62.指名依頼―遂行(2/2)
夜が明けてすぐにキララウ鉱山に向かう。この街道はキララウ鉱山にしか繋がっていないが、道幅も広く警備兵も頻繁に巡回している。
キララウ鉱山は需要の高い鉱物を多く産出する鉱山なので、インフラも警備も重点的に強化されているそうだ。俺達が運搬する予定のスクアマ石は、メインの鉱物のついでに採れる副産物の一つに過ぎない。
しっかり整備された山道を登り、坑道付近の物資集積所で荷馬車隊と合流する。荷馬車にはスクアマ石を詰めた簡素な袋が満載されている。
袋の中を見せてもらったエステルがわあっと声を漏らした。
「ウロコみたいですね……」
エステルの言うとおり、スクアマ石は魚の鱗に似ていた。小指の爪のような形と大きさで、薄っぺらく透明で、それなりの硬さがある。手で掬ってみるとじゃらじゃらとした触感が小気味いい。
どんな風に採掘され、何に使われているのか興味は尽きないが、今回の依頼には関係のないことだ。
荷馬車は三台。俺達が乗ってきた馬車も合わせて四台の隊列で山を下る。パーティの四人が別々の馬車に分乗し、それぞれ違う視点から周囲を見張る形になる。
「…………」
この仕事、恐ろしく暇だ。最大の敵は暇だと断言してもいい。
御者と雑談をして時間を潰すのにも限界がある。御者の方は話題が途切れても気にしていないようだが、こちらとしては沈黙を気まずく感じてしまう。
危険な場所ならずっと警戒していて暇を感じる余裕もなかっただろう。安全だからこそ気が緩んでしまい、それでも仕事中なので昼寝をして時間を潰すこともできない。本か何かを持ち込んで暇潰しをするのもアウトだ。まさに安全な道だからこその落とし穴である。
そういうわけで、鉱山を出発してから数時間経ち、途中の宿場で休憩を取ったときには妙な安心感を覚えてしまった。
「……いつもより疲れた気がする……」
宿場には街道を利用する人達のための施設が用意されている。人間が休息や睡眠を取る場所だけでなく、馬車の馬を休ませたり、元気な馬と交代させることもできる。
ゆっくり進むなら同じ馬を使い続けられるが、急がせると疲労が溜まって効率が悪くなる。そこで、宿場の用意している馬と交換することで、効率を落とさずに移動させ続けられるというわけだ。
昼食を食べた後で少し休息を取っていると、ファムが何気ない態度で話しかけてきた。
「何事もないみたいで良い感じですね」
「何事もなさすぎるのも辛いんだなって実感させられてるよ」
「ふふっ……分かります。どんなに大変なことでも、何もすることがないよりはずっと楽なんですよね」
転生前の俺は感じたことのない感覚だった。借金返済のためにひたすら働き、空いた時間は『心と体を休める』という明確な目的を持って休息を取っていた。苦しいことも楽しいことも何もしない苦痛には耐性がほとんどなかった。
移動中に退屈した分を埋め合わせるように、俺はファムと話し込んだ。
「そういえば、実験の依頼のときにファムとよく似た人が司会進行やってたけど、親戚とかそういうのだったのか?」
「ヘルマのことですね。姉妹……みたいなものです」
どことなく曖昧な返答だ。言い方からすると本当に姉妹というわけではないのだろう。家族の事情は人それぞれだ。
当然といえば当然だが、俺はファムのことを何も知らない。顔を合わせたのも今回の依頼を除けば二回だけ。スケイルウルフを撃退したときと、指名依頼の件を伝えにきたときの――
「――あ」
いや、違う。他にも一度だけファムを見たことがある。ファムが他の冒険者と一緒にギルドハウスを出て行くところに出くわしていた。
あのとき一緒にいた人達は、確か。
左肩に竜の刺青。傷のあるスキンヘッド。小柄な男。筋骨隆々の女戦士。
そうだ。そうだった。記憶に間違いがなければ、消息不明になった冒険者と外見的な特徴が共通している。彼らはファムが持ってきた依頼を受けていたのだ。
