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06.新たな借金(2/2)

 無利子での資金提供。鎧姿の男の第一声はとても信じられないものだった。


「えっ……は? 何でいきなりそんな……ていうか、誰?」

「うむ、自己紹介がまだだったな」


 鎧姿の男がおもむろに立ち上がる。低い天井の梁に頭が付きそうなくらいの大男だ。最初に見たときから身体の大きな男だと思っていたが、まさかこれほどだったとは。


 男は深い傷跡の残る顔に不敵な笑みを浮かべた。


「私の名はギデオン・シンフィールド。冒険者ギルドのサブマスターだ」

「冒険者ギルド……? 何でも屋のギルドがどうして……」

「むぅ、何でも屋か。やはりそういう認識なんだな」


 強面のくせにしょぼんとするギデオン。カイ(おれ)の冒険者ギルドに対する認識はただの何でも屋集団だったのだが、何か間違っていたのだろうか。


「まぁそれはいい。ともかく、諸君らが必要としている二十万ソリドは私が肩代わりをさせて頂く。ただし条件が二つ。一つは復興に絡む仕事を冒険者ギルドに発注することだ」


 親父を含め、村長達は驚く様子を全く見せなかった。それどころか、暗い顔で無反応を貫いている。きっと俺が来る前に一度同じ話を聞かされているのだろう。


「二つ目は、カイ・アデル君! 君に冒険者になってもらう!」

「えっ、俺!?」


 あまりにも予想外の要求に間の抜けた反応をしてしまう。


「冒険者として依頼を受け、報酬額の三割を返済に当てるという契約だ。君が返済を続けている限り、村への請求は一切しない。無利子だが返済期限も設けない。この条件でどうだ?」


 ギデオンはまたもや不敵に笑った。どう考えても破格の条件だ。特に無利子というのが大きい。


 二十万ソリドの借金で、一年間の利息が十パーセントなら一年後には二十二万ソリド、日本円で百万円も借金が増える。利子分の返済が出来なければ、いつまでも返済が進まず、それどころか延々と借金が増え続けてしまう。


 (おれ)も利子にはかなり苦しめられた。一人での返済を始めた時点では残額五百万だったのに、最終的には合計八百万近い金を返済に使っていたのだから。


「……何か裏があるんじゃないですか?」


 一つ目の条件はまだ理解できる。ギルドの幹部なら当然の要求だ。しかし二つ目の条件はとてもじゃないが真に受けられなかった。

 いくら好条件だからといって、考えなしに飛びつくわけにはいかない。絶対に裏が――ギデオンにとって得になる理由があるはずだ。


「もちろんあるとも。二十万ソリドを出すに値する理由がね」


 ギデオンは俺の疑念を真っ向から肯定した。


「君は自分が引き当てた“白いカード”の正体を知っているかな?」

「……レジェンドレア、ですよね」

「そのとおりだ。神話級の力で復興に勤しむ姿、確かに見せてもらった」


 レジェンドレアという単語を聞いて、他村の村長達が目を丸くする。

 《ワイルドカード》を実際に具現化して見せると、ただ驚くだけに留まらず、俺に向かって拝み始める老村長まで出る始末だった。


「な、なんと! 実在したのか!」

「ありがたやありがたや……生きているうちにお目にかかれるとは……」


 まるで神殿の石像にでもなった気分で、妙に気恥ずかしい。


「……そんな大袈裟な」

「いいや、大袈裟じゃあないぞ。レジェンドレアは神話に名を残しうる才能とされている。そんな貴重な才能(カード)の持ち主をギルドに抱えることができたなら、それ以上の利益など有りはしない」

「なるほど……そういう理由ですか」


 ギデオンの思惑がようやく理解できた。要するにこれは『金を先払いするから自分のところで働き続けろ』という契約だ。


「近頃、冒険者の質の低下が著しい。意欲と才能のある若者を積極的に引き込み、全体の質の向上を図るべし――これが新しいギルドマスターの方針なのさ。分かって頂けたかな?」


 新しいということは、最近ギルドマスターの交代でも起こったのだろうか。ふとそんなことが気になったが、本題には全く関係のないことなので、この疑問はすぐに頭の中から追い出した。


