51.対魔獣兵器実験-模擬戦闘
依頼当日。ハイデン市付近の急設会場に五十人近い冒険者が集まっていた。会場といっても、まっ平らな平原に囲いと物見台と参加者用の天幕を組み上げただけで、そんなに大袈裟なものではない。
参加した冒険者のうち、二十人のEランクは会場のスタッフとして使われて、二十人のDランクと十人のCランクはそれぞれ離れた場所に集められた。
「実験ってどんなことするんでしょう」
「昔の話を聞く限り、模擬戦をしてデータ収集ってところだろうな」
エステルの疑問に答えつつ、主催者達の登場を待つ。他の冒険者達も実験内容への不安と高額報酬への期待が入り混じった表情をしている。
「ねぇ、カイ。あれ何だろ」
レオナが会場の隅に設けられた大きな天幕に気がついた。
参加者用のものは日光を遮る機能しかないタイプだが、あの天幕は内側を完全に覆い隠していた。
「新兵器とやらをあそこに隠してあるんだろ」
「普通に考えたらそうだけど……実験が始まったらどうせ見られるのに」
どうやらレオナは兵器が隠されていること自体が疑問のようだ。
そのまましばらく待機していると、Dランク冒険者の一団の前にそれと同程度の人数の集団が現れた。
半数は茶色いローブを被った男達だったが、一人残らず奇妙な物で顔の上半分を隠している。仮面ではない。大きな色付きゴーグルのような装備品を身に着けていた。
残り半数は丸みを帯びた甲冑を装備した小柄な兵士だ。ごつごつした外観ではなく、しなやかで女性的なシルエットをしている。こちらも顔は隠れているが、本当に女性が鎧を着込んでいるのかもしれない。
そして最後の一人は、素顔を晒した白ずくめの少女だった。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。Dランク冒険者の皆様には、新装備を装着したグロウスター卿の兵士と模擬戦を行い、戦闘データの収集に協力していただきたいと思います」
冒険者達は白ずくめの少女の司会進行に耳を傾けている。その中で俺は、全く別のことに気を取られていた。
「本実験の進行は、私ヘルマが取り仕切らせていただきます」
「……似てる、よな」
遠くない過去の記憶が蘇る。
髪も肌も服も、何もかもが白ずくめの少女。まだ俺達がEランクだった頃に、スケイルウルフに襲われていたところを助けた、トリスという名の少女。ヘルマと名乗った少女はトリスとよく似ていた。
見た目はそっくりだが歳は少し上、総じて言えば瓜二つな姉妹とか、数年振りに会ったら成長していた、といった程度の類似性だ。
レオナとエステルが無言で俺に視線を向けた。二人も同じことが気になっているようだ。
「模擬戦を行うにあたっては、刀剣、長柄武器、遠隔武器、呪文の四種類から得意分野を一つ選択し、それぞれの武器ごとに分かれていただきます」
「三人一緒じゃないんですね」
エステルが残念そうに呟いた。得意分野で分かれるとなると、俺は刀剣、レオナは長柄武器、エステルは呪文とバラバラになる。
「しょうがないさ。そっちの方がデータを取りやすいんだろ」
鎧姿の兵士の誘導で、冒険者達が四つのグループに分かれる。単純に平均すると五人前後ずつになるが、刀剣担当の希望者は八人と少しばかり多いようだった。
小柄な全身甲冑の兵士が、様々なサイズの木剣が入った籠を持ってきた。ヘルマも兵士も人数的な偏りを気にせず、そのまま準備を進行している。
「呪文担当の方々以外は木製の武器をご使用ください。打撲や骨折であれば当方の魔術師が即座に治療いたしますので、ご安心を」
ヘルメットのせいで声が篭っているが、明らかに少女の声色だった。
俺は他の冒険者達が群がる普通サイズの剣ではなく、いつも使っている双剣と似た刀剣を二本選択した。
籠の前で剣の握り心地を確かめていると、細い腕が割り込んできて細身の木剣を掴んだ。
「おっと。邪魔だったか、悪い」
「こちらこそ失礼」
声の主の姿に、俺は思わず目を奪われそうになった。
美少年にも美少女にも見える不思議な容姿だ。服装自体は冒険者らしいもので女性的な色気とは無縁だが、不思議と人目を惹き付ける雰囲気を放っている。
中性的な容姿と見た目の綺麗さは両立しない――誰かがそんなことを言っていたが、例外はここにあったと断言できる。辛うじて声色で「きっと女なのだろう」と推測できるくらいの見事さだ。
「今日はよろしく、双剣の人」
細剣の少女はそう言って配置についた。俺も遅れないように規定の位置まで移動する。
例の大きな天幕が解放され、中から濃紫色の全身甲冑をまとった男達がぞろぞろと現れた。今度は全員男だと一目で分かる。全員、俺よりも背の高い立派な体格をしているからだ。
だが、あの甲冑は――
