47.グリーンウッドの娘(1/2)
カードショップの仕事を請け負ってから二日が経ち、皆も仕事に慣れてきたようだ。
エステルは客の質問にすぐさま応えられるようになり、レオナは営業スマイルを身に着けてきた。アルスランも常連客と世間話をするくらい店に馴染んできている。
最後のはアルスランが仕事慣れたのではなく、来客がアルスランに慣れたと言った方が正確だけど。
昼頃になって順番に休憩を取る時間になったので、近場で昼食を済ませてくることにする。その帰り、店の前で見覚えのある人影がうろうろしているのが見えた。
背丈は俺よりも低いが、鍛え込んでいる少年――ウィリアムのパーティメンバーのザックだった。
ザックは俺の存在に気がつくと店を離れて近付いてきた。
「よぉ。ここで働いてるって話、本当だったんだな」
何となく態度が固い気がする。妙に緊張しているというか。前はこんな雰囲気だっただろうか。
「えっとだな……その、なんだ……あんときは助かった。ありがとよ」
ザックはそっぽを向きながらそう言い捨てた。
慣れないことを言おうとして態度がおかしくなっていたらしい。急に礼を言われたせいで戸惑っていると、ザックが露骨に話題を切り替えにかかった。
「にしてもお前、本当に強かったんだな。期待の新人なんて噂になってたけど半信半疑だったぜ」
「噂? そうなのか?」
俺としても違う話題の方が話しやすかったので、話題の切り替えに便乗することにした。休憩が終わるまで時間もある。
「色んな噂になってるぞ。サブマスター・ギデオンのお気に入りだとか、ギデオンの隠し子だとか」
「紹介状を書いてもらっただけだよ。そんな噂どこから流れてるんだ。特に隠し子とかいう奴」
俺とギデオンの関係は世間には隠されている。
村の復興に関する依頼の見積もりでやって来たギデオンが、復興資金の返済のために稼ぎたいと思っていた俺を見つけ、ギルド加入のための紹介状を書いてやった――これが表向きの言い訳だ。
いずれどこかから真相は漏れるのだろうが、それまではこれで通すつもりだ。パーティの仲間のレオナとエステルにもこの説明で押し通している。
もちろん、俺は好き好んで自分の事情を話したりはしていないので、これすら知らない冒険者が大部分だろう。
「噂にもなるだろ。ギデオンの紹介状を持ってギルドにやって来て、加盟から二週間でDランク昇格、しかも魔石を手に入れたときた。自分が思ってる以上に注目されてるよ、お前」
「そりゃどうも」
「しっかし、それだけになぁ……」
ザックは頭髪をガシガシと掻き、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「そんなに才能のある奴が、どうして金持ちの道楽なんかに付き合ってるんだか。それが分かんねぇんだよな」
「――は?」
「やっぱ見た目か? 美人で胸がデカイから? それとも金で――」
「ちょっと待て。金持ちって誰がだ」
ザックは不思議そうに眉をひそめた後、厄介な話題に首を突っ込んだとでも言わんばかりに顔をしかめた。
「あのエルフだよ。シティエルフってのは土地持ちの金持ちって相場が決まってるんだ。えっと……なんつったかな、何契約だっけ……」
「相互利益協定」
「そうそうそれそれ! って、うわ! アビゲイル!」
いつの間にかアビゲイルが後ろに現れていて、俺までザックと一緒に驚かされてしまった。
「大陸統一戦争の中盤、後に帝国を築く王国がエルフの森の森林資源を手に入れようとした。当然エルフと争いになったのだけれど、最終的に『人はエルフの森から、エルフは人の街から利益を得る』という協定を結んで和解した……
これが相互利益協定ね」
アビゲイルは何食わぬ顔で話題の中心を奪い取り、ザックにはできないような難しい話をし始めた。
「帝国がエルフ側に供与した利益の一つが、幾つかの領地と領主としての地位だった。だけどエルフは凄く保守的だから、領地の管理を請け負った一族だけが森を出て、帝国領に移り住んだ――」
