61.指名依頼―遂行(1/2)
グロウスター卿名義の指名依頼。その内容は物資輸送の護衛だった。
この依頼が本当にグロウスター卿の希望なのか、それともエノクの要求を卿の名義で送ってきたのかは判別できない。発案者ではなく代表者の名義で依頼が出されることは珍しくないからだ。
絶対に安全な依頼だという保証はないが、小さく縮こまっていたらいつまでたっても目的を達成できない――それが俺達の共通認識だった。
ギルドの受付で指名依頼を受諾する手続きを済ませた直後、どこかで見覚えのある冒険者が話しかけてきた。
「やぁ。少しいいかな」
「えっと……」
例の消息不明になった冒険者達のリーダーだ。カードショップ・マーガレットに謝罪しに来たときよりも血色が良くなっている。
「どうかしましたか?」
「実は人探しをしているんだ。外見的な特長を教えるから、もしも見かけたらギルドに連れて帰ってくれないか。もちろんお礼はさせてもらうよ」
「……行方不明になったパーティメンバーですか」
この人物のパーティは二十人近い大所帯だったが、そのうち四人ほどがカードショップ・マーガレットの依頼を受けた状態で消息不明になってしまった――確かこういう経緯だったはずだ。
「そう簡単にくたばる連中じゃないとは思うんだが……。どこかで見かけたら声を掛けてくれるだけでもいいんだ」
「分かりました。どこかで見かけたら報告しますよ」
「ありがとう。彼らの特徴は……」
左肩に竜の刺青を入れた大男。スキンヘッドで頭部に傷のある槍使い。とても小柄な投げナイフ使いの男。筋肉自慢の女戦士。もちろん彼らの名前も忘れずに聞いておく。
言われてみれば、酒場の用心棒の依頼を受けていたときに、打ち上げの酒盛りをしていたメンバーにそういう連中がいた気がする。他にもどこかで見たことがある気がしたが、すぐには思い出せなかった。
「もしものときはよろしく頼むよ」
俺みたいな実績のない冒険者にまで頼むなんて、きっと藁をも掴む思いなんだろう。俺は消息不明の冒険者達の情報をしっかり記憶に刻み込んで、ギルドハウスを後にした。
「皆さんにお願いしたいのは、スクアマ石という鉱石の輸送の護衛です」
依頼当日の朝。
ギルドハウスに俺達を迎えに来たファムが依頼の説明をする。事前の情報では物資輸送の護衛としか説明されていなかったので、今になってより詳細な情報を与えられたことになる。
だが、スクアマ石という名前は初耳だ。俺が無知なだけかと思ったのだが、レオナやエステルどころかクリスすらも分かっていないようだった。
「スクアマ石というのは、キララウ鉱山で採れる鱗状の小さな石です。普通の人にとっては何の価値もない石ころと変わりませんが、錬金術師は価値ある資源として活用しています」
「キララウ鉱山っていうと……どの辺だ?」
エステルがテーブルに地図を広げる。
「ハイデン市から西に徒歩で三日くらいですね」
「脚の速い馬車を用意していますし、すぐ近くまで街道が通っているので、夜までには到着できると思います」
東方領域で最も辺境に近い大都市のハイデン市から西に百キロほど、つまり帝都側に近く辺境から遠いところにある鉱山らしい。ここまで来ると魔獣が現れることは滅多にないので、人間以外の脅威はないと断言していい土地柄だ。
ファムは地図を指でなぞって輸送ルートを説明し始めた。
「街道を通ってキララウ鉱山に到着したら、まずは麓の宿場で一泊します。翌日に荷馬車隊と合流してそのままグロウスター領に向かう予定です。依頼はグロウスター領に到着した時点で完了ですが、帰りの馬車もこちらの予算で負担させていただきます」
キララウ鉱山まで急ぎで一日。荷物を受け取ってからは荷馬車の速度に合わせるはずなので、道中二回ほど宿場で泊まる二泊三日といったところか。都合、グロウスター領までは合計四日の道程になる。
