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66.危機一髪

 レストランで身の丈に合わない食事を済ませて部屋に戻る。幸いにも、食事代もある程度は領主(あちら)持ちとのことで、あまり財布の心配をせずに腹を満たすことができた。


 部屋に戻ると、俺達がいない間に大きな荷物が持ち込まれていた。盗賊を倒して回収したアンチスペル・シールドだ。


「確かに譲ってくれるとは言ってたけど、いくらなんでも早すぎるだろ」

「私、出発するときに渡すつもりなのかと思ってた……」


 俺もレオナと同じ想像をしていた。大きな荷物を渡すならそのタイミングだろうと勝手に思っていたのだが、予想の斜め上を行かれてしまった。


 念のため《鑑定》スキルなどを使って調べてみたが、鑑定不能になることもなく、不審な点も見られなかった。変な細工はされていないと思って良さそうだ。


「なぁ、クリス。アンチスペル・シールドって攻撃スペルしか弾けないのか?」

「そんなことはないはずだけど? 原理上、盾の表面に発生している力場にスペルの産物が触れれば、それが何であれ弾けるはずだ」


 使い方は裏面の持ち手についたレバーを握るだけ。内部の装置に蓄積された魔力を消費して、スペルを弾く力場を発生させる仕組みらしい。レバーを握っている間は少量の魔力を消費し続け、スペルを受け止めるときにはその威力に応じた魔力を追加で消耗する。


 《ライトニングボルト》を防げるのが三、四回というのは、あれくらいの威力になると一発防ぐのに貯蔵量の二割から三割を持っていかれるからだという。再チャージには時間がかかるので、戦いながら貯め直すことは難しいそうだ。


 やたらと重たいのは魔力を貯めておく装置の重量だ。錬金術師の業界でも発展途上の技術とされていて、軽量化と小型化の面で問題が山積みらしい。


「やっぱりカイの戦い方には向いてないみたいね。最低でも片手が塞がるし、重すぎて持ったまま走り回れないでしょ。装備カードみたいに出し入れ自由なら使いやすかったのに」

「まぁな。けどちょっと試してみたいことがあるんだ」


 俺はアンチスペル・シールドを持って部屋のバルコニーに出た。

 濃霧はこの二階の高さにまで達していて、道の反対側の建物もよく見えない。しかし()()()()を確かめるにはむしろ都合が良かった。


 霧の中にアンチスペル・シールドを立て、持ち手のレバーを軽く握る。次の瞬間、半径数メートルの霧が吹き飛んで掻き消えた。


「――!」


 三人が息を呑む気配がする。

 アンチスペル・シールドが霧を弾いたという事実は、この霧がスペルの産物である動かぬ証拠だった。


「おいおい……」


 平静を装っているものの、俺自身もかなり驚いていた。何の根拠もない思い付きを、試すだけならノーコストだからと実行してみただけなのだが、まさか大当たりを引き当ててしまうとは。


 俺達は無言で視線を交わし合い、そして(うなず)き合った。

 すぐに荷物をまとめて、不審に思われない程度の急ぎ足で宿を出る。


 依頼を完遂したのに一泊することになった原因が、スペルによって人為的に生み出されたものだと分かった以上、のんびりここに留まっているわけにはいかない。この街から出られないようにしようという、何者かの意図が関わっているのは明らかだった。


 アルスランにも声を掛けておきたかったが、今どこにいるのか分からないのではどうしようもない。Cランク冒険者の実力を信じるしかなかった。


「その盾、置いてこなくて良かったんですか? 重くて大変ですよ」

「外にも同じ霧が出てるかもしれないだろ。迷わないように霧を晴らす手段があった方がいい」


 アンチスペル・シールドは俺が背負って運んでいる。エステルの言うとおり結構な重量があるが、脱出時の視界確保のためにもこいつの力が必要だ。


「ところで城門はどう越えようか。開けてくださいと言っても聞いてくれないよ」

「《ワイルドカード》でなんとかする。《スリープミスト》や《パラライズ》もストックにあるからな。番兵に静かになってもらえば後はどうとでもなるさ」


 霧に包まれた街に人の気配は殆どない。夜なのだから当然といえば当然なのだが、とても不気味な光景のように感じられた。ついさっきレストランで他の人々を見たばかりなのに、ここは無人の街なのではと錯覚しそうになる。


