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55.エノクの使者(1/2)

 実験依頼の翌日、俺達はエノクの使いの者が来るのをギルドハウスの休憩所で待っていた。


 いつもはパーティの三人だけだが、今日はクリスも加えた四人だ。本当にパーティに加わるかどうかはともかく、レオナとエステルに会わせることと、賞品とやらの受け渡しに立ち会わせることは昨日約束した決定事項だ。


「えっと……クリス・テイラー、だっけ。こっちのパーティに加わりたいそうだけど、うちの方針は聞いてるんだよね?」


 自己紹介を終えて早々、レオナが核心的な質問を投げかけた。

 クリスの本当の意図を知らない以上、真っ先に気になるのはやはりそこだろう。急ピッチで上を目指すという方針に噛み合わない冒険者なら、いくら実力があっても歓迎できない。


 レオナとエステルの立場なら俺だって同じことを確認している。そこが一番重要なポイントだからだ。


「もちろん。だからこそ一緒に依頼を受けたいって思ったんだ」


 クリスがどう答えるのか期待半分不安半分だったが、意外にも直球ど真ん中の返答だった。


「ボクはあるAランク冒険者に憧れていて、一日も早く同じレベルの冒険をしたいっていうのが目標なんだ。けど、意見の合う冒険者がなかなかいなくて、パーティも長続きしないから困ってたんだ」


 妙に実感の篭った言い方だ。これが演技なら大した名女優である。

 俺が思うに、クリスは本当に困っていたのかもしれない。憧れのAランク冒険者はもちろんギデオンのことで、一日も早くサブマスターに肩を並べることを目標としているなら、他の冒険者がついて来れなくても当然だ。


 レオナとエステルはどちらも悩み顔をしている。レオナにとっては依頼中に見かけた程度、エステルに至っては初対面の相手なのだ。事前に俺が最低限の説明をしているとはいえ、すぐに頷くことはできないだろう。


「もちろん、いきなり受け入れて貰えるとは思っていないよ。まずは試用期間ということで認めてもらえないかな」

「私はカイがいいならそれでいいよ。パーティの中心はカイなんだから」

「え、俺?」


 エステルも同意して頷いている。まず紹介した張本人が意見を言えというのは、確かに正論だ。そうなると答えは一つしかないのだが。


「……そろそろ、パーティの戦力を増やした方がいいと思ってたところなんだ。いい機会だからクリスに加入してもらいたいと俺は思ってる。方針が合わなかったら、そのときは抜けてくれていい」


 俺が意見を口にすると、他の皆もそれで納得して頷いた。結局俺の一存で決めてしまった感があるのだが、本人達が構わないならそれでいいのだろう。


 メンバー加入の件がまとまったので、四人でお互いのことについて話していると、受付のマリーが俺達の席に近付いてきた。


「お客様がいらっしゃってますけど、お通ししてもいいですか?」

「ああ、お願いします」

「時間ピッタリね」


 マリーに案内されて現れたのは、白いローブをはおって白いフードを被った、白ずくめの少女だった。少女はフードを取って白い肌を露わにすると、幼さの残る顔立ちに笑みを浮かべた。


「お久し振りです。あのときはありがとうございました」

「トリス!?」


 俺が思わず声を上げると、レオナとエステルもハッとした顔になった。状況を飲み込めていないのはクリスだけだ。


 まだ俺達がEランクだった頃、スケイルウルフに襲われていたところを助けることになった少女。それがトリスだった。依頼をするためにハイデン市に向かっていたといい、ギルドまで送ってそれきり会うことはないだろうと思っていたのだが。