「どうかしましたか?」
「……いや……何でもない。他の皆の様子も見てくるよ」
俺はファムと別れて他の三人を探した。彼らの失踪とファムの依頼に関係があるとは限らない。もちろん俺の記憶違いということもあるし、単なる偶然ということだって有り得る。
だが、念のためこの情報はパーティで共有しておくべきだろう。グロウスター卿からの依頼には問題がなくても、依頼の帰りに通過する場所で何かしらのトラブルに巻き込まれた可能性もあるのだから。
最初に見つけたのはエステルだった。
「わわっ、カイさん!」
エステルは宿から持ってきた間食を食べていて、俺が近付いたのに気付いて慌ててそれを隠した。別に咎めることじゃないし横取りするつもりもないのだが。
とにかく、エステルに例の冒険者のことを教えておく。エステルは神妙な顔でそれを聞いてから、心配そうに口を開いた。
「……カイさんは、この依頼は止めた方がいいと思うんですか?」
「いや、それは拙い。不安材料があるってだけで依頼を投げ出したら、ギルドから叱られる程度じゃ済まないだろうからな。ましてや貴族からの指名依頼だ」
もっと早く思い出していたら依頼を受けないという選択肢もあった。けれど一度依頼を受けてしまった以上、多少不安が出てきたというだけで投げ出すのは、俺達だけでなくギルド全体の信用に関わってしまう。
ランクを上げて目的を果たすという俺達の方針は間違いなく躓くことになるし、サブマスターであるギデオンを尊敬しているクリスは断固として反対するだろう。絶対に有り得ない選択肢だ。
「そうですよね。途中で止めたりしたら大変ですよね」
エステルはほっと胸を撫で下ろした。
「万が一ということもあるから、気に留めておいてくれ。あとファムには内緒でな」
「分かってます。レオナにも教えてきましょうか?」
「いや、俺が直接説明するよ」
四人で情報を共有し、警戒を促しておく。現時点で取れる対応はこれが限度だ。もしかしたらそういうことがあるかもしれない、と一応認識しておくだけでも、万が一のときの対応に違いが出て来るはずだ。
やがて休憩時間が終わり、荷馬車隊が再び街道を走り始める。
整備と警備の行き届いた街道は平穏そのもので、すれ違う旅人や他の荷馬車隊の人々の顔も朗らかだ。
一泊、二泊と旅を進めた最終日。俺達を乗せた荷馬車隊はメインの街道から外れ、予定通りに寂れた旧街道へと進路を変えた。ここを越えればグロウスター領に到着する。
ここから先は、帝国の警備も打ち切られた安全の保証がない道だ。俺は自分の頬を軽く叩いて気合を入れた。
「……よし! 気を引き締めていくぞ」
盗賊の類が襲いかかってくるとしたらここしかない。俺は《ワイルドカード》を《遠見》に切り替えて周囲をくまなく警戒した。
両脇を切り立った崖に囲まれた狭い道に入ったところで、崖の上に人影のが見えた。普通の視力なら判別できない距離だが、《遠視》なら服装どころか持ち物や顔まで見て取れる。
盗賊だ――こんな場所で弓なんて持っている時点で言い訳不能である。
俺は御者に注意を促してから、荷馬車に備え付けの警報の鐘を鳴らした。他の馬車にもこれで警戒が行き届くはずだ。
事前の打ち合わせの通り、荷馬車隊が速度を緩める。積荷満載の荷馬車では人間が走って追いつける程度の速度しか出ない。こういう場合は積荷を捨ててやり過ごすか――返り討ちにするしかない。
崖の上の盗賊が崖下に合図を送る。すると、進行方向の岩陰から武装した盗賊がぞろぞろと姿を現した。大方、崖の上から馬や御者を射って一斉に襲い掛かるつもりだったのだろう。
「悪いな。思い通りにはさせねぇよ」
盗賊と戦うのは久しぶりだ。俺は胸の奥で熱いものが沸き立つのを感じた。
次回、戦闘回と一応の依頼完了(予定)




