなかったカードだ。


「助けてくれたお礼なんだってさ。今日出発すること忘れてたみたいで、人のことこんな朝早くに起して『すぐに渡してきておくれ』って。おかげで着替える暇すらなかったんだから」


 寝間着姿のルースは不機嫌そうに口を尖らせている。


「気持ちは嬉しいけど、カードは持ち主以外には使えないんだろ? 貰っても意味がないような……」

「一度でも使ったカードはその人以外には使えなくなるっていうアレでしょ。大丈夫よ。それ、まだ一度も使われてないカードだから」


 ルースは笑いながらひらひらと手を振った。《前世記憶》みたいに嫌われがちな祝福ならともかく、誰も使っていないカードをルースのお婆さんが持っているなんて有り得るのだろうか。


「死んだお爺ちゃんのカードなんだって。鍛冶屋には必要のない祝福だ、とか言って、結局一生使わずじまいだったみたい」

「つまり爺さんの形見じゃないか。そんな大事なもの……」

「それだけ感謝してるってこと。ほら、いいから使ってみて」


 ルースに押し切られる形で、俺は《始まりの双剣》をセットした。銀色の光の粒子が胸に吸い込まれ、この祝福を扱えるという確かな実感が湧き上がってくる。

 双剣が両手に握られている様子をイメージすると、光の粒子が手元に集まって二振りの剣として具現化した。


 幅広で肉厚、装飾性の薄い無骨な双剣だ。


 初めて手にした武器なのにとても良く手に馴染んでいる。まるで体の一部のような感覚だ。装備カードで得られる武器はみんなこうなのだろうか。


「うん、凄く似合ってる!」


 ルースは俺の肩を力強く叩き、そして名残惜しそうに退いた。


「それじゃあ……頑張ってね」

「ああ……行ってくる」


 最後にそう言って、俺は村を後にした。

 物理的な距離だけで言えば、帰ろうと思えばいつでも帰ることができる。だが、俺は目標を達成するまで――四十万ソリドを返し終えるまで村に帰らないと胸に誓っていた。


 カイ(おれ)にとっては生まれ育った土地で、(おれ)にとってはずっと前に失った家族との生活ができる場所。そんなところにいたら、せっかくの決意が骨抜きになってしまう気がした。





 村から最寄りの冒険者ギルド支部はハイデン市にある。成人の儀式が行われたところで、早馬なら一時間と掛からないが、徒歩だと半日ほどの時間が掛かる。

 到着までの間、俺は前の俺(新藤海)の知識でこの世界のことを理解し直してみることにした。特に意味があるわけじゃない。単なる暇潰しだ。





 国の名前は神聖帝国。他に帝国を名乗る国はないので、単に「帝国」とだけでも通用する。

 ファンタジーものだと帝国は悪の国家に設定されがちだが、カイ(おれ)はあまりこの国の悪評を聞いたことがない。田舎者なのでそういう情報に触れる機会がなかっただけかもしれないが。



 大陸における帝国の影響力があまりにも強いため、帝国共通語と帝国の通貨であるソリドは大陸全土で通用する。これらが通用しないのは辺境中の辺境、他の地域との交流を一切断っているような場所だけだ。



 成人年齢は帝国全土で一律十六歳。およそ二年間は成人見習いとみなされるが、法的には普通の成人と変わらない扱いを受ける。



 あらゆる人間は、成人を迎えたときに十枚の『カード』を受け取る。

 前世の記憶を思い出さなければ分からないことだが、これらは転生する前に転生ガチャ――俺がそう勝手に呼んでいるだけだが――で引き当てたものだ。



 転生する際に女神らしき女性が言っていた「異世界での生き方を決める才能の取得」とは比喩表現でも何でもない。


 この世界においては、生まれ持った手札(カード)が人生の指針を決める。


 俺が《上級武術》をセットしたとき、たったそれだけで常人離れした戦闘能力を手に入れた。本来なら何十年も費やして手に入れる能力をほんの一瞬で身に付けたわけだ。

 各専門分野において、カードを持たない者がそうでない者を上回るのは至難の業だ。何せ、自分が十年掛けて身に付ける能力を、相手はカードをセットするだけで習得するうえ、同じ時間を費やして能力に更なる磨きをかけるのだから。



 しかし何事にも例外はある。

 俺が今向かっている場所にこそ、生まれ持った才能(カード)の差を覆しうる例外が存在しているのだ。

 そう――冒険者ギルドに。

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