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49.対魔獣兵器実験-告示

 カードショップ・マーガレットの依頼は何のトラブルもなく完了した。

 六日間で受け取った報酬は合計千五百ソリド(七万五千円)。金額自体は決して高額ではないが、移動にコストが掛からない市内の依頼だったので、不満のある結果ではなかった。


 最後の挨拶を終えた後で、マーガレットが気になることを言った。


「噂で聞いたんだけど、未帰還の冒険者が少し増えてるんだってさ。皆も気をつけてね」


 きっとあの冒険者から聞いたんだろう。事情は分からないが、タルボットや噂の盗賊ギルドが関わっていないことを祈るばかりだ。





 翌日、次の依頼を探しにハウスギルドに行くと、依頼掲示板に『特別募集』と書かれた公告が張り出されていた。依頼票ではなく公告だ。掲示板の上の方に看板が我が物顔で掲げられている。


 レオナは怪訝(けげん)そうに眉をひそめた。


「……何これ」

「冒険者の募集……なんだろうけど」


 依頼掲示板の周りに大勢の冒険者が集まっているせいで、看板の文字が読めるところにまで近付けない。しょうがないので《遠見》スキルをコピーして目を凝らすことにした。


「新兵器開発協力者募集、第十回告知。募集上限、報酬上限、ランク制限、全てなし。ハイデン市郊外の平原地帯にて、近日中に開催予定。依頼主、グロウスター卿――だとさ」

「それだけ?」

「それだけ」


 清々しいくらいに説明が足りていない文章だ。どんな兵器を開発しているのか、何を協力しろというのか。大切な情報がごっそりすっぽ抜けている。


 (ロード)という肩書は貴族の称号なので、グロウスターという土地を治める貴族の依頼だということだけは分かる。


 勘違いされることが多いのだが、こっちの世界の(ロード)という敬称は苗字や名前に付くものではない。貴族として治めている地名、爵位自体の名前に添えられるものだ。元の世界の場合はよく知らないが。


 ちなみにエステルの父親はグリーンウッド卿と呼ばれているそうだが、これは家名と領地名を両方とも故郷の森にちなんで「グリーンウッド」に変更したからだ。


「グロウスター卿……」


 その名前を聞いたエステルが急に表情を曇らせた。


「どうしたの?」

「……お父様を騙した男は、グロウスター卿に伝手(つて)があると言ってお父様に近付いたそうなんです。本当はどういう関係だったのか、私は教えて貰えなかったんですけど……」


 社会的地位のある人間とのコネクションを持っていると装うのも、ありがちな詐欺の手口だ。もちろん共謀している可能性もあるし、名前を使われた側も詐欺の被害に遭っている場合もある。


 例えば、最初にグリーンウッドの森の一部を買い戻したときは善意で協力したが、その後の詐欺行為は全く知らないということもあるだろう。完全に無関係で名前だけ使われたパターンだって有り得る。


 エステルが気分を悪くするのは当然だが、かといってグロウスター卿を詐欺に関わった人物だと断言することはできない。エステルもそれを理解しているから騒ぎ立てたりしないのだろう。


「とりあえず、あんな内容じゃ判断のしようがない。詳しそうな人に聞いてみないか」


 こういうとき真っ先に思い浮かぶのは、やっぱりパティとマリーだ。依頼内容についてギルドの受付担当以上に詳しい人はそうそういない。


 受付カウンターに向かおうとしたところで、俺は掲示板前の人混みの中に見覚えのある横顔を見つけた。


 灰青色(ブルーグレー)の髪のデミキャット、ココ・ロックサンド。

 ココもこちらに気付いて、人混みを器用にすり抜けて駆け寄ってきた。


「やぁ久し振り。昇格試験の後以来かにゃ。ひょっとしてあの依頼を受けるつもりとか」

「看板の内容が大雑把過ぎて困ってたところ。あんな内容でも伝わる奴にはちゃんと伝わるのか?」

「ああ、確かにアレは分かりづらいね。同じようにゃ依頼を数ヶ月おきに何度(にゃんど)も出してるから、もうアレで充分だって思ってるんだろうけど。こっちの利便性を考えてにゃいのは貴族サマらしいというか」


 そう言って、ココはグロウスター卿の依頼について教えてくれた。


 グロウスター卿は対魔獣用の兵器の研究開発を趣味としていることで知られている。趣味的な研究なので採算や実用性は考えられておらず、今のところ領主の兵以外には使われていないそうだが。


 ともかく、グロウスター卿は兵器を開発するにあたって、試験運用をさせたり、模擬戦の相手役をさせたりするために冒険者を雇うことが多いらしい。


 具体的な内容は、冒険者と戦わせて耐久テストをする、魔獣討伐に向かう冒険者に持たせて実戦テストをさせる、装備を持たせた冒険者同士で模擬戦をさせる……など様々(さまざま)。基本的に冒険者ランクに応じた作業が割り振られるそうだ。


 テストの実施場所は本人の領地だったり、支部のあるハイデン市の近くだったりとまちまちで、法則性はない。グロウスター卿がその時々の気分と思いつきで決めているのではないかと言われている。


 募集人数の条件がないということは、かなり大規模な試験をするつもりなのだろうが、それ以上のことは分からない――らしい。


「……って感じにゃんだけど、回を重ねるたびに依頼の説明がどんどん適当ににゃってる気はするね。具体的には当日のお楽しみかにゃ」


 ココは皮肉交じりに肩をすくめた。


「報酬とかはどうなってるんだ?」

「けっこう高額だね。試験にどれくらい貢献したかによって変わるらしいけど、ちゃんとこなせば三千ソリドや四千ソリドは軽く貰えるみたい」

「そうか……」


 正直に言うとかなり興味を()かれていた。

 依頼内容が曖昧(あいまい)なのは不安材料だが、何度も同じような依頼を出していて、なおかつ大勢の冒険者が興味を示しているところを見ると、大きな問題が起こったことはないと思ってよさそうだ。


 報酬額も悪くないし、開催地がハイデン市のすぐ近くというのも良い。遠出をせずにギルドハウスの傍で依頼を済ませたいという要望とマッチしている。


 そして何よりも魅力的だったのは、貴族からの依頼という点だ。


 借金返済というのは俺にとって通過点に過ぎない。借金を完済し、そこから更に成り上がる――それが最大の目標だ。

 そのためには、ただ金を稼げばいいというものじゃない。人脈だって必要になるはずだ。そう考えると、貴族からの依頼を受けて顔を売っておくのは下準備として悪くないはずだ。


「……どうしたもんか……」

「ゆっくり考えにゃ。まだ依頼の受付も始まってにゃいんだから」


 ココは手をひらひらと振って人混みに消えていった。

 この依頼を受けようと提案すべきか否か悩んでいると、横からエステルが声を上げた。


「あのっ! 私、この依頼を受けてみたいです」

「私も賛成。町の近くでやるなら問題もないでしょ」


 二人とも依頼を受けたいと言い出したのは少し意外だったが、それなら俺も悩む理由はない。


「そうだな……実は俺もそう言おうと思ってたところなんだ」

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