「この話、親父は知ってたのか?」

「……すまん、カイ。私にはこれしか思いつかなかったのだ」


 なるほど、ギデオンがここにいるのは偶然ではなく、親父に呼ばれたからか。未開の土地に村を拓いた男らしいやり手っぷりだ。


「昔、親父と将来の夢の話をしたことあったよな。何でもいいからデッカイことがしたいんだって言ったら、具体性がなさすぎるぞ馬鹿者!って怒った()()

「……そうだな。だがその夢も……」


 親父は申し訳なさそうに首を振った。ルースも哀しそうに俯いている。

 逆だ。謝る必要も哀しむ必要もどこにもない。見方を変えれば、これは千載一遇のチャンスになるのだから。


「サブマスさん。幾つか質問しても?」

「ギデオンだ。何なりと聞いてくれ」

「じゃあ、ギデオンさん。俺は冒険者についてあまり詳しくないんですけど、冒険者になって成功したら、()()()()()()()()とも言えるんですか?」


 それを聞いたギデオンがにやりと笑う。


「社会的成功の定義にもよるが、俺のように二十万ソリドをポケットマネーから出せるくらいにはなれるぞ。高ランクの冒険者になれば地位も名声も手に入る。俺が面倒を見てやった冒険者の中には、皇帝陛下の護衛官に抜擢された奴もいたし、自分の城を手に入れた奴もいたな」


 俺は胸の高鳴りを抑えられなかった。海とカイ、どちらの人生でも夢見た野望。その第一歩が向こうからやってきてくれた。


 相談もなくこの話を持って来た親父には、普通なら激怒して当然なのかもしれない。けれど、結果的にこんな『成り上がり方』を知ることができたので帳消しだ。こうしてギデオンに会うことがなければ、俺は冒険者のことを何でも屋と一生見くびっていただろう。


「当然、でっかいこともできるんですよね」

「無論だ。この“邪竜殺し”のギデオンが保証してやるとも」


 決まりだ――決意は固まった。


「……一つだけお願いがあります」

「言ってみろ」


 俺はテーブルに身を乗り出して指を一本立ててみせた。


「二十万ソリドは他の村からなけなしのお金を借りても足りない金額です。返していける手段があるのなら、他の人達に迷惑は掛けられません。できるなら全額……四十万ソリドを借りられませんか」


 俺のとんでもない要求に村長達の表情が強張る。親父は顔を青くして、ルースは何も言えずあわあわとしていた。

 そんな中、ギデオンは心底愉快そうに大笑いした。


「いいぞ、実にいい! 冒険者は強欲じゃなければ務まらん! 金を求め、名誉を求めて駆けずり回るからこそ“高み”まで上り詰められる!」


 ギデオンは懐から丈夫そうな袋を取り出し、中身をテーブルの上にぶち撒けた。光り輝く金色のコイン――大量の金貨だ。


 今の上乗せ要求は「ギルドのサブマスターがどれだけの金を動かせるのか」を測るためでもあったのだが、まさかこんなにいい笑顔で肯定されるとは想像もしていなかった。快諾どころじゃない。むしろ好感すら覚えられているように感じたくらいだ。


「前金として、予定の半分の十万ソリドを持ってきた。造幣所から出荷したての千ソリド金貨で百枚ある。残り半分と追加の二十万ソリドは君が冒険者になった後に持ってこさせよう。俺の下で冒険者になる気があるなら受け取ってくれ」


 あっさりと言っているが、懐から五百万円の札束を出してポンと投げ渡しているようなものだ。

 冒険者として成功すればこんなこともできるというダメ押しのパフォーマンスなのかもしれないが、俺の最後の躊躇いを打ち砕くには充分過ぎた。


 五百万――かつて(おれ)が背負った借金を無造作に完済できるほどの金額。それを気軽に放り出せるほどの地位。


 (おれ)が第一歩を踏み出すこともできなかった夢。その夢を掴むチャンスが目の前に転がっている。

 しかもこれはギルドの要人直々のスカウトだ。この話を断って後から普通に冒険者になるのでは得られないメリットがあるかもしれない。その上で、家族も同然の村を救う金を無利子無担保で得ることもできるのだ。


 もう迷う理由はなかった。俺は皆の視線を一身に浴びながら、金貨の山に手を伸ばした。


「なってやりますよ、冒険者」

「ようこそ。歓迎しよう」

投稿時間をいろいろと検討中。

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