46.カードショップ(2/2)
最初に取り掛かった仕事は店内の清掃だった。
床を箒で掃き、ショーケースや窓ガラスを水拭きで綺麗にしていく。元の世界でも掃除は大事な作業だった。特にショーケースには指紋の汚れが付きやすいので、ちゃんと拭き取らないと見栄えが悪くなってしまう。
この世界のガラスは、元の世界ほどではないが透明度が高くて表面が滑らかだ。ひょっとしたら《前世記憶》を得た誰かが平らなガラスの作り方を知っていたのかもしれない。
「皆には購入手続きの手伝いと店内の警備をお願いするね」
マーガレットは仕事内容を簡潔に説明し始めた。
ギルドハウスのショップ以外で祝福を買う場合にはたくさんの書類が必要になる。日常生活の役にしか立たないものは必要書類も少なめだが、それでも市議会と神殿から最低一枚ずつは貰ってこなければいけない。それをチェックするのが購入手続きだ。
店内警備も重要な仕事だ。監視カメラや警報装置なんて気の利いたものはないので、戦闘能力のある人間が見回りをしていること自体が強力な抑止力になる。冒険者を雇う最大のメリットがこれだろう。強盗だって軽く撃退できる。
「一人か二人が購入カウンターで、残りは見回りをお願い! ローテーションで交代ね! それじゃあ今日から六日間、よろしくお願いします!」
レオナとエステル、アルスランの三人が商品カタログを手に見回りへ送り出され、俺はマーガレットと一緒にカウンターに残された。
店の扉を開くと同時に、何人かの客が店内に入ってきた。見るからに身なりがよく、金銭的余裕のありそうな人達だ。
客達はショーケースの商品を興味深そうに眺めたり、手帳に何やらメモをしたり、レオナ達にカードの効果について質問したりしている。あの商品カタログはこういうときに使うために渡されていたらしい。
確かに、商品について客に説明するのも店員の大事な仕事の一つだ。
ぎこちない笑顔を浮かべたまま接客するレオナ。笑顔は満点だけどカタログを調べるのが遅いエステル。カタログを見なくても答えられるのにあまり話しかけられないアルスラン。三者三様の接客風景である。
……これでいいんだろうかと思ったのは三人には内緒だ。
「大丈夫よ。冒険者が接客してるのは皆知ってるから。不慣れな店員なんてカードショップじゃ珍しくないの」
俺の心を読んだかのようにマーガレットがフォローを入れた。
「ところで、一日にどれくらいのカードが売れるんですか?」
客足は割と多いのに、何故か誰も購入カウンターにやって来ない。殆どの客がウィンドウショッピング状態になっている。
ショーケースの商品は銅が八割で銀が二割、数枚だけ金色というラインナップだ。ギルドハウスのショップほど高額商品揃いというわけではないはずなのだが……。
「売れる日でも一日に五枚か六枚で、十枚も売れたら記録的売上かな」
「えっ! それだけなんですか?」
「一枚あたりが高いからね。平均価格千ソリド以上じゃ気軽には買えないもの。今いる人達も下見に来てるだけだと思うよ。いつか思い切って買うときのためにね」
言われてみればそうだ。ギルドのショップがおかしいだけで、安くても数万円もする商品が毎日飛ぶように売れまくるわけがない。
「けど、俺達の報酬だけでも一日千ソリドは掛かってるんですよね。ギルドの取り分を考えたらもっと高額ですし、仕入れにもお金が必要になりますし……それだけで大丈夫なんですか?」
「あはは。カードショップは普通のお店とは違ってね……」
マーガレットは笑いながらカードショップの仕組みを説明してくれた。
ショップの商品はギルドから提供されるのだが、実は仕入れにお金は一切掛からない。ギルドからカードを委託され、売れたときだけ売上の一部を収めるシステムだ。具体的には、冒険者から買い取ったときの金額プラスアルファが基準となっている。
更に、従業員は冒険者ギルドに依頼を出して集めるという契約になっているのだが、このときの手数料が普通の依頼よりも安い。安定して仕事を供給する見返りの格安価格となっているそうだ。
カードの売上自体はギルドにとってあまり大きな利益にならず、依頼の安定供給や社会貢献という名目のイメージアップが主な目的らしい。民間ショップがなかった頃は『ギルドが祝福を独占している!』なんてバッシングが絶えなかったらしく、それを踏まえた上での戦略のようだ。
