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64.グロウスター領(1/2)

 グロウスターの街に着いた頃には、既に太陽が落ちて周囲が暗くなっていた。

 ちょっとややこしい話だが、この街はグロウスター領の領都でグロウスター市という。領地と領都が同じ名前をしているわけだ。現代日本でいう静岡県静岡市や千葉県千葉市のようなものと考えれば分かりやすいかもしれない。


 城門を抜けたところで馬車が止められ、ファムから降車するように(うなが)される。 


「ここで積荷を積み替えますので、しばらく待っていてください」

「そのまま行けないのか?」

「グロウスター市内では、普通の馬車は運行が禁止されているんです。建物が密集していて事故が多かったせいだと聞いています」


 ということは普通でない馬車ならあるのだろうか。

 メインストリート沿いの建物の窓から明かりが溢れ、街灯にも火が灯され始めている。薄い霧の向こうに街灯が輝く光景はとても幻想的だ。


 貴族が治める自治都市だけあって、街の風景もハイデン市とは違っている。特に分かりやすいのは街灯の形だ。


 ハイデン市の街灯は壁にオイルランプやランタンを取り付けたもので、壁に梯子(はしご)を立てかけてメンテナンスをする仕組みになっている。オイル補充やロウソク交換がEランクの仕事としてよく募集されていたくらい、ハイデン市ではこの方式の街灯が普及していた。


 一方、グロウスターの街灯は道に細い柱を立てて、その上にガラス張りの照明を乗せている。(おれ)がよく見知った『街灯』とよく似た形態だ。一体何の光を使っているのか知らないが、ハイデン市の街灯より大掛かりな仕組みなのは間違いなさそうだ。


「カイさん。あれ、何なんでしょう」


 エステルが広い道の中央あたりを指差した。該当があっても薄暗くてよく見えないが、金属の角材のようなものが平行に並べられ、市街地の奥までまっすぐ続いているように見える。


「まさか、レール? 鉄道まであるのか?」

「えっ、嘘!」


 レオナも驚いた声を上げる。そのとき、どこからともなく奇妙な音が聞こえた。

 石畳の路面を蹄が叩く音。レールを鉄の車輪が走る音。からんからんと道沿いに響く小さな鐘の音。

 その正体はすぐに霧の向こうから姿を現した。


「馬車……いや、レールの上を走る……馬車鉄道、か?」

「はい。これがグロウスター市内の公共交通です」


 要するにこれは路面電車のようなものだ。電車や汽車の代わりに馬を使った鉄道を、生前(むかし)の歴史の教科書か何かで見たことがある。鐘を鳴らしていたのは事故防止のためだろう。


 馬車鉄道から数人の作業員と一人の少女が降りてきて、俺達に挨拶(あいさつ)をした。


「おかえりなさいませトリスお姉様。そしてようこそ冒険者の皆様。私はメガレーといいます」


 少女はファムとヘルマに似た白い外見をしていた。

 見た目だけで言えばファムよりも少しばかり若く見える。どことなく眠たげで、表情の変化に乏しい気がする。俺の考えすぎかもしれないが、淡々と用件だけ喋っているように感じられた。


「スクアマ石を馬車鉄道に積み替え次第、すぐに領主様のお屋敷に向かいます。皆様はそこで降りて領主様とエノク様にご挨拶をしてください。その間に、私達が隣接する研究施設まで積荷を運びます」


 メガレーは用件を伝え終えると、ぺこりとお辞儀をして離れていった。


 領主とエノクとの面会――疑わしい相手に会う警戒心はあったが、いい機会だという気持ちの方が強かった。回収しておいたアンチスペル・シールドを返すついでに《真偽判定》をしてもらうのもいいかもしれない。


 荷物の積み替えを終えた馬車鉄道が、俺達を乗せて走り出す。


 レールの上は普通の地面や道路よりも走りやすいらしく、荷馬車三台分の荷物を二頭の馬で軽快に引っ張っている。揺れも少なくて乗り心地がいい。決まったルートしか走れない点を除けばただの馬車より高性能だ。


「凄いですね、これ。ハイデン市にもあったら便利なのに」

「難しいんじゃない? あっちは普通の馬車が走り回ってるんだから、レールなんて引けないでしょ」


 エステルの希望にもレオナの指摘にも賛成だ。確かに便利な乗り物ではあるけれど、大きな街にくまなく設置するのは間違いなく大変だろう。


 霧の街をしばらく走った先に大きな屋敷が見えてきた。

 ファム(いわ)くあれが領主の屋敷らしい。勝手に城みたいな建物を想像していたが、意外と普通の豪邸だ。ハイデン市の高級住宅街には似たような建物が幾つも建っている。


「それでは、私はここで。後のことはトリスお姉さまにお尋ねください」


 メガレーに見送られ、ファムに先導されて領主の館に入る。普通の豪邸とは言ったが、そもそも豪邸という時点で特別感溢れている。内装も調度品も明らかに高級品だ。

 生前(むかし)は長らく貧乏暮らしで転生後(いま)は田舎育ちだった俺には、まるで異次元の光景のように思えてしまう。


「……領主の屋敷、舐めてたな……」

「同感……。シャンデリアってちゃんと実用品なのね……飾りじゃなくって」


 レオナも俺と同じ顔で天井を見上げていた。金とガラスで造られたシャンデリアが爛々(らんらん)とホールを照らしている。光源はロウソクなのだろうか。ひょっとしたら錬金術で作られた得体の知れない道具かもしれない。


