50.対魔獣兵器実験-準備
グロウスター卿の依頼を受けることに決めたものの、今回の掲示は宣伝止まりで正式な受付はまた後日なので、今日の仕事はまた別に探さなくてはならない。
しかし、俺は依頼探しをレオナとエステルにお願いして、ギルドハウスにいるであろうある男を探すことにした。
「……いたいた」
ギルドハウスの休憩所で寛いでいる褐色肌の気障男。情報の売買を商売にしているという冒険者、ロベルト・アッカルドだ。
「ロベルト、少しいいかな」
「おっ、カイ・アデルじゃないか。儲け話でも買いに来たか?」
「儲け話は今のところ間に合ってるけど、売って欲しい情報があるんだ」
「……へぇ」
ロベルトの目つきが少し真剣なものになった。
冒険者に儲け話を売るというのは、いわばコンサルティングに近い。当然だが業界の情報に詳しくなければ務まらない仕事だ。
「俺は情報屋とは違うんだけどな。まぁこれも顧客開拓の一環だ。知りたい情報次第だが、サービスでバラ売りしてやるよ。言ってみな」
「助かるよ。グロウスター卿の依頼についてなんだけど、過去にどんな実験をしていたのか分からないかな」
ココは詳しい内容を言う前に立ち去ってしまったし、受付のマリーも詳しい内容については知らなかった。
グロウスター卿はいつも実験内容の詳細をギルドに教えておらず、情報不足を理由とした支払額の増額要請――冒険者に極めて不利な依頼を弾くための制度だ――にもあっさり応じてしまうらしい。
その代わり、過去のグロウスター卿の依頼で冒険者側からのトラブルの報告は一度もないと教えてくれた。これはこれで有益な情報だが、まだ少し物足りない。だから事情に詳しそうなロベルトを探したのだ。
ロベルトは少し考え込んでから、片手の指を全て開いてみせた。
「五十ソリド。時間かけて調べさえしたら誰でも分かることだから、晩メシ代でいいぜ」
「夕飯に五十とか結構使ってるなぁ。これでいいか?」
「おう、確かに」
五十ソリド銀貨を受け取ったロベルトは、水を一杯飲み干してから淡々と話し始めた。
「あの道楽貴族が持ち込む新兵器ってのは、対魔獣兵器なんて呼び方の割に大したもんじゃない。妙な仕掛けの仕込まれた剣だとか、魔獣にぶん殴られても平気な鎧だとか、魔獣に致命傷を与えられる携行型の破城槌だとか、そんなもんだ」
「聞いた感じはかなり凄そうだけど」
俺の感想をロベルトは笑い飛ばした。
「どれも中途半端な代物さ。剣は仕掛けが複雑過ぎて即故障。鎧は崖から転げ落ちても無傷で済むが、そもそもクソ重くて歩くことすらままならない。破城槌は対象に押し付けてから炸裂石を作動させる仕組みで、動き回る魔獣には全くの無力って具合にな」
やはりココが言っていたとおり、実用性や採算性を度外視した趣味の領域のようだ。製品化して収入源にするために開発しているのなく、アイディアを実現すること自体を楽しむタイプなのだろう。
要するに金持ちの道楽ということだ。わざわざ冒険者を雇う理由も、領民や配下の兵を趣味につきあわせ過ぎて呆れられているからかもしれない。
「大型弩を複数積んだ馬車で魔獣を攻撃するってのもあったな。魔獣が棲んでるような辺境の荒れ地をろくに走れない欠陥持ちの」
「それで、依頼を受けたらどんなことをさせられるんだ?」
「少人数を雇う場合は単純な試験運用で、大勢を雇う場合は模擬戦が定番らしい。Eランクはその下働きだ。前回はDランクにお遊びみたいなトーナメントをさせて、優勝者には四万ソリドも支払われたそうだ」
仕事内容はココから聞いた内容とほぼ同じだが、お遊びで四万ソリドというのは驚きだ。流石は貴族というべきか。
「……だがな」
ロベルトが声のトーンを落とした。これから甘さのない話をするのだと、嫌でも理解させられる声色だった。
「ここ一年間、例の貴族は兵器開発に関する依頼をしてこなかった。代わりに連発していたのが、希少素材収集の依頼だ」
「希少素材? 新兵器の材料か」
「多分な。しかも一年前からグロウスター領の情報が妙に入りにくくなってる。情報漏洩にも気を使ってるとなると、今回はガチで仕上げてきてるかもしれねぇ」
希少な素材を集めさせ、一年間を費やして組み上げた新兵器――
仮にそうだとしたら、これまでの傾向と対策が役に立たないかもしれない。きちんと念頭に置いて依頼に臨む必要がありそうだ。
「だがまぁ、割の良い仕事だと思っていいぜ」
ロベルトは急に声の調子を戻し、普段通りの軽薄な喋り方になった。
「ハイデン市は皇帝直轄都市だからな。ここでとんでもない無茶をやらかしたら、貴族だろうとタダじゃ済まねぇ。しかも報酬が安けりゃあちらさんの面子にも関わる」
神聖帝国の領土は二種類に分類される。領主が治める貴族領と皇帝が治める直轄領だ。おおよそ帝国の半分が直轄領で、それ以外の土地を百人に満たない貴族が分け合って治めている。
