44.闇の気配
今後の展開のための前振り回。
廃都市の依頼から数日。俺は何の前触れもなくギルドに呼び出された。
用があったのは俺だけだったらしく、今日の分の依頼も済ませたばかりだったので、レオナとエステルには先に宿に戻っておいてもらうことにした。
ギルドハウスの奥、普段は足を踏み入れることのない部屋に案内される。外部から厳重に隔離された息の詰まるような部屋だ。
室内には椅子が二つ並べて置かれていて、俺とウィリアムがそれぞれに座っている。それ以外には何もない。殺風景という言葉をそのまま形にしたかのような内装だ。
「ウィリアム・セイヤーズとカイ・アデルだな。よく招集に応じてくれた」
性格のきつそうな雰囲気の女性が俺達の前に立つ。
「私は本件の調査責任者のハイデマリーだ。君達に幾つか聞きたいことがある。正直に答えてもらいたい」
「本件といいますと」
怜悧な視線がウィリアムに向けられる。
「君がウィリアム・セイヤーズだな。当然、廃都市における交戦に関してだ。本件は冒険者ギルド東方支部の特別調査対象に認定されている。虚偽の証言は処罰対象だ。心してほしい」
「しかしその証言は依頼完了の報告の際に……」
「受付担当からの伝聞では不十分だ。本人から直接話を聞きたい。必要に応じて追加の聴取を行うと、受付担当から聞いているだろう」
そう言って、ハイデマリーは俺達に説明を促した。
高圧的な態度には少し反発心を覚えたが、回答を拒否する意味もないので、正直に答えておくことにした。
一通り話を聞いた後で、ハイデマリーは俺の目の前に立ち位置を変えて、更に詳しい説明を求めてきた。
「ローブの男……タルボットと直接言葉を交わしたのは君だけだ。何か気になることはなかったか」
「……そういえば、またしても邪魔を、とか言っていました」
「ふむ、何か心当たりは」
「強いて言うならですけど……」
根拠のない想像に過ぎないが、一つだけ『もしかしたら』と思うことがある。
「俺が出くわした巨大なトリクイソウや、ムーン山脈の異常なナイトウルフ……ひょっとしたら、全部あいつの仕業だったんじゃないかって思うんです」
魔石に似た石を埋め込まれた鳥が火の鳥に姿を変えた光景を見て、脳裏を過ぎったのはこの二つの事件だった。
植物、魔獣、鳥と種類の違いこそあるが、本来の姿からかけ離れた体と強さを得ていたことは共通している。あれもローブの男の仕業だったと仮定すれば、またしても邪魔をという意味不明の発言も納得できる。
「確かに、君がそういった事案に遭遇した報告も受けている」
ハイデマリーは手元の書類をめくり、ふむ、と頷いた。
「以前から、ギルドはそれらの事件の容疑者としてタルボットに目をつけていたようだ。君が回収した右腕の入れ墨だが、あれもタルボットの腕の入れ墨に酷似しているという証言がある。可能性は高いな」
「そんなに有名な奴だったんですか?」
「有名というよりも、悪名高い錬金術師だ。具体的にはだな――」
――ハイデマリー曰く、タルボットは中央地域で研究をしていた新進気鋭の錬金術師だったらしい。
特に力を入れていた研究は、動植物の兵器化。いわゆる動物兵器の開発だった。生物の巨大化や凶暴化に成功しただけでなく、魔石の移植による魔獣の強化や『疑似魔獣』を開発したとまで言われていたらしい。
錬金術師は基本的に秘密主義で、研究内容が広く知られることは少ない。だがタルボットは巨大化・凶暴化させた生物を売り込んで研究資金を得ていたので、比較的知名度が高かったのだという。
人間同士の戦争が終結して長く経つので、売り込み対象は地下闘技場などのアンダーグラウンドな客や、辺境の魔獣対策が殆どだったそうだが。
「動物の兵器化……」
「そんな錬金術師がいるのなら、どうして容疑者止まりなのですか。真っ先に身柄を確保すべきでは」
「もちろん理由はある。話は最後まで聞け」
ウィリアムの疑問をハイデマリーは一蹴した。
「タルボットは十年前に疑似魔獣と思しき生物の暴走事故を引き起こし、その罪で永続の『祝福剥奪』を受けて《錬金術》と《ビーストテイマー》のスキルを失っている」
祝福剥奪――文字通り祝福を剥奪する特別な刑罰だ。
主にカードを使って重大な犯罪を犯した者に適用される。罪の重さに応じて剥奪期間が変わる仕組みで、懲役刑のように期間を指定するケースや、罰金の支払いや社会奉仕を終えるまで取り上げるケースがある。
当然、永久剥奪は最も重い罰則である。
アデル村ではこれが適用されるような犯罪は起こらなかったので、カイは最近までどうやってカードを剥奪しているのか知らなかった。聞くところによると、ギルドの祭壇でカードを取り出すのと同じ原理らしい。
ちなみに、普通の懲役刑でも脱走を容易にするスキルは一時的に剥奪されてしまうのだが、これは祝福剥奪刑には分類されないそうだ。
「祝福を剥奪された後、タルボットは行方を晦ましたが、奴に該当スキルを与えない命令が全土の神殿とギルドに行き渡っている。それがタルボットの犯行と断定できなかった理由だ」
魔石をカードに変えられるのは、帝国直轄の施設を除けば神殿とギルドだけ。ショップで買う場合も厳密な身分証明と犯罪歴の照会を求められるので、普通ならタルボットが失ったスキルを再入手する方法はない。
「しかし、君の証言で事情が変わった。恐らくタルボットは何者かの後ろ盾を得て、闇ルートでカードを入手し、不法な実験を繰り返していたのだろう」
後ろ盾とは、手負いのタルボットを回収した何者かのことを言っている。
そいつは冒険者ギルドを刺激したくないと考えていたが、タルボットがギルド支部の近くで実験を繰り返し、冒険者に直接手を出したものだから、腹に据えかねて無理やり呼び戻すことにした――こう考えれば、見張り塔の屋上でのやり取りにも納得できる。
だが、そいつは一体何者なんだ。祝福剥奪を受けた者に同じカードを譲るのはとても罪が重い犯罪だ。重罪を恐れずカードを与えるなんて、真っ当な人間がすることとは思えない。
「今日の聴取はこれで終わりだ。また何かあったら招集をかける」
ようやく解放された。俺達はすぐに息の詰まるような部屋を出ていった。
ギルドハウスのメインホールに向かう途中で、ウィリアムが真剣な表情で話しかけてきた。
「こんな噂を知っていますか」
「噂?」
「一部の冒険者の間で流れている噂でして、裏付けのない想像、陰謀論の類に過ぎないのですが」
ウィリアムは正面を向いたまま話し続けた。
「裏社会には犯罪者同士の相互扶助組織――冒険者にとっての冒険者ギルドに相当する組織が存在するのではないかと言われています」
「相互扶助……」
「例えば、ギルドの掃討作戦で無人になった廃都市に、いつの間にか犯罪者が戻ってしまうでしょう。あれも相互扶助組織が『廃都市の危険が薄れた』という情報を広めているからではと噂されています」
どうしてウィリアムが急にこんな話をしたのか。その理由は考えるまでもない。タルボットにカードを与えた後ろ盾がそれではないかと疑っているのだ。
「噂の中で、その組織は仮の名称で呼ばれています」
ウィリアムの表情が険しさを増した。
「――盗賊ギルド、と」