68.クルーシブル(2/2)
「待ってください!」
急にレオナが声を上げた。憤りを堪えているのか、顔が赤く染まっている。
「ギルドは全部分かった上でこの依頼を許可したんですか! 人体実験をしてるかもしれない奴や、身勝手な動物実験をしてたような奴がこの街にいると知っていたのに! カイが恨まれてるって分かっているのに! そんなのって……」
「おおお、落ち着いてくれ、レオナ君。私も驚いているのだ」
声を荒らげるレオナを、アルスランが動揺しまくりながら宥めようとしている。そういえば、レストランで会ったときにもアルスランはとても驚いた様子だった気がする。
「ギルドの上層部も一枚岩ではないのだ。この手の調査を担う部署と、依頼の認可を出す部署は違っている。それにもしかしたら、調査が進んでいることを悟られないために、あえて依頼を拒否しなかったのかもしれない。いずれにせよ、悪意があったわけではないはずだ。どうかそれは理解してくれ」
理由を挙げて説得されて、レオナはとりあえず感情を押さえ込んだようだ。
レオナがこんなに感情を露わにするのを初めて見た。いつもは落ち着いて――少なくともそう見える素振りで振る舞っているのに。
「ごめんなさい……私はいいんです。けどカイがこんな目に遭うのは酷いって思って……さっき襲われたのだって、行方不明とかそういうの関係なくて、タルボットが復讐しようとしたのかもしれないでしょ? 私達を守って戦ったせいで……」
「いいんだよ。冒険者になった時点でこれくらい覚悟しておくべきなんだ。むしろ、後でギルドに迷惑料を要求してやろうって思ってるくらいだぞ」
迷惑料の件は冗談半分本気半分といったところだ。ゴネるつもりはないが、何か貰えるなら貰えるだけ受け取ろうとは思っている。解決のために俺達を使ったのなら、何かしらの見返りを受けられても罰は当たらないだろう。
「でも、ありがとな。俺のために怒ってくれて」
「ほんとごめん。ついカッとなって。どうしてだろ、私……」
「こっちこそ悪かった。俺が言わなきゃいけないことだったのに」
俺は一旦呼吸を整えてから、改めてリーダーのストイシャに向き直った。
「それで、俺達はどうしたらいいんです? このまま尻尾を巻いて逃げ出した方がいいんですか?」
「俺達としてはもちろん協力してもらいたい。だが強制はできない。脱出を望むなら全力で援護しよう」
「おっと! そんな君達にバッドニュースだ!」
突然、見当違いの方向から底抜けに明るい声が飛んできた。
声のした方に振り返ると、人間の子供程度の大きさで普通の服を着たネズミと、頭からウサギの耳を生やした少年が窓から部屋に入ってくるところだった。
少年は無愛想な顔で黙りこくっていて、ネズミの方は妙に軽快なトーンでぺらぺらと喋り続ける。
「あいつら城壁の外をめちゃくちゃ厳重に警戒してるぜ。右も左も鎧、鎧、鎧だ! ネズミ一匹だろうと逃げられやしないだろうな。おれ一人ならバレずに抜けられるかもしれねぇが、残念ながら定員一名だ!」
「あー……紹介しよう。『クルーシブル』の残りのメンバーの……」
「おれはデミラットのドルドだ。今後ともヨロシク。そっちのむっつりしてるデミラビットはユーリィってんだ。何考えてんだか分かんねぇけど役に立つぜ」
ドルドはリーダーの発言すら遮ってマシンガントークを続けている。
色々と突っ込みたいところはあるが、そもそもどう見ても人間大のネズミが服を着て二足歩行で歩いているようにしか思えない。デミドッグのプリムローズよりも更に動物要素が強烈である。
どこらへんが半分なのか小一時間問い詰めたい。とても口には出せない感想だが、人語を解するネズミ型モンスターと言われても信じてしまうだろう。
リアクションに困っていると、デミラビットのユーリィがようやく口を開いた。
「ごめんね。偵察中ずっと黙ってた反動が来てるみたいなんだ。ウザかったらウザいって言っていいよ。それと『お前のどこがデミなんだ!』っていうの、こいつの持ちネタだから」
「はあ……」
いきなり外見について触れるあたり、普段からよく言われていることなんだろう。その光景が相手の困った様子も含めて簡単に想像できた。
ドルドの登場と喋りにすっかり空気が壊されてしまった。ストイシャはこれ見よがしに咳払いをひとつして、強引に話の路線を元に戻した。
「つまり、脱出は不可能ということか?」
「バレたくねぇならお気の毒様だな。もちろん強行突破作戦ならまだ目はあるぜ。別名を遠回しな自殺っていうんだけどよ」
追いかけていた相手が突然姿を消したのなら、脱出を妨害するために逃げ道を塞ぐのは当たり前の対応だ。既に手遅れかもしれないと覚悟はしていたが、改めて現実を突きつけられると気が重くなる。
こうなると、選択肢はストイシャ達に協力することしか残っていないのだろうか。そう思っていたのだが、クリスが横合いから第三の選択肢を提示した。