依頼システムは信頼第一。ギルドが広く信頼を得て、色んな案件が依頼として舞い込んでくる現状を考えると、当時のギルドの選択は大正解だったと言わざるを得ない。
「ここは私一人でやってる店だから、一日平均で三枚か四枚くらい売れれば充分にやっていけるわけ。銀カードが売れたらその月はかなりの黒字になるね」
そんな話をしていると、若い女性が緊張した様子でカウンターに近付いてきた。
「あのっ、これをお願いしますっ!」
女性は二種類のコモンカードの名前が書かれた申込書を持っていた。頬を赤く染めて、なおかつ強い意志を感じる眼差しで、俺達のことをまっすぐ見つめている。
「はい、いらっしゃいませ。私がカードを取ってくるから、カイ君は教えたとおりに書類の確認をお願いね」
「分かりました。それじゃあ、書類をお願いします」
こういう作業も生前の経験で慣れたものだ。女性から市議会発行の購入許可書と神殿発行の出生地証明書を受け取り、必要事項を別の書類に書き写す。どこの誰がいつどんなカードを買ったのか記録に残しておく決まりになっているからだ。
日本でもちゃんとした資格の取得には書類を揃える必要がある。それはこちらの世界でも変わらないのだ。
当然、誰が手続きをしたのかもしっかり記録に残るし、守秘義務だって発生する。購入者の情報を部外者に漏らしたとバレたら、ギルドからのきついペナルティが待っている。
「おまたせ。書類と申込書の方は……うん、問題なし。二枚で二千ソリドね」
一枚千ソリドのコモンカードが二枚で二千ソリド。それなりのグレードの家電を買うような買い物だ。女性はピカピカの千ソリド金貨を二枚出して、受け取ったカードをすぐにセットして店を出ていった。
女性と入れ違いに、エステルが販売カウンターにやって来る。そろそろ見回りの交代の時間だ。
「今の人、何を買って行かれたんですか」
「《料理》と《裁縫》ね。たぶん嫁入り道具なんじゃない?」
「結婚ですかー……きゃーっ」
妙に女子っぽい反応をするエステル。レオナならそっけない態度で興味なさそうな素振りをしていたところだろう。
ちなみに、今の俺達は関係者なのでこういう雑談は守秘義務には引っかからない。アウトになるのは店と関係ないところで話した場合だ。
エステルと交代して店内を巡回していると、新しい客が入ってくるのが見えた。
他の客とは雰囲気がまるで違う。軽鎧に外套を羽織った姿――冒険者だ。
冒険者は一直線に販売カウンターのマーガレットのところに行くと、いきなり頭を下げて謝罪し始めた。
「依頼放棄の件、大変申し訳ありませんでした。パーティの代表としてお詫びします」
予想外の展開だったのでつい聞き耳を立ててしまう。どうやら元々この依頼を受けていて、急にキャンセルしたパーティの代表者のようだ。
あの冒険者が仕事をすっぽかした張本人なのかと思ったが、会話の中に『この依頼を受けたパーティメンバーは未だに消息不明』という発言があったので、そういうわけでもないらしい。
察するに、多人数で構成された大規模パーティの一部メンバーが依頼を受け、その後で行方不明になったせいで依頼がドタキャンになってしまい、パーティ全体の代表者が謝りに来たという流れのようだ。
もう少し立ち聞きしていたかったが、他の客が商品を探してほしいと言ってきたので、そちらを優先してこの場を離れる。好奇心を満たすよりも仕事をこなすほうが大切だ。
それにしても、あの冒険者どこかで見たことがあるような――
「……あっ」
思い出した。アルスランと初めて会った日に酒場で宴会をしていた冒険者の一人だ。今は憔悴しきって人相が少し変わっているが、あのとき場を取り仕切っていた冒険者で間違いない。
きっと、行方不明になったという冒険者もあの宴会に参加していたんだろう。ほんの僅かな繋がりとはいえ、顔を合わせたことのある相手がある日突然いなくなる――冒険者家業の恐ろしいところだ。
そんなことを考えながら、俺はスキルカードの効果を客の男に教えていた。
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