「エノクの使いって、ひょっとしてトリスのことなのか」

「ええ……実はあの日も、エノク様のお使いでギルドに行く途中だったんです」


 俺とトリスが会話をしている(かたわ)らで、レオナがトリスと俺達が出会った経緯についてクリスに説明をしてくれている。


 ……それにしてもこの二人、名前がよく似ていて紛らわしい。

 本人達に言うのは失礼かもしれないので、胸に秘めておくことにしよう。そう決めた矢先、エステルが天然の怖いもの知らずっぷりを発揮した。


「二人の名前ってよく似てますよね。私、間違えて呼んじゃいそうです」

「ちょっ――!」

「おいっ――!」


 焦ったのは俺とレオナだけで、当の本人達はにこやかに笑っていた。というかレオナも俺と同じことを思っていたのか。


アリス(Alice)もいたらもっと紛らわしそうだね。ボクらと少し発音が違うけど」

「実は私、よくクリス(Chris)と聞き間違えられるんです。トリス(Tris)だとトリスタン(Tristan)の愛称と同じで男の子みたいだからって」

「じゃあ区別のために、ボクを呼ぶときはテイラー(Taylor)にするかい? 名前としても違和感のない苗字だからね」


 ハラハラしている俺とレオナを他所に、二人は名前談義で盛り上がっていた。意外なところに気の合うポイントが隠れていたようだ。


「いえ、それなら私のことを『ファム』と呼んで下さい。実はトリスよりもこっちの方が馴染み深い名前なんです」


 意外な提案がトリスから――いや、ファムから持ちかけられた。

 今の名前よりも馴染み深い名前があるというのは、現代日本人の感覚だといまいちピンとこない。苗字なら変わることもあるし、別の愛称の方が呼ばれ慣れているということも普通だが、今回はそのどちらにも当てはまっていない。


 苗字でも愛称でもなく『名前』を変える事情があったのだろうか。明治時代より前の日本なら改名は当たり前にあったが、帝国にそんな風習はない。帝国が成立する以前の風習を大事にする地域なら、と言った程度だ。


 気にはなるが、そこまで踏み込んだ事情を質問できるほど深い関係でもないので、またもや「本人がそれでいいなら」というロジックで納得することにした。


「ええと、ファム?」

「はいっ!」


 俺が新しい名前でトリスを呼ぶと、トリス改めファムは嬉しそうに返事をした。まるでこちらの名前で呼ばれること自体に喜びを感じているかのようだ。

 ファムという名前にかなりの思い入れがあるのか、それとも性別を勘違いされやすいトリスという名前が好きでなかったのか、俺には判別できないけれど。


「何か賞品を用意してるとエノクから聞いているんだけど、一体何なんだ?」

「あっ、そうでした。お喋りが楽しくてつい……こちらがエノク様の贈り物です」


 ファムは鞄の中から精緻(せいち)な装飾が施された箱を取り出し、蓋を開けてみせた。

 箱の内側には赤い布が張られ、その上に透明な板状の物体が置かれている。大きさは手のひらサイズ。厚みのあるガラス板――いや、板状に加工された水晶のような綺麗さだ。


 手に取って見ると、片面が浮き彫りのようになっているのが分かった。もう片方は完全に平らですべすべしている。そしてずっしりと重く、やはりガラスではないと理解できる。


「これは?」

「ブランクカード。魔術師や錬金術師の間で研究されている、新たな召喚触媒です。この人工水晶板を祭壇に捧げることで祝福(カード)に変化させられるそうです」

「そんなものが……!?」

「ああ、それなら聞いたことがある」


 ファムの説明に呆気にとられていると、クリスが話に割り込んできた。


「魔石四つを材料に作られる降臨触媒。効率自体は魔石の昇華と何も変わらないけれど、開発が上手く行けば魔石の裏取引を撲滅(ぼくめつ)できるんじゃないかと言われている代物だ」

「……聞いたこともなかった」

「まだ生成コストが高くて割に合わないそうだからね。見た目が綺麗だからお偉方の贈答品用に少数生産されているだけで、一般流通はしてないよ」


 ファムは尊敬の眼差しでクリスを見つめている。俺もクリスの詳しさに驚かされていた。


「お詳しいんですね。エノク様がグロウスター卿に命じられて作った品なんです。これで新たな才能(スキル)を得てより一層腕を磨いてもらいたい……とエノク様は仰っていました」


 正直、予想外の贈り物だった。現金や物品は想像していたが、まさか間接的にカードを贈られることになるとは。しかも俺が実力を伸ばすことを期待しているという。エノクという男が考えていることが分からなくなってきた。


「それともう一つ、エノク様から預かっている伝言があります」

「伝言?」

「はい。カイ様とそのパーティの皆様に、エノク様とグロウスター卿名義の個人指名依頼を受けて頂きたいとのことです。是非、請け負って頂けないでしょうか」

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