日本で言うと、江戸時代の藩と天領――幕府直轄領の関係に近いかもしれない。
貴族の権力が通じるのは領地の中だけだ。領地の外、ましてや皇帝直轄領ではただの金持ちと変わらない。帝国が大陸を統一して以降、貴族の力は大きく削ぎ落とされているのだ。
「直轄領にあるギルド支部の冒険者に、直轄領の中で非道な実験をさせたとしたら、グロウスター卿は間違いなく失脚する。ギルドの立地と依頼主の立場が二重に安全を保証してくれるってわけだ。後は不慮の事故にさえ気をつけていりゃあいい」
ロベルトは銀貨をポケットにしまっておもむろに立ち上がった。
「料金の割に喋り過ぎちまった。今度は情報のバラ売りじゃなくて儲け話を買いに来てくれよ」
「とにかく、受けても問題なさそうな依頼ってことか」
「事故には気ぃ付けな。こういうのは慣れてきたときが一番危ねぇんだ」
それだけ言って、ロベルトはギルドハウスを出ていった。
ココから聞いた話を掘り下げたような内容だったが、五十ソリドにしては価値のある情報を聞けたと思う。俺は依頼探しから戻ってきた二人と情報を共有して、改めてこの依頼を受けるという方針を固めた。
「依頼が済んだら装備を整えに行かないか?」
俺の提案で、今日の分の仕事を済ませた後で色々な装備を買いに行くことになった。
市内で片が付く簡単な依頼を済ませてから、ハイデン市内の商業地区に向かう。
夕方の商業地区は多種多様な人々で賑わっていた。依頼を終えた冒険者や、ごく普通の一般市民、ローブを被った魔術師風の連中。様々なジャンルの店が混在している、東方地区でも屈指の商業エリアだ。
その中でも安価な冒険者向けの装備を扱っている店に入り、自分達に合った装備を探し始める。
「本格的な装備って意外と高いよね……」
レオナは値札とにらめっこして難しい顔をしている。
「ちょっとした防具でも千とか平気でするからな。でもこの辺はまだマシだろ。あっちにあるようなのは一万でも安い方なんだから」
現代日本育ちの海や田舎育ちのカイには実感が薄かったが、武器や防具というのは想像以上に高額だ。冒険者向けの動きやすい鎧でも、全身をしっかり防御するものだと一万ソリド前後は当たり前だった。
防具は革製だろうと金属製だろうと凄く手が込んでいる。革を強固にする加工をしたり、金属部品を巧みに組み合わせたりと、手間暇のかかった工業製品だ。当然、その分だけ価格が高くなっている。
気分としては、動きやすさに優れたものは原付を買う感覚で、防御力に優れたものはバイクを買う感覚に近い。本格的な金属甲冑の価格は自動車程度、装飾性まで極めた逸品は高級車の値段を見たときの気持ちになる。
低ランクの冒険者の多くが私服同然の装備で仕事をしているのには、金銭的な余裕がないというとても現実的な理由があるのだ。とにかく金が無いので、自転車を買う感覚で調達できる頑丈な服で我慢するしかない。
「中古の剣でも二百ソリドもするんですか……うわー……」
結構使い込まれた剣でもこの値段。実はこれらの値段でも、既に価格競争が起きて安くなっているというから驚きだ。
「ねぇ、カイ。当たり前だけど、今回は自分達のお金で買うからね」
「何の話だ?」
「昇格試験のときみたいに、カイに甘えてばかりじゃいられないって話。彼女でもないのに養われるなんて格好悪いでしょ」
レオナは二つの胸部プロテクターを真剣な顔で見比べている。値段は同じで性能も変わらないはずなのだが、何を悩んでいるんだろう。どちらのデザインが似合うかとかだろうか。
「それとも『俺の女になれ』とか言ってくれる?」
「出世したらな」
もちろんお互いに冗談だ。レオナもからかうような笑みを浮かべている。
「見た目で悩んでるならこっちがいいんじゃないか」
「えっ? ……そう?」
「カイさん、レオナ。こういうの似合います?」
エステルが明るい色のローブを身体に当てて見せてきた。まるで服屋に買い物に来たみたいだ。これが魔術師向けの防刃機能付きローブでなければだけど。
二人が見た目を気にする気持ちはよく分かる。俺だってどうせ買うなら様になる方がいい。性能や値段が近いなら、不格好な装備よりも格好いい装備の方を選びたくなる。人間として当然の心理だ。
結局、俺とレオナは胸部や手足などを守る防具を幾つか買い込み、エステルは機能性とファッション性を両立したローブを一着購入した。一人あたりおおよそ二千ソリドから三千ソリドの買い物だ。
ちなみにレオナは、俺が選んだ方のプロテクターを買っていた。
「……うん。だいぶ冒険者らしくなったんじゃない?」
買ったばかりの防具を身に付けて、レオナは嬉しそうに微笑んだ。
準備回はこれにて終了。次回からは戦闘イベントの始まりです。