「かなり安全そうね。警戒しないといけないことは、何かある?」
レオナも真剣な眼差しで地図を見下ろしている。
移動ルートはほぼ全てが街道を通っている。これも安全を保証してくれる材料の一つだ。国土全体に張り巡らされた街道は帝国の動脈なので、治安がかなり高いレベルで保たれている。
人間同士の戦争が終わって以降、帝国の軍事力はその大半が街道網の保安に割かれている。普通、冒険者への護衛依頼は街道から外れた場所を通る必要がある場合や、街道警備の合間を縫った万が一に備えてのものだ。
「強いて言えばここですね」
ファムはグロウスター領へ向かう途中の細い街道を指差した。
「ここはかなり初期に作られた街道で、近くに大きな街道ができてからは殆ど利用されず、帝国の公的な警備巡回も打ち切られました。だけどキララウ鉱山からグロウスター領までの最短経路なので、いつもここを通っているんです」
「つまりここだけは安全が保証されないってわけか」
大陸を支配する大帝国といえど警備の予算は有限だ。ハイデン市と隣の廃都市を繋ぐ廃街道のように、警備をする意味がない場所は予算削減のために斬り捨てられてしまう。
グロウスター卿がこの街道を利用できているのは、冒険者を気軽に雇える経済力がある貴族だからに他ならない。
「報酬額は事前にお伝えしたとおりパーティ全体に一万ソリド。盗賊などの襲撃があり撃退に成功すれば追加で二千ソリドをお支払いします。それでは、今日から数日間ですがよろしくお願いします」
事前のミーティングを済ませ、俺達は馬車に乗ってキララウ鉱山へ出発した。
道中、特筆すべきことは何も起こらなかった。至って平穏無事に移動が終わり、何事もなかったかのように宿屋で夜を迎える。
一つだけ、気になったことをあえて挙げるとするなら――
「――どこか具合でも悪いのか?」
他の皆が眠りに就いた頃、俺は宿の水飲み場でファムが錠剤を飲んでいるところに出くわした。
ファムは俺がひょっこりと現れたのを見て、少し驚いた顔をしていた。
「いえ、ただの栄養剤みたいなものです。カイさんこそ、どうしてここに?」
「寝る前に水でも飲もうかと思っただけだよ」
ふと気になったので、《ワイルドカード》をノーモーションで《鑑定》スキルに切り替えて、錠剤の入った小瓶に目を向ける。
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【名称不明】
鑑定難易度:不明
《鑑定》スキルによる鑑定不可能。
上位スキルを用いた鑑定が必要。
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見たことがない表示だった。今まで何度か《鑑定》スキルを使ったことがあるが、鑑定そのものが不可能とされたのはこれが初めてだ。鑑定不能の理由は分からないが、少なくともただの栄養剤でないことは間違いないだろう。
「栄養剤、か。俺も最近疲れててさ。よかったら分けてくれないか?」
「……っ! ご、ごめんなさい。あまり数が残ってないもので」
「それならいいよ。明日にでも何か買って来るから」
ファムのリアクションも普通ではなかった。平静を装ってはいたが、明らかに焦りと動揺を滲ませていた。
「あ、明日からもよろしくお願いしますね。もう私も寝ますから、カイさんも早く休んでください。それじゃあ、おやすみなさい」
「……ああ、おやすみ」
俺はこの夜の出来事をしっかりと記憶に留めてから部屋に戻り、明日に備えてベッドに潜り込んだ。
《鑑定》スキルでは鑑定不可能な錠剤。それだけでも不可思議だが、ファムの背景を考えると余計に気にかかってしまう。ファムの雇い主は腕利きの錬金術師である。常識を超えた薬を作るという一点において、錬金術師に並ぶものはそうはいないのだから――




