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67.クルーシブル(1/2)

「アルスラン、これはどういう……いや、その前に」


 俺は乱れた服を直し、汚れを軽く払ってから、アルスランを含む『クルーシブル』の面々に頭を下げた。


「さっきはありがとうございます。お陰で助かりました」


 レオナ達も慌ててペコリと頭を下げてお礼を言う。

 向こうの事情がどうだろうと助けてもらったことは事実。込み入った話をするのはそのことに礼を言ってからだ。


「気負う必要はない。こちらも理由があって助けたんだ」


 そう言ったのはドラゴンのような頭の男だった。


「本題に入る前に、まずはお互いに名乗り合うとしよう。この場所は安全が確保されているから敵のことは気にしないでいい」


 ドラゴンのような頭の男は、デミリザードのストイシャと名乗った。どう見てもドラゴンなのだが、本人曰くあくまで蜥蜴(リザード)らしい。アルスランと肩を並べるほどに背が高く、分厚い外套で首から下を覆っている。


 狼男の名前はルイソン。こちらは見た目通りにデミウルフとのことだ。アルスランほどではないが大きな身体をしていて、まるで筋肉の塊の上から毛皮を被せているかのようだ。この三人のせいでやけに部屋が狭く感じてしまう。


 腕が翼になった少女はデミバードのアイビス。戦闘中に何も見えなくなったのはアイビスのスペルの効果で、一定範囲内の生き物の視力を一時的に封じてしまうものだったらしい。《暗視》スキルが働かなかったのも当然である。


 綺麗な毛並みの人型の犬、もといデミドッグはプリムローズという女性。喋り方も振る舞いも上品だが、ルイソンを見ながら「デミウルフと一緒にしないでくださいね」と念を押すなど、何故かルイソンに対しては棘がある。


 次に俺達が自己紹介を済ませ、その後でデミリザードのストイシャが話をまとめに移る。


「ここにいる六人に、今は偵察に出ている二人を加えた八人が『クルーシブル』のメンバーだ。リーダーは俺が務めさせてもらっている。アルスランとココとは既に顔見知りだそうだね」

「加入前に色々あってね。ああ、そうそう。あたしが『クルーシブル』に加入したのは君達の昇格試験の後だから」


 後半は俺達に向けられた発言だった。


「積もる話はあるだろうが、まずは会ってもらいたい人がいる。本題に入るのはそれからでも構わないか」

「構いませんけど……誰なんですか?」

「俺達の依頼主だ」


 隣の部屋に繋がる扉が開き、二人の人間が姿を現す。ローブをはおった若い男女だ。若いと言っても俺達よりも年上に見える。男の方は日本の基準でも成人に達しているだろう。


「俺はジャック・キャロル。グロウスター領の錬金術師ギルドの代表代行です。こっちは妹のミシェル・キャロル」

「錬金術師ギルド?」


 俺がふと漏らした疑問にアルスランが手短に答えた。


「冒険者ギルドとは違う()()()()()()()ギルドだな。この手のギルドは大陸統一の際に解体されたが、貴族の領地は別ということだ」

「違いの説明は後でしよう。まずはこちらの事情の説明を頼む」


 ストイシャに促されてジャックが淡々と話し始める。


「グロウスター卿は錬金術師の活動を奨励なさっていて、ご趣味である対魔獣兵器開発にもギルドの研究成果を多く採用してくださいました。しかし、一年ほど前から閣下は変わられてしまった……」

「肺の病気、かな」


 クリスの呟きにジャックはこくりと頷いた。

 一年前というと、グロウスター卿が兵器開発に関わる依頼を途切れさせたり、グロウスター領の情報が手に入りにくくなったとロベルトが語っていた時期だ。やはりその時期に異変があったようだ。


「病に(かか)られたのは二年前。閣下はギルドに治療薬の開発を命じましたが、元より不治の病とされてきた難病……ギルドの総力を費やし、一年の時間を掛けても症状の進行を遅らせることもできませんでした。ちょうどその頃、外部の錬金術師が閣下に取り入ったのです」

「外部の……それってまさか」

「はい。大錬金術師を名乗る男エノクと、彼に従うタルボットという男が突然やってきて、閣下の病状の進行を緩和させることに成功しました」

「タルボット!?」


 予想外の名前に思わず大声を出してしまう。まさかこんなところでその名前を聞くことになるなんて。


「エノクとその配下はあっという間に閣下の信頼を得て、ギルド以上に重用され、多くの特権を与えられました。それ以来、エノク達はこの街の資産や住人を我が物顔で扱うようになったのです」

「いや、ちょっと待ってくれ。あんた達はタルボットという男がエノクの配下にいると知ってたんだよな? それでアルスラン達の依頼主でもあるってことは、まさか冒険者ギルドは、タルボットがエノクの手下だとあんた達経由で()()()()()のか?」


