58.地下墓所の怪(2/3)
保安官詰所を出た俺達は、二手に分かれて下準備をすることにした。
後方支援向きのエステルと《真偽判定》が使えるクリスは聞き込みに。
前衛向きのレオナと《ワイルドカード》がある俺は地下墓所の下見に。
適材適所と言うと少し大袈裟だが、それぞれやりやすい仕事をやれるように分担したつもりだ。
そういうわけで、俺はレオナと一緒に地下墓所の入り口のところまでやって来ていた。
「こんなところにあるなんて。最近まで見つからなかったのも納得ね」
町外れ、それも街道からも外れた野原の一画。丘の一部が地震か何かで崩れていて、崖のような崩壊箇所にぽっかりと穴が空いている。
穴は人間二人が並んだくらいの大きさで、危険を警告する立て札と、申し訳程度の封鎖の柵以外に目立つものはない。レオナの言うとおり、地下墓所の入り口は想像以上に地味だった。
「最初に見つけた奴はびっくりしただろうな。何の穴かと思って調べてみたら、右も左も白骨死体だらけだったんだから」
地下墓所の内部の状況は、以前の依頼を受けた冒険者の報告書を読んである程度把握している。もちろん地下墓地の『内装』も彼らが調査済みだ。
簡単に言うと、ここの地下墓所は大きな「コ」の字の形をしている。穴の位置はちょうど真ん中の通路の中央あたり。出入り口らしき階段が左右の行き止まりにあったが、どちらも土で埋まっていたそうだ。
階段を掘り起こすのは労力の問題で諦めたそうだが、同じく埋まっていた通気口は修繕されたので、空気の供給に支障はない。寒さにさえ目を瞑れば長時間過ごすことだってできる。火を燃やしても問題はないし、炎のスペルも……延々と使い続けなければ大丈夫だろう。
「とりあえず入ってみましょうよ。ランタンはいる? カイは《暗視》をコピーすれば大丈夫だと思うけど」
「後で考えよう。必要になってから点ければいい」
俺達は持ってきた縄梯子で地下墓所の中に降りていった。
この穴は正しい入り口じゃない。天井の一部が崩れて、内部に通じる穴が空いているだけだ。なのでちょっと罰当たりだが、骸骨が並べられていた棚を足場にしなければ床に降りられない。
通路の両壁は文字通り骸骨で埋め尽くされている。壁際の棚、というか壁面のへこみに骸骨が所狭しと積み上げられ、骨の壁を形作っているのだ。
不気味だが、これでもれっきとした埋葬方法の一つだ。価値観の違いという奴である。
「やっぱり荒らされてるみたいね」
天井の穴から注ぐ光が周囲を照らしている。その範囲だけでも、墓所の亡骸が悪戯の犠牲になっているのが見て取れた。
《暗視》スキルを使って、光が届かない範囲に視線を投げてみる。通路の一方の先は入口付近と同じ状況だ。曲がり角まで荒らされた痕跡が続いている。
もう一方に目をやったところで、俺は妙な違和感を覚えた。
「……途中で途切れてるな」
「何が?」
「悪戯の跡だよ。あっちは奥まで続いてるのに、こっち側の通路は途中から急に荒らされなくなってるように見えるんだ」
レオナもそれを聞いて怪しむような顔になった。穴の位置は左右対称の地下墓地の中央付近。片方だけが集中的に悪戯のターゲットになって、もう片方はほぼ手付かずというのは、いかにも怪しい。
「地下墓所に入り込んだ不良は、あちら側の通路に行った場合は何の問題もなく好き勝手にできたけど、こちら側の通路に入ったらそういうことができなくなったってところか」
「……怪現象を起こしてる『何か』のせいでね。奥も調べてみる?」
「いや、やめとこう。下手に痕跡を残して夜の探索の前に逃げられたら面倒だ。戦闘になったときに二人だと心細いしな」
俺達は地下墓所にを出て合流場所の保安官詰所に戻った。
少し遅れてエステルとクリスも戻ってきたので、すぐにお互いの得た情報を交換することにした。
