57.地下墓所の怪(1/3)
正式な指名依頼が来るまで一週間ほどの時間がある。その間、俺達は別の依頼を受けることにした。
クリスをパーティに加えての初依頼だ。もちろん、選ぶ依頼はこれまでのような安全重視のものではなく、多少のリスクがあってもいいのでリターンを見込めるもの。つまり俺達本来の方針に見合った依頼を選ぶつもりでいる。
「となると……これはどうだ?」
地下墓所の探索――ハイデン市から二十キロほど南下したところにあるフロックスという町で、統一戦争以前の地下墓所が発見された。それ自体は既に別の冒険者が調査済みなのだが、ここ最近になって、地下墓所から夜な夜な奇妙な物音が聞こえるといった怪現象が起こり始めたらしい。
ならず者達が寝床にしているのか、動物が入り込んでいるのか、あるいはもっと恐ろしい原因か。深夜の地下墓所を探索し原因を探ってほしいという依頼だ。
想定スケジュールは二日間。夕方頃に現地に到着し、その夜に地下墓所を探索し、翌日の夕方にはハイデン市に戻る予定になっている。どんな危険が潜んでいるのかは未知数だが、報酬は一人千ソリドと悪くない。
ただし怪現象の原因を突き止めるか、有力な証拠を発見したときのみ支払われるという条件になっている。探索を済ませたと主張しただけでは報酬を払えないということだ。
戦闘になる可能性は承知の上で、俺達はこの依頼を受けることにした。原因の特定は《ワイルドカード》で色々なカードをコピーすれば何とかできるだろう、という想定である。
むしろ戦闘があってくれたほうが嬉しいと思っていた。こういう機会に少しずつ実戦経験を積んでいくことが、今後のランクアップのためになるのだから。
「世間でレイスやスペクターと呼ばれている存在の正体は、いわゆる残留魔力体だと言われているね」
フロックスに向かって歩きながら、女性陣は幽霊についての雑談で盛り上がっていた。
事の発端は、エステルが「怪現象の原因は幽霊では?」と言ったことだった。レオナが幽霊なんているわけがないと否定し、クリスが幽霊のような魔物は実在すると口を挟んで、どんどん話が膨らんでいったのだ。
「魔力は意志の力でコントロールされる。死の瞬間の強烈な意志が体内の魔力に作用して、死後しばらくの間、様々な現象が引き起こされることがあるそうだ。いわゆる『魔力暴走現象』だね」
「でもそれだと長続きしないんじゃないの」
「普通はすぐに霧散するよ。けれど魔力が潤沢な土地だと、死の瞬間に命令を与えられた残留魔力体が、周囲の魔力を吸収して長持ちすることがある。その状態が長く続くと、存在の核として魔石が出現し、肉体を持たない特殊な魔物になってしまうんだ」
果たしてそれは幽霊と呼べるのだろうか。
ちなみに三人とも地下墓所に幽霊がいても怖くないと主張している。本当のところは知らない。
「死んだ人間の意識がそのまま残って歩きまわったりとかは?」
「原理的に生前そのままはありえないね。財産への執着心が泥棒を呪うレイスを生んだり、憎悪が人間を害するスペクターを生んだりはするけど、怪談話で語られる人間的な自我を持つ幽霊は実在しないそうだ」
「それじゃあもしも、夜中に目が覚めたら青ざめた顔のレイスが目の前にいたら、クリスも悲鳴あげちゃったりする?」
「……それは相手が人間でも驚くし、怖いと思うよ。幽霊が特別に怖いってことはないね」
クリスの声が少し強張っていたのは俺の聞き間違いじゃないはずだ。
「お母様から聞いたんですけど、森のエルフは魔物じゃない幽霊を信じてるそうですよ。死体を野ざらしにしていると魂がさまよってしまうから、死んだヒトは神聖な樹の下に埋めて、魂を森に返してあげるんだそうです」
「それは興味深いね。エルフの宗教観は聞いたことがないな」
俺は幽霊トークに混ざらず淡々と歩いている。
レイス――積極的には人に危害を加えない亡霊。
スペクター――人間を積極的に害する悪霊。
クリスが言うには、この二種類はこちらの世界では魔物の一種として定義されているらしい。
どちらも幽霊と変わらないのでは?と思う人もいるかもしれないが、幽霊を「死後にさまよう死者の魂」と定義するなら全くの別物だ。あくまで死者の遺志を写し取った魔力の塊であって、魂そのものがさまよっているわけではない。
「カイはどう思う?」
レオナが急に話を振ってきた。会話に混ざらず歩き続けていたので気を使わせてしまったのだろうか。
「そうだな……レイスやスペクターは幽霊とは違うと思う。あくまでそういう現象であって、死んだ奴の魂はすぐにどこかで生まれ変わってるんじゃないかな。どれだけ死にたくなかったとしても……さ」
例えば、死にたくないと思いながらも転生させられた俺のように。
