43.Dランク初依頼(4/4)
ローブの男の周りには何羽もの鳥が飛び交っていた。
カラス、トビ、タカ、サギ……種類も大きさもまちまちで統一性がないが、どの鳥もローブの男にコントロールされているのは明白だった。
昇格試験を受ける以前、依頼をこなすためにコモンスキルの《ペットテイマー》をコピーしたことがある。
あのカードには高レアリティ版の互換が存在する。ペットとは言えない動物も制御できる《アニマルテイマー》や、凶暴な獣も操れる《ビーストテイマー》などだ。きっとあの男もこの系統のスキルを使っているんだろう。
「…………」
ローブの男の右腕に一羽のタカが止まる。
男は奇妙な石――魔石の輝きを濁らせたような鉱石をタカの胴体に押し込んだ。するとタカの羽毛が瞬く間に燃え上がり、激しい炎をまとった火の鳥に姿を変えた。
「行け」
火の鳥が羽ばたき、俺めがけて一直線に飛んでくる。
俺は即座に《ワイルドカード》で《スプリンター》をコピーし、火の鳥に向かって真正面から突っ込んた。
下手に火の鳥を避けようとすると、相手も俺を追って縦横無尽に飛び回ることになり、逆に迎撃しづらくなってしまう。しかし正面切って迎え討てば、相手は直線的に攻めるしかなくなる。横や後ろ回り込もうとしたら、ローブの男までの最短ルートがガラ空きになってしまうからだ。
燃え盛る翼が目前まで迫る。
その瞬間、俺は《スプリンター》を再び《軽業》に切り替えて跳躍した。
「ふっ――!」
充分な加速を乗せた身軽な踏み切りによって、低空飛行する火の鳥を軽やかに飛び越える。
空中で一回転し、着地と同時に《スプリンター》へ再切り替え。全力のダッシュで一瞬のうちにローブの男に肉薄する。
「貴様っ!」
男の右腕で二匹目の火の鳥が翼を広げる。俺は火の鳥が飛び出つ暇も与えず、双剣を両方同時に振り下ろした。
両断される火の鳥。斬り落とされる男の右腕――
ローブ越しでも感じられる、人間の体を斬り裂いた手応え――
俺が横に飛び退こうとした瞬間、火の鳥が熱風を撒き散らして爆発した。
「ぐうっ……!」
近距離で爆風を浴びて屋上を転がる。爆音のせいで耳鳴りがして、肌の露出していた部分がジリジリと痛んだが、それ以外にダメージはあまりない。酷い火傷はせずに済んだようだ。
ローブの男も爆風に吹き飛ばされ、なおかつ右腕を斬り落とされた苦痛に苦しみもがいていた。
「ぐ、がああああっ! 貴様っ、またしても邪魔をおおおっ!」
右腕の切断面と胸の傷から大量の血が溢れ出て、屋上の床にぼたぼたと滴り落ちている。更に爆風でローブがはだけ、入れ墨の刻まれた素顔が露わになっていた。
男が憎悪に歪んだ顔で俺を睨みつける。また何か叫ぼうと口を開いた矢先、全く聞き覚えのない声がどこからともなく響いた。
『タルボット。冒険者ギルドを刺激するなと言わなかったかな』
若い男の声だった。それを聞いた途端、怒りで赤くなっていたローブの男の顔が真っ青になった。
「お、お待ちください! これには事情が……」
男の足元に黒い影が広がったかと思うと、そこから何本もの黒い手が溢れ出し、男を影の中へ引きずり込んでいく。
『一度戻れ。君の処遇はそれから決めることにする』
「お待ちくださ……うわあああっ!」
口を挟む暇もなく、男の姿は影の中に消えてしまった。
鳥の群れが一斉に我に返って飛び去っていく。屋上はしんと静まり返り、戦いの痕跡は床に飛び散った鮮血と置いて行かれた右腕だけ。
「……何なんだ、今のは」
突然のことに頭がついて来ない。とにかく証拠を確保しようと、まだ生暖かい右腕を拾い上げる。ローブの男の顔と同じく、腕の表面には文様のような入れ墨が刻み込まれていた。
見張り塔を降りて皆のところに戻ると、レオナが心配そうな顔をして駆け寄ってきた。
「カイ! 大丈夫だった? 怪我はしてない?」
「なんともないよ。ちょっと顔がひりひりするくらいだ。そっちこそ大丈夫だったか? エステルは……」
「少し魔力を使いすぎたから休んでるの。凄い大活躍だったんだから」
それを聞いて安心した。もしものことがあったら後悔しきれない。
近くの建物から現れたウィリアムが、俺に向かって頭を下げた。
「大変な役割を押し付けてしまって申し訳ない。我々がもう少ししっかりしていれば、こんなことには……」
ストレートに頭を下げられるとかえって反応に困ってしまう。俺はまだまだ謝り足りなさそうなウィリアムを落ち着かせ、話題を変えることにした。
見張り塔で起こったこと――ローブの男との戦いや、男の右腕を斬り落として持ち帰ったこと、突然現れた謎の影に男が連れ去られたことを皆に伝える。
その上で俺は今後の行動について提案をした。
「一旦ギルドに戻りましょう。みんな消耗してますし、ギルドにも報告しておかないと」
だが、ウィリアムは首を横に振った。
「依頼を達成してから戻りましょう。回収対象を見つけて、それからでも遅くはありません」
「……どうしてですか?」
「考えてもみてください。あの襲撃者がなぜ私達を襲ったのか。愉快犯でないのなら、私達の妨害をしたかったと考えるのが自然ではないですか」
もしもローブの男が俺達を襲った理由がウィリアムの想像通りだとしたら、錬金術師の工房にあるという金庫を回収されたくなかったということになる。
一枚目の地図に描かれていた場所を探索していたところを目撃し、錬金術師の工房を探していると判断。二枚目の地図の場所に向かわせまいとして攻撃を加えた――確かに筋は通っている。
金庫を隠したままにしておきたかったのか、自分が先に見つけたかったので妨害をしたのか。どちらも有り得そうだ。
「仮にそうだとしたら、一旦ギルドに戻っている間にあちら側の手で回収される恐れがあります。逆に私達が回収に成功すれば、ギルドに中身