「……俺達の方は以上。探索はこちら側の通路を重点的にやればいいと思う」
「なるほどね。ボク達は色々と興味深い情報を聞き出せたよ」
クリスはどことなく自慢げだ。よほど役に立つ情報が手に入ったんだろう。
「例の役人の息子は『動く骸骨』に怪我をさせられて、何者かによって厳重に口止めされているらしい。恐らくそれが術者だろうね」
「ちょっと、何よそれ。ほとんど依頼完了じゃない」
レオナが驚きと呆れの混ざった声を上げた。正直俺も同じ感想だった。依頼主の要望は怪現象の原因を突き止めること。地下墓所の探索はその手段に過ぎないので、クリスが聞き出した情報だけでも充分に依頼を達成できる。
しかし、クリスは残念そうに首を横に振った。
「それは無理なんだ。役人の息子に『幾つか質問をするから、間違っていたら違うと答えて欲しい』と頼んで、その答えの真偽をスキルで見抜くっていうトリックで引き出した情報だからね」
「ああ、なるほど。そりゃ証拠にならないな」
原理としては嘘発見器と同じだ。質問に「はい」か「いいえ」のどちらかで答えさせ続けて、嘘を吐いた反応があればその逆が真相というわけである。
だがこれには根本的な問題がある。診断したモノが正確であるという保証がなければ何の意味もないのだ。
嘘発見器の場合は機器の正確さ。《真偽判定》スキルの場合は使い手の信用。一介の冒険者が「《真偽判定》スキルで確かめました。これが真相です」と言ったところで依頼主は信じてくれないだろう。
「そうやって聞き出したボクが言うのも何だけど、この情報は参考にしかならない。答え合わせのための探索は必要不可欠というわけさ」
「でも調査が楽になりそうだ。この手の相手の対処法は分かるか?」
クリスの情報を元に仮想敵への対策を練る。
動く死体なんてものを扱う代表的スキルは《屍術師》だが、高い知名度に反してレアリティはSRと希少なスキルだ。骸骨を操ることだけに特化したスペルならRにまで下がるので、可能性としてはそちらの方が高い。
そしてクリス曰く、両方に共通した対処法は「骸骨の頭部の破壊」だという。
「どちらも頭蓋骨の内部に充填させた魔力で骸骨を自律動作させているんだ。だから首なし死体は動く骸骨にならないし、頭を砕けば動かなくなる。人工的な魔力タンクを外付けすれば別だけど、それなら一目で分かるよ」
狙いは頭。これも重要な情報だ。分かったからといって楽勝になるわけではないだろうが、知っているのと何も知らないのとでは大違いだ。
「相手の見当が付いたなら、夜と言わず今攻め込むのはどうだ?」
「んー……それは空振りになるかもしれないです。市場の人達から聞いたんですけど、ここ最近、食べ物や小物なんかを盗まれることが多くなってるそうです。もしかしたら昼間は食べ物とかの調達をしてるんじゃないかなって」
「……ありえるな。怪現象の報告が夜に集中してるのも、昼間は留守にしているからなのかも」
そういう年代層の人に好かれやすいエステルならではの情報だ。
色々と考えた末に、俺達は予定通り夜に探索を行うことにした。依頼の達成を第一に考えるならこれが一番だ。
それぞれ好きなように日没まで時間を潰し、改めて地下墓所へ向かう。
「誰もいないみたいだな」
入り口の周囲に人の姿は見当たらず、穴の中に入っても人の気配はしない。《暗視》で目を凝らしてみるが、少なくとも曲がり角までは誰もいなかった。
クリスが点けたランタンの光が通路を照らす。
ランタンを持つ役は、万が一戦闘になったときに片手でも戦えるクリスに任せている。俺は双剣、レオナは槍と完全装備では両手が塞がってしまい、後方支援向きのエステルを前に立たせるわけにはいかないからだ。
そのまま例の通路を歩いていると、乾いたものがカタカタと擦れ合う音が地下墓所に響いた。