 混乱する俺の肩にアルスランの大きな手が置かれた。


「冒険者ギルドは、以前からグロウスター領の錬金術師ギルドから相談を受けていた。その時点で既に『タルボットなる男が錬金術師エノクに雇われている』という情報は得ていたが、タルボットがカードを不正に入手していたかどうかは不明だったのだ。錬金術師の部下として雇われただけなら不法ではないからな」

「……俺がタルボットと戦ったことで、疑惑が確信に変わったってわけですか」


 タルボットは実験動物を暴走させた罪で《錬金術》と《ビーストテイマー》のカードを剥奪されたという。これらのカードを再入手することは違法とされたが、ただの一個人として他の錬金術師に仕えることまでは禁じられていなかったのだ。


「けど、調査責任者の人はタルボットが行方を(くら)ましているとか言っていましたよ。あれは嘘だったんですか」

「そういうことになるな」


 あっさり肯定されてしまったが、別に怒りや不快感はなかった。調査に関する重要な情報を、俺みたいな一般冒険者にあっさり明かしてしまう方が、逆に『ギルドの調査は本当に大丈夫なんだろうか』と不安になってしまう。


 ジャックは俺の様子を伺って説明を中断させていたが、アルスランに促されて再び話し始めた。


「僕達はエノクが非人道的な実験をしているのではと疑い、水面下で冒険者ギルドに調査協力をお願いしてきました。これまではいい反応を得られませんでしたが、東方地域で起きている怪事件の原因がエノクの部下かもしれないということで、遂に冒険者を派遣してもらえることになったのです」


 それがアルスラン達『クルーシブル』ということか。

 俺が廃都市の依頼でタルボットと戦ったことが、巡り巡ってグロウスター領の錬金術師達の助けになったわけだ。世の中、どこで何が繋がっているか分からないものである。


 ジャックが話し終えたタイミングを見計らって、今度はストイシャが俺達に語りかけてきた。


「我々の役目は錬金術師エノクの研究の実態を探ることと、その背後関係を明らかにすることだ。錬金術の実験と称して領民を苦しめる行為は帝国法に違反している。君達も兵器実験の依頼で何となく勘付いたんじゃないか?」


 ストイシャは例の強化鎧とやらのことを言っている。確かにアレは異常だ。人間をあんな風にしてしまう甲冑の開発中に、目を覆いたくなるようなことが繰り返されていたとしても不思議はない。


 ――もしそうだとしたら、そんな代物のデモンストレーションを皇帝領のギルド支部の目と鼻の先でやらかすなんて、よほど大胆不敵なのか規格外の馬鹿なのか迷うところだ。


「エノクはなかなか付け入る隙を見せなかったが、今夜ついに尻尾を出した。武装した兵士で無関係の冒険者……つまり君達に危害を加えようとしたことで、俺達が強硬手段を取る大義名分が生まれたわけだ」


 ストイシャに並んで、アルスランも強い語調で声を上げる。


「既に知っているかもしれないが、冒険者ギルドは歴代皇帝から特別の認可を受けている。その構成員に正当な理由なく危害を加える者に対し、たとえそれが貴族であったとしても、ある程度の組織的反撃と報復が許されているのだ」

「エノクは俺達の潜伏に気がついていなかったんだろう。君達を逃しさえしなければ全てを闇に葬れる――そう思い込んで実力行使に及んだのが運の尽きだ。今すぐ連中のところに乗り込んでも正当性を充分に主張できる」


 俺はストイシャ達の話を頭の中で整理した。


 エノクとタルボットが病床のグロウスター卿に取り入ってこの街を牛耳り、権力を笠に着て非人道的な実験に手を染めた――という疑いがある――ので、元からこの街で活動していた錬金術師達が冒険者ギルドに助けを求めた。


 冒険者ギルドは最初こそ渋っていたが、俺とタルボットが戦ったことで奴が不法にカードを入手していたことと、ギルドの近くで動物実験を繰り返していたことが確定的になり、重い腰を上げて『クルーシブル』を調査のために派遣した。


 『クルーシブル』の調査は難航していたが、どういうわけかエノク達が俺達に兵士を差し向けたので、正当な反撃の名目で攻め込んで強引に手がかりを確保することができるようになった――という流れのようだ。


「けど、どうしてエノクは俺達を襲ったりしたんでしょう。やっぱり冒険者の失踪と何か関係が……?」

「現時点では何とも言えないな。だが俺の私感では、エノクが度重なる冒険者の失踪に関与していて、君達に対する攻撃もその一環である可能性は充分に考えられると思う」


 そこが明らかになれば、全てが一本の線で繋がる気がする。

 二人の錬金術師。動物や魔獣を凶暴化させる技術。人間に凄まじい力を与える鎧。失踪した冒険者。錬金術師に牛耳られた街――それらの全てが。

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