45.カードショップ(1/2)
ハイデマリーの聴取から一夜明けて、俺達はいつものように依頼掲示板の前で次の仕事を探していた。
「こうしてみると、市内から出なくて済む依頼って意外と多いのね」
「でも報酬は少なめなんですね。Eランクのよりは高いですけど」
「移動時間が掛からない分、安く設定してあるんだろうな」
今回、俺達は『市内で完結する依頼という条件』で仕事を探している。
わざわざ条件を付け加えた理由は、俺がタルボットの顔を見たのと同じように、タルボットも俺の顔を見ているはずだからだ。
ギルドを刺激するなと言われて回収されたのだから、安易な報復には走らないと考えるのが普通だ。ギルドからもそう言われ、普段通りに行動するよう勧められている。
そもそも盗賊討伐などを請け負う時点で、冒険者が悪党から恨まれるのはごく当たり前のことである。恨みを買うことをいちいち気にしていたら、冒険者なんて到底やっていられないだろう。
しかし、今回は相手の背景がよく分からないので、さすがにノーガードで過ごすのは不安が残る。そういうわけで、しばらくはギルドハウスの近くで依頼をこなした方が安全だろうと考え、レオナとエステルにも納得してもらったのだ。
「おっ……これなんかどうだ?」
俺は『急募!』と書かれた依頼票を手に取った。
「依頼主は市内のカードショップで、依頼内容は店舗業務のサポート。契約期間は今日から六日間。報酬は日給二百五十ソリドで合計千五百ソリド。他の条件にもおかしなところはないし、けっこういいんじゃないか?」
カードショップと言ってもゲーム用のカードを扱っている店ではない。ギルドから放出された祝福を一般市民向けに販売する専門店だ。
転生前に接客業の経験はかなり積んでいる。命がけの仕事よりこういう仕事の方が慣れているくらいだ。
「接客の仕事……ですか」
「私達、そういうのしたことないけど。大丈夫なのかな」
「やってみたらすぐに慣れるって。それに仕事内容は接客と警備だから、客の相手ばっかりするわけじゃないみたいだしさ」
レオナとエステルにとっては、怪物と戦うことよりも店先で客の相手をする方が難易度が高いらしい。
誰だって最初は不安だ。客に応対するだけでも不安でいっぱいになるし、電話対応は心臓が破裂しそうになる。だけど慣れるのはあっという間だ。
まぁ、こちらの世界には電話対応なんてないわけだが。
二人を安心させようと説得していると、背後から大きな人影が依頼票を覗き込んできた。
「ショップの店番か。珍しい依頼が残っていたな。運がいいではないか」
「アルスラン!?」
純白の毛皮のデミライオンは興味深そうに依頼内容に目を通している。アルスランの発言に、レオナが不思議そうに首を傾げた。
「珍しいってどういうことですか?」
「カードショップの労働者募集の依頼は、予定日の一週間前までに締め切るのが普通だ。当日に募集が掛かるなど滅多にない」
「ということは、いきなりキャンセルされて慌てて再募集、とか」
「だろうな。普段よりも日給が五十ソリドも多い。条件を良くして大急ぎで集めようとしている証拠だ」
依頼掲示板に張り出されているのは、その日の仕事を当日の朝に募集する依頼ばかりではない。決行日より前に募集を締め切り、準備期間を設ける依頼も多く存在する。数日前に受けた廃都市探索の依頼もそうだった。
「この手の依頼はかなり条件がいい。カードショップは一般向けでもギルドの強い影響下にあるので、冒険者を『騙す』ことは有り得ないからな」
「だそうだけど、やっぱり嫌か?」
レオナとエステルはまだしばらく悩んでいたが、アルスランの言葉に心を動かされたのか、遂に二人とも首を縦に振った。
「よし、決まりだな」
「ところで一つ相談があるのだが。その依頼、募集人数の上限が四人になっているだろう? 私も一緒に受けさせてもらえないか」
「俺は構いませんけど、自分のパーティはいいんですか?」
依頼の募集条件はDランク以上となっているので、Cランクのアルスランでも問題はない。けれど、アルスランも単独で活動しているわけではないだろう。
そう尋ねると、アルスランはたてがみの下部分を顎ひげみたいに撫でながら、困ったような声で答えた。
「魔物討伐の際に主要メンバーが厄介な病を得てしまってな。しばらく活動休止になってしまったのだ」
「……それ、かなりヤバい病気とかじゃないですよね」
「心配ない。それに感染するものではないので、私は健康そのものだよ」
そういうことで、普段のパーティにアルスランを加えた四人で依頼を受けることになった。
依頼主のカードショップはギルドと反対方向の住宅街の近くにある。住民が依頼を出したときを除いて、冒険者はあまり近寄らないエリアだ。
「民間向けのカードショップは市内に三店舗あり、それぞれ違う客層を対象として住み分けている」
一つは、裕福層や上流階級、知識人が足を運ぶ高級店舗。
一つは、商人や職人、農林業者の仕事に適したカードを扱う店舗。
一つは、市民の私生活を豊かにする、一般市民向けの店舗。
「我々が働く予定のショップは三番目だ。売られているカードは冒険者とは縁が薄いものばかりかもしれんな」
目的地のショップは市街地の一角に店を構えていた。
看板には『カードショップ・マーガレット』と記され、住宅街の雰囲気によく溶け込んでいる。周辺の住居と違うのは、道沿いの壁がガラス張りになっていて、店内のカードが通行人の目に入るようになっていることだ。
「すみません。依頼を受けて来たんですけど」
店に入って声をかけると、店員らしき女性がすぐに飛び出してきた。年齢は俺やレオナよりも十歳くらい年上だろうか。明るい色のウェーブがかった長髪を後頭部で括っている。
「ああ良かった! ちゃんと来てくれたんだ! 私、店長のマーガレットです、今週はよろしくね!」
マーガレットは順番に俺達と握手をしていった。アルスランの鋭い爪の生えた大きな手も臆さず握っているあたり、結構肝が据わっているようだ。
「当日の依頼とは珍しいですな。冒険者が依頼を拒否でもしましたか」
「えっと……先週の募集に応じてくれた冒険者さん達が、他の依頼から帰ってこないらしくって。それで急遽……」
怖いことをさらっと言われてしまった気がする。
冒険者都合の依頼のキャンセル、それも通告なしのドタキャンとなるとギルドから重いペナルティを科されてしまう。それでもなおキャンセルをしたということは、そうせざるを得なかった理由があるということだ。
例えば、依頼先で帰還できない最悪の事態に陥ってしまったとか……。
「急かして申し訳ないけど、そろそろ開店準備しないといけないの。仕事の仕方は後で教えるから、まずはこれを付けて」
マーガレットは紐で首から提げるタイプのプレートを渡してきた。スタッフと客を見分けるための目印のようだ。
「デミライオンさんは……首、入る?」
立派なタテガミが仇となって、プレートの紐をアルスランの首に掛けることができそうになかった。頭から入れようとしたらまるで冠のようになり、紐を解いて首に結ぼうとしたら絞殺未遂の現場のようになってしまう。
「胸に付けるタイプの持ってくるから、ちょっと待ってて!」
「……かたじけない」
何故だかアルスランは申し訳なさそうにしていた。