「皆、準備を。番人のお出ましだ」
四人とも装備カードを展開する。数体の骸骨がこちらに歩いてくる姿が、ランタンの光に不気味に照らされた。
「レオナとエステルは後ろの奴らを頼む。あっちからも数体来てる」
俺は《暗視》スキルで後方を確認して二人に指示を飛ばした。
「了解。エステル、明かりはこれでいい?」
レオナの《フレイムランス》の穂先に炎が灯る。まるで松明のような光が、反対側の通路から迫る動く骸骨の姿を露わにした。
「狙いは頭だ。いくぞ!」
一方的な戦闘が始まった。骸骨は古びた剣で武装しているが、動きが鈍いので簡単に武器を弾き、頭部を破壊することができた。通路が狭いので一度に戦うことになる骸骨も一体か二体なので、物量で押し切られる心配もない。
これならエステルの《アイスショット》で面制圧するまでもない。白兵戦だけで通路の奥まで押し切れそうだ。
「もう少し進むペースを早めても良さそうだね」
細剣が頭蓋骨を貫き、弾くように首から引っこ抜く。クリスは後ろを歩く俺達に振り返り、そう提案した。
――クリスの死角、ランタンの光が当たらない場所で異変が起こる。
頭蓋骨を落とされて崩れ落ちたはずの骸骨が、積み木を組み上げるように元の形に戻り、首なしのまま剣を振り上げた。
「危ないっ!」
その異変を《暗視》で目撃した俺は、とっさにクリスを抱きかかえて床面を転がった。剣が俺の左腕を浅く斬り裂き、少量の血を飛び散らせる。
ランタンが床に落ち、衝撃で灯りが消える。それに気付いたレオナがすぐに《フレイムランス》の火力を上昇させ、ランタンが消えた分の明るさを補った。
「……そんな、確かに頭部を奪ったはずなのに……!」
クリスは信じられないといった様子で声を漏らした。俺だって信じたくはないが、目の前の骸骨は確かに首なしのまま動いている。《屍術師》スキルや同系統のスペルでは有り得ないことなのに。
首なし骸骨が俺達の方に向き直る。
その瞬間、俺は《暗視》スキルと《フレイムランス》の炎の明るさのおかげで、明らかな『異常』を発見した。
剣で斬られた傷から飛び散った血液が、どういうわけか空中を伝い落ちている。まるでそこに、細くて見えにくい何かが存在しているかのように。
「――そういうことか!」
俺は首なし骸骨の剣を弾き、《軽業》スキルで白骨死体だらけの壁を蹴って、首なし骸骨の頭上の何もないように見える空間で双剣を何度も素早く振り抜いた。
プツリ、プツリと細いものが切れる手応えがして、首なし骸骨がグシャリと崩れ落ちた。
「こいつらは《屍術師》スキルやその手のスペルで自律動作してるんじゃない。糸を使う別のスキルで遠隔操作されてるんだ。首があろうとなかろうとお構いなしってわけだな」
種が見抜かれたと悟ったのか、通路の奥から大量の骸骨がわらわらと湧いてきた。もはや糸を隠すつもりもないようで、骸骨の骨という骨に繋がった糸が曲がり角の向こうまで繋がっているのが見て取れた。
操り人形とは動かし方が違うようだ。糸で引っ張って動かしているのではなく、糸を介した魔力による有線操作といったところだろう。
「けど、この数は正直しんどいな……!」
「任せて。ちょっと試したいことがあるの」
レオナが一歩前に出る。《フレイムランス》の炎が激しさを増し、穂先を中心として火の玉を形成し始めた。
「焼き払え!」
刺突を繰り出すと同時に火の玉が弾け、炎が通路の奥まで一気に飲み込んでく。範囲が広い代わりに火力は低いらしく、骸骨自体には焦げ目も殆ど付かなかったが、それらを操る糸を焼き払うには充分すぎた。
糸を失った骸骨の大群は一体残らずその場に崩れ落ちた。まさに一網打尽。この相手に炎は相性がとてつもなく良いらしい。
「よし、犯人の顔を拝みにいくか!」