 もう少しで城門が見えてくるところで、奇妙な音が後ろから聞こえてきた。

 追手の足音かと思って身構えたが、それにしてはおかしい。靴底が固いものを蹴る音ではあるのだが、聞こえてくる方向が地面よりもずっと高くて、間隔も妙に開いている。


 擬音にするなら、トォーン……トォーン……という――


「カイ! 上!」

「……っ!」


 レオナの声に反応して顔を上げると、小柄な人間が俺めがけてかなりの高度から飛び掛かってくるのが目に映った。


 咄嗟(とっさ)にアンチスペル・シールドを振り向けて身を守ろうとするが、斜め上方から落下速度を乗せて()()され押し潰されそうになる。


「ぐっ……!」


 《瞬間強化》をコピーして力尽くで押し返す。すると相手はその勢いを利用して高く飛び上がり、建物の壁面に取り付いた。


 恐ろしく身軽な奴だ。奇妙な音の正体はこいつが壁を蹴って移動する音だったのか。全身黒尽くめで顔も隠されているので、何を考えて俺達に襲いかかったのかも読み取れない。


 だが、間違いなくアレは敵だ。戦うべきか、脱出を優先するべきか――


「カイ……また何か来る」


 レオナの言うとおり金属質の足音が幾つも近付いて来る。

 考えをまとめる余裕など与えてはもらえなかった。黒尽くめが建物の間を素早く跳び交い、霧に身を隠しながら俺達を撹乱(かくらん)しようとする。


「させるかっ!」


 俺はアンチスペル・シールドの持ち手を握って力場を発生させ、そのまま《瞬間強化》のブーストに物を言わせて振り回し、周囲の霧を丸ごと吹き飛ばした。


 霧が晴れ、飛び掛かる最中(さなか)の黒尽くめの姿が丸見えになる。


 クリスが間髪入れず刺突を繰り出す。一呼吸の間に四、五発の突きが黒尽くめの肉体を貫き、鮮血を撒き散らす。普通の人間なら激痛で昏倒してもおかしくない連撃の直撃を受けながら、黒尽くめは路面を蹴って跳躍した。


 血を飛び散らせ、再び壁に取り付く黒尽くめ。クリスもそのしぶとさに目を丸くしていた。


「急所を貫いたはずなんだけどね」


 黒尽くめが濃霧に飛び込んで姿を消す。エステルが《アイスショット》の追い打ちをかけるが、氷の散弾で撃ち落とせた様子はない。


 入れ替わるようにして現れたのは、黒く禍々しい甲冑に身を包んだ集団――忘れるはずもない。グロウスター卿の依頼という名目で戦った、強化鎧とかいう例の代物だ。


 レオナが城門がある方向に振り返り、険しい顔で《フレイムランス》を構える。そちらからも同じ甲冑をまとった連中が近付いてきていた。


「脱出するのも予想の範疇ってことか」

「強行突破か投降か。ボクとしては投降はお勧めできないけどね」

「同感だ。やるしかないだろ」


 《スリープミスト》は興奮状態にある相手にはまず効果がなく、《パラライズ》は一回の発動で一人しか対象にできないので、大人数が相手だと先に魔力が尽きてしまう。抵抗するなら直接戦う以外の選択肢はない。


 覚悟を決めて双剣を構えた瞬間、聞き覚えのない声で、聞いたことのない呪文が耳に届いた。


「《ムーンブリンク》」


 次の瞬間、視界が一片の光もない暗闇に閉ざされる。反射的に《暗視》スキルをコピーするが全く効果がない。自分の腕の輪郭すら見えない完全な暗闇だ。


 戸惑う俺の身体を、豪腕が何の前触れもなく抱え込む。とてつもない剛力が俺を抱え上げ、そしてどこかへ走り出した。


 双剣で反撃をしようとした矢先、耳に馴染んだ声が(ささや)きかけてきた。


「安心しろ、私だ」

「アルスラン!?」


 突き立てる寸前だった双剣をすぐさま解除する。

 やがてどこかの建物に飛び込んだ音がしたかと思うと、何人かがあれこれと会話する声がして、唐突に視界が元に戻った。


 眩しさに目が眩むのを我慢しつつ、すぐに周囲の様子を確かめる。


 質素な内装の建物だ。レオナもエステルも、クリスもちゃんと揃っている。みんな眩しさにくらくらしているようだ。そして俺達を囲むように立っている、数人の旅装束の――


「間一髪だったな。紹介しよう、私が所属しているパーティ『クルーシブル』だ」


 アルスランが身振りでその場の全員を指し示す。

 ドラゴンのような頭の大男。見るからに狼男としか呼べない男。腕が始祖鳥のような翼で足が鉤爪になっている少女。毛並み艶やかな二足歩行の大型犬。そして猫の耳と尻尾を生やした少女――というか。


「やぁ、久し振り。こんにゃところで奇遇だね」

「ココ!?」


 見慣れた顔を含む、様々な姿のデミアニマルがそこにいた。

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