「やっぱり? 私もそう思うな。死んだら即転生で、いちいち幽霊になってる暇なんてないのよ」
「転生についてはボクは懐疑的な立場だね。魂なんて物があるのかもはっきりしてないんだから」
「魂はあると思いますよ。何百年も生きてるお父様やお母様が見たことあると言ってましたから。死んでしまったら魂も自然に帰るけど、未練があったら地上に残るんです。きっとそうです」
三者三様の反応である。俺の考えに一番近いのはレオナのようだ。
こんな具合に話題を何度も変えながら雑談をしているうちに、俺達はフロックスの町のすぐ近くにまでたどり着いていた。
それなりに規模の大きな町だ。ハイデン市の十分の一程度だが、それはあくまで比較対象が大き過ぎるだけで、アデル村やブルック村と比べれば桁違いの面積と人口を抱えている。
とりあえず、俺達は依頼の名義になっている「フロックス保安官詰所」に向かうことにした。
この世界――というか帝国には、現代日本のような全国的な警察組織は存在しない。それぞれの市町村の役場が、それぞれ独自の権限とやり方で治安を維持している。
貴族の領地なら貴族の私兵が事に当たり、ハイデン市のような皇帝直轄領では役人が事に当たるのが普通だ。そういった役人が、現場で働く担当者として任命した住民のことを保安官と呼ぶ。
江戸時代の日本で言う「岡っ引き」のようなものである。治安維持担当の役人は他にいるが、大都市以外は人数が少なくて手が回らないので、町の住人から信頼できる人間を選んで保安官に任命するというわけだ。
「君達が依頼を受けてくれた冒険者かな。いや助かるよ。この町の保安官は十人しかいないし、まともに戦えるのは《剣術》スキルを持っている三人だけでね。地下墓所に潜って調査をするのは躊躇っていたんだ」
初老の保安官は笑顔で俺達を迎え入れて、書類の束を渡してきた。
町民から報告された、地下墓所で発生した怪奇現象のリストのようだ。夜な夜な響く呻き声、徘徊する人影、入口付近に散らばった人骨――確かにこれは冒険者ギルドに依頼したくなるのも分かる。
「人手不足だから常に見張っているわけにもいかないから、冒険者に依頼しろと何度も町役場に具申していたんだけどね。予算不足を理由に何度も断られて。先月になって『例の事件』が起きたからようやく予算が付いたんだよ」
保安官はキツくて給料が安い仕事の代表例なので、どこの町でも大抵人手不足になっている。冒険者が治安維持に絡む依頼を任せられる理由もここにある。
薄給の原因は、保安官が正式な役人ではなく、治安維持担当の役人が予算の範疇で私的に雇う非公認協力者の扱いになっているせいらしいが、今気にするべきはそこじゃない。
「例の事件……と言いますと」
「偉い役人の馬鹿息子……おっと失礼。御子息が地下墓所を探検して、酷い怪我をして帰ってきたんだよ。どうして怪我をしたのか問い詰めても答えないものだから、事なかれ主義の役人達も『こりゃあまずいぞ』と思ったらしい」
「なるほど」
他人事のうちは動かないが、自分や身内のことになるとすぐ動く。典型的というか何と言うか。
「スペクターみたいな魔物ってことはないのかな」
「それはないね」
俺の呟きをクリスが即座に否定した。
「前回、他の冒険者に地下墓所を探索してもらったときの報告書もあるけど、地下墓所内の魔力はレイスやスペクターを生むほど強くなかったそうだ。既に発生していた痕跡もなし。地下墓所にあるのは安置された骸骨だけのはずだ」
「ということは、その調査の後に何者かが入り込んだってことか」
動物なら体毛や獲物の残骸などが残っているはずだ。ならず者がねぐらにしているなら生活の痕跡があるだろうし、不良のイタズラなら重大な問題ではない。
俺とクリスが考え込んでいる間に、今度はエステルとレオナが口を開く。
「町の人達は地下墓所に近付かないんですか?」
「普通は怖がって近寄らないんだけどね。若い者の中には度胸試しとか言って探検しようとする連中が少なくないんだ。報告された怪現象の何割かは、そういう連中が怯えながら教えてくれた内容だよ」
「それなら、聞き込みをするならその手の連中が狙い目ね」
朝にハイデン市を出て、それから四時間ほど歩いてフロックスに到着したので、今は昼過ぎだ。深夜どころか夕方にすらなっていない。聞き込みをして情報収集をする余裕は充分ある。
「夜になるまでは、聞き込みと現地の下見ってことにしよう。依頼の内容は深夜の地下墓所の探索だけど、事前に調べておいても損はないと思う」
俺がそう提案すると、三人ともそれがいいと頷いた。
「それなら私の名義で一筆書いておこう。保安官の依頼で来た冒険者なので聞き込みに協力するようにとね」