 一方で、エステルとクリスは特に驚いた様子もなく、当たり前のようにホールを通り過ぎている。二人のこれまでの暮らしが伺える瞬間だった。


「どうぞこちらに。グロウスター卿とエノク様がお待ちです。ただ……領主様は病を得ていますので……あまり明朗(めいろう)な受け答えはできないかもしれません」


 またも新しい情報だ。この真偽も後でクリスに聞いておかないと。

 さり気なくクリスに視線を送る。クリスは何も言わずにコクリと頷いた。


 ファムに促されるまま応接室の扉をくぐる。落ち着いた雰囲気の部屋に四脚の来客用の椅子が並べられ、高級木材の長机を挟んだ向こう側に二人の男が座っている。


 片方には見覚えがある。四十代くらいの見た目で、大神官のように荘厳な錬金術師のローブをまとった男。錬金術師エノクの影武者と思しき男である。


 もう一人は洗練された黒い服を着た初老の男だ。長身で頬が病的に()けている。普段は整えられているであろう髪と髭も少々乱れている。エノクが――今はそう呼ぶことにした――朗らかな微笑を浮かべているのとは対照的に、こちらの男は眉の間に(しわ)を作って神経質そうに口元を歪めていた。


 きっとこちらの男が領主のグロウスター卿なのだろう。輝く星(グロウスター)の肩書が似合わない雰囲気の人物だ。


「ようこそ、冒険者の諸君。報告は既に聞いている。依頼を無事完遂したのみならず、ダランズの盗賊団を壊滅させたそうだな」


 見た目に(たが)わず重苦しく威厳のある声だ。ダランズの盗賊団は崖沿いの道で襲い掛かってきた連中のことで、荷物の積み替えをしている間に誰かが報告をしに行っていたのだろう。


 領主との対面にレオナは緊張した素振りを見せ、クリスは真剣だが落ち着いた態度を保っている。

 そしてエステルはと言うと――


「…………」


 ――口元を引き結び、普段からは考えられないほど険しい表情で二人を見据えていた。


 普段のエステルを知らなければ緊張しているように見えるかもしれないが、俺にはそう見えなかった。少しばかり目が()わり過ぎている。まるで、勝手に湧き上がってくる負の感情を必死に押さえ込んでいるかのようだ。


 幸いにも、グロウスター卿とエノクがそれを気にしている様子はない。そもそも俺以外は気付いていないようだった。


「盗賊団と言えば、特殊な盾を強奪されていたそうですね。実はそれの回収にも成功しているので、後でお引き渡し致します」


 そう言ったのはクリスだった。グロウスター卿は深く頷いてから、もう一度俺達四人を見渡した。


「アンチスペル・シールドのことも報告を受けている。確かにあれは私の元に届けられる途中で奪われたものだ。しかし、強奪されたと分かった直後にもう一度発注を掛けて調達し直している。実験には一つあれば充分なので、あれは礼として君達に譲ろう」


 予想外の報酬である。大き過ぎるのでどうやって活用すればいいのか分からないが、貰えて嬉しい品であることに変わりはない。


「冒険者ギルドに討伐依頼を出すことも考えていたが、諸君らのお陰でその手間も省けた。今回の依頼の報酬とは別に謝礼金を支払お……ゴホッ!」


 グロウスター卿が突然咳き込んだ。部屋の隅に待機していた従者が背中をさすろうとするが、グロウスター卿はそれを退けて話を続けた。


「……失礼した。肺(わずら)いが長引いているのだ。そこのエノクの治療を受けて寛解(かんかい)しつつあるのだがな」

「卿。彼らへの対応は私が引き継ぎますので、今夜はお休み頂いた方が」

「構わぬ。続けるぞ」


 主治医だと思われるエノクの提案もグロウスター卿は退けた。


 寛解、つまり症状が落ち着いてはいるが、このまま治るか再発するか判断できない状態にあるということだ。急な咳き込みが起こる状態でも()()()()()と言えるくらいに重い症状だったのだろう。


「……では、お薬を持ってきます。お話が終わりましたら、すぐに服用してお休みください」


 グロウスター卿はエノクが部屋から立ち去ったのを見届けてから、呼吸器を気遣った落ち着いた喋り方で話を再開した。


「すぐに今夜の宿を用意させよう。ゆっくり疲れを癒やし、明日になってからここを()つといい」

「ありがとうございます。ですが、なるべく早くギルドに戻ろうと思っていまして」

「やめておけ」


 グロウスター卿は俺の考えを短い言葉で斬り捨てた。


「この辺りは盆地であるゆえ、夜に霧が生じやすい。領民であっても霧が出ているときに城門の外へ出れば道を見失うほどだ」


 ここに来る途中の道も霧に覆われていた。外はもっと霧が濃くなっていても不思議はない。


「以前の話だが、依頼を済ませた冒険者が忠告を聞かずに帰路を急ぎ、知らぬ間に道を外れて大いに迷ったと聞いている。一歩間違えばそのまま()()()()()になっていたところだ。悪いことは言わぬ、今夜は休んでいきたまえ」


 結局、俺達はグロウスター卿の提案を受け入れることにした。今この時間に馬車を走らせる方が危険だというのは説得力のある指摘だった。


 それにしても、まさかグロウスター卿の口から『行方不明になりかけた冒険者』の話が出てくるとは思わなかった。まさかとは思うが、例の消息不明の冒険者達も自然環境のせいで遭難してしまっただけなのだろうか。


 屋敷から出てすぐに、クリスに見解を求めてみたが、クリスは難しそうな表情で言葉を濁した。


「その話は宿についてからにするよ。少し考えをまとめたいんだ」

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