「そうそう、それを説明したかったんだ。つまりエステルって奴も領主の一族で金持ちなんだよ」
俺は何も言い返さず、頭の中で考えを巡らせた。
シティエルフの成り立ちに嘘はないだろう。後で調べれば分かることなのに、こんな嘘をつく理由はない。
だけど、決定的におかしいことがある。もしもエステルがどこぞの領主の一族や資産家の娘なら、大金を求めて冒険者になるのは不自然だ。
冒険者になった理由を誤魔化したかっただけなら、金銭目的ではなくスキル目的と言えば済んだ話だろう。こんな嘘をつく理由も、やはりない。
エステルが領主の一族であることが本当で、同時に大金を求めて冒険者になったことも本当――一見矛盾しているようだが、俺はそうなる理由に心当たりがあった。
俺にとってとても身近で、心の底から苦々しい心当たりが。
「……領主の一族か。妙に脳天気なところがあると思ってたけど、不自由せずに暮らせてたからだったのかもな」
あくまでそれは、過去形として。
「そこで提案なんだが!」
ザックは腕を広げて不敵に笑った。
「俺達に鞍替えしねぇか。パーティの移籍だよ。珍しいことでも何でもねぇ」
突然の提案に思わず呆気にとられてしまう。確かに所属するパーティを変えるのはよくあると聞いたことはある。
俺は少しだけ考えて、とても重要な質問をぶつけた。
「そっちのパーティはどれくらい稼ぐつもりなんだ?」
「ん? 金の話は大事だよな。うちのリーダーは優秀だからな。のんびりやっても年に七万か八万くらいは稼げると思うぜ。頑張れば十数万も……」
「じゃあダメだ」
ザックの目をまっすぐ見据え、はっきりと断言する。
「俺はこれから数年で百三十万以上稼ぐつもりでいる。十年以上かけるつもりはない。年に十万そこらでもまだ足りないんだ」
「お、おいおい……生き急ぐってレベルじゃねぇだろ。事情は知らねぇけどさ、もっと地道にやってもいいんじゃねぇか?」
「地道にコツコツ生きても、死ぬときは理不尽に死ぬんだ。それなら多少生き急いだ方がちょうどいいだろ」
事実、海はそんな風に死んだ。十年以上も地道に頑張って、その末にあっさり殺された。あのときの虚無感は死んでも忘れられない。
そして、俺は冒険者として得た報酬の三割で四十万ソリドを返済することになっている。これに必要な収入は百三十万ソリド以上。これほどの金額を短期間に稼ぎたければ、Cランク以上の高額依頼を積極的に受けなければ到底間に合わない。
だからこそ、俺個人の目標――早期の借金返済を達成するためには、なるべく早くCランクに昇格することが必要になってくるのだ。
「高く評価してくれたのは嬉しいけど、そっちがのんびり稼ぐパーティなら方針が噛み合わないと思う。だからスカウトは断るよ」
「……あの連中とは方針が合うってことか?」
俺は返事の代わりに笑い返した。
『できるだけ早いCランク昇格を目指す』という俺の方針は、ザックが言うとおり確かに生き急いでいる。当然、方針が合わない冒険者とパーティを組んでもお互い迷惑を掛け合うだけに決まっている。
だから、できることなら方針を共有できる相手とパーティを組みたい。俺がパーティメンバーに望むことは、実力や経験よりもまず『それ』なのだ。
「……そういうことならしょうがねぇな。気が変わったらいつでも言えよ」
ザック達と別れて店に戻る。
販売カウンターにはレオナが座っているので、そのまま店内の見回りを引き継ぐことにする。
しばらく歩き回っていると、入れ替わりで休憩に入ったエステルが、店内で一番大きなショーケースを見上げているところに出くわした。
飾られているのは店内でも数少ない金色のSRカードだ。
「そのカード、欲しいのか?」
「え! あ……違うんです。こういうカードが昇華で手に入ったら高く売れるんだろうなぁって思って」
「両親の負債もかなり返せそうだな」
「いえ、借金じゃないんですよ。ちゃんと返せはしたんですけど……」
そこまで口走ってしまってから、エステルは『しまった』と言いたそうな顔になった。
「……仕事が終わったら、二人で話をさせてください」