「何だよあれ……」
「本当に人が入ってんのか?」
冒険者の間にどよめきが広がる。
その濃紫色の甲冑は明らかに普通ではなかった。肉体に食い込んでいるのではと思えるほどにきつく着込まれ、兜のスリットは歪で魔獣の口のよう。そして籠手の指先は爪状に尖っている。
異形。この言葉がよく似合う形状だった。
「それでは新装備・強化鎧の模擬戦闘実験を開始します。まずは一対一を想定した戦闘から」
ヘルマの宣言に合わせて、濃紫色の甲冑が木剣を手に取る。それを見て少なくない冒険者が安堵の息を漏らした。
ちゃんと指示通りに木剣を手にしたことで、相手が未知の怪物などではなく、奇妙な鎧を着ただけの人間だと思い出せたのだろう。
「模擬戦闘、開始」
総勢二十数組の模擬戦闘が一斉に開始される。
一直線に振り下ろされた大振りな一撃を、俺は小手調べのつもりで交差させた双剣で受け止めようとした。
「うおっ!?」
重い。なんてパワーの一撃だ。このままでは受けきれないと悟り、二本の剣を巧みに操って攻撃の軌跡を逸らす。
相手の木剣は数センチ横を通り過ぎ、派手に地面を叩いた。
轟音を立てて砂煙が舞い上がる。とんでもない威力だ。もし直撃していたら初撃でノックアウトされていたかもしれない。
強化鎧の兵士は振り下ろしたばかりの木剣を、俺めがけて斜め上に振り抜いた。俺は逆向きにジャンプしてそれを飛び越え、着地と同時に双剣を相手の腕に叩き付けた。
素の腕なら骨折間違い無しのクリーンヒット。甲冑越しでもダメージは確実に入ったはずだ。
ところが、強化鎧の兵士はまるで意に介した様子もなく、攻撃を受けた方の腕で横薙ぎを繰り出した。
「頑丈だなっ!」
後ろに飛び退いて攻撃を回避し、同時に間合いを取る。
苦戦しているのは俺だけじゃない。他の冒険者も強化鎧の兵士に翻弄され、既に叩きのめされた奴もいる。
ローブの男達は模擬戦を注視しながら絶え間なくメモを取り、負傷者にはすかさず《ヒーリング》などのスペルをかけ、精力的に実験を進めていた。
そんな中、最も有利に戦いを進めていたのは細剣の少女だった。
猛攻を体捌きだけで回避し、装甲の薄い可動部分に的確な刺突を繰り出している。見ていて惚れ惚れする戦いぶりだ。
「レオナ達は……」
戦いながら横目で長柄武器担当の方を見る。呪文担当の方は遠すぎて見えなかったが、レオナの姿は視界に収めることができた。
レオナはかなり善戦しているようだった。強化鎧の兵士が振るう木の槍を巧みに捌き、隙あらば反撃を加えている。贔屓目かもしれないが、長柄武器担当で一番食い下がれているんじゃないだろうか。
「俺も……負けてらんねぇな!」
砲弾のような突きを左の剣で受け流し、右の剣で渾身の一撃を顔面に叩き込む。それでも倒れないあたり本当に化け物じみた耐久力である。
――カン! カン! カン!
やがて小休止を告げる鐘が鳴り響き、強化鎧の兵士達は剣を下ろした。
結局、刀剣担当の冒険者で一度も攻撃を受けなかったのは、俺と細剣の少女の二人だけだった。
それにしても不気味な相手だ。
パワーとタフネスの凄まじさはまだいい。新兵器がそういう恩恵を与えているんだと納得できる。だが、戦闘中に一切声を発しないのは奇妙だった。攻撃を放つときの気合の声すら出していないのだから。
しかも、中断の鐘が鳴った途端に揃って武器を下ろし、そのまま電源が切れたかのように微動だにしない。いくら任務に忠実な連中だとしても、ここまで人間味がないと気持ちが悪かった。
「お疲れ様。ボクが見込んだとおり、この中だと君が一番強いみたいだね」
細剣の少女が涼しい顔で話しかけてきた。動きに無駄がなかったせいか、汗もあまりかいていないようだ。
「それ『ボクを除いて一番』ってことか?」
「まさか。武器が本物なら君が真っ先に倒してたと思うよ」
少女は屈託のない笑顔を浮かべた。中性的な美少女のコレはなかなか破壊力がある。
眩しい眼差しから逃れるように視線を動かすと、強化鎧の兵士のうち、長柄武器のグループにいた一人の様子がおかしくなったのが目に映った。
全身が小刻みに震え、鎧の装甲をカタカタと鳴らしている。
ローブの男にそれを教えようとした矢先、強化鎧の兵士が人間の声とは思えない叫びを上げた。
「グ、ガアアアアアッ!」
木槍を振り乱し、近くに立っていた冒険者二人を瞬く間に殴り倒す。
周囲の人間が異常に気付いたときには、既に三人目の犠牲者に刺突を繰り出して肋骨をへし折った後だった。
「ぼ、暴走! 暴走! 鎮静薬を早く!」
ローブの男達が大慌てで動き出す。暴走した強化鎧の男は次なる獲物めがけて走り出し、知性も何も感じられない動きで木槍を振り上げた。
その先にいたのは、まぎれもなく――
「――レオナ! 逃げろ!」