「そちらのパーティが任務を遂行している間、ボク達はどこかに隠れてやり過ごすっていう選択肢もありますよね」
「……ああ、そうだな」
「助けてもらったことには本当に感謝してるけど、その恩返しだからといって敵のところに乗り込むのは本末転倒なのでは?」
クリスとは長い付き合いじゃないが、こういう喋り方のときは本気で言っているわけじゃないのは分かってきた。相手の出方や考え方を確かめたいとき、つまり探りを入れるときの口ぶりだ。
そのとき、狼男――デミウルフのルイソンが笑い声を上げた。
「だから言ったんだ、見返りなしに手伝わすなんて無理だってな! 逃げ出そうとしてる奴を捕まえて、命を助けてやったんだから命を懸けろなんざ笑い話にもなりゃしねぇ」
ルイソンはおもむろに立ち上がり、クリスと向かい合った。体格差のせいでクリスは見上げ、ルイソンは見下ろす形になっている。
「リーダーはああ言ってるが、俺はお利口ぶったやり方はしねぇ。欲しい見返りを言いな。問題外なら叩き出す。そうでないならくれてやるから協力しろ」
「分かりやすくていいと思うけど、そういう交渉はリーダーとしてもらわないと」
全員の視線が俺一人に集中する。いきなり話を向けられても準備ができていないのだが、立場上何も答えないわけにもいかない。俺はあちらのリーダーであるストイシャに視線を向けた。
「いくつか質問させてください。まず最初に、今は俺達みたいな冒険者の手伝いも必要な状況なんですか?」
「率直に言うとそうだ。個人の能力云々以前に頭数が足りていない。依頼主を除いて、最低でも十人は欲しいと思っていたところだ」
『クルーシブル』のメンバー八人に俺達を足して十二人。確かにこれなら要求される最低人数をクリアできる。
「ありがとうございます。それともう一つ、『クルーシブル』の人達の冒険者ランクはどれくらいですか?」
「俺がBランクで、アルスランとルイソンとプリムローズの三人がCランク、残りの四人はDランクだ。それがどうかしたか」
アルスランがいるのでリーダーのストイシャも最低でもCランクだろうと予想していたが、それよりも更に上のランクだったとは。これはとても都合がいい。
「……アルスランとココから聞いているかもしれませんが、俺達は可能な限り迅速にランクを上げて、高報酬の依頼を受けられるようになりたいという方針でまとまっているパーティです。詳しい事情はまた機会があったら説明します」
瞳が縦長に閉じたストイシャの目を見つめながら、俺からの要求を伝える。
「もしもここから生きて戻れたら、これから先の俺達の昇格に助言や協力をしてください。今夜の貢献の度合いに応じた程度の支援で構いません」
報酬を分けてくれだの、物品で報いてくれだの、そんなことは頭にない。どれも一時的な利益に過ぎないからだ。
一方、Bランク冒険者から昇格のサポートを受けられるようになれば、俺達の目標達成に大きく近付くことができる。値千金、多少の現金や品物が手に入るよりも遥かに優れた報酬だ。
「なるほどそうきたか」
ストイシャは硬い鱗に覆われた下顎を軽くなでた。
「俺達は大掛かりな依頼のとき以外は少人数に別れて行動することが多い。なのでパーティ全体を挙げた支援は約束できないが、俺個人として君達の活躍に相応の支援で報いると約束しよう。他のメンバーも各々の判断でそうしてくれ。皆もこれで構わないか?」
『クルーシブル』のメンバーはそれぞれ頷き、笑い、ウィンクを飛ばし、思い思いの形で承諾の意志を表した。後は俺達がこの提案を受け入れれば取引成立となったところで、エステルが真っ先に手を挙げた。
「お願いがあります。エノクに会える可能性が高い役割があるなら、私をそれに加えてください。カードの内訳は後方支援向きですけど……お願いします」
エステルは本当に真剣な表情でそう言った。感情を高ぶらせるレオナと同じくらいに珍しい表情だ。
俺とストイシャは顔を見合わせた。ストイシャの目は『この娘はこういう娘なのか』とでも言いたそうにしていて、俺は『普段はこういう奴じゃないんだけど』と視線で答えた。
「……俺としては構わんが、そちらのリーダーはどう思う?」
「最前線に立たせるんじゃなくて、援護射撃に徹するならかなりのものだと思いますけど……」
「大丈夫です、任せてください!」
俺の脳裏にグロウスター卿と対面したときのエステルの表情が思い浮かぶ。あれはまるで、テーブルの向こうにいる相手に対しての怒りを押さえ込んでいるかのような反応だった。
理由は見当もつかないが、俺の手が届かないところで、エステルが自分を抑えきれなくなったら――嫌な想像が思い浮かぶ。俺はすぐに追加の要望をストイシャに投げかけていた。
「ストイシャさん。その役目が危険そうなら、俺もそれに割り当ててください。万が一のときは俺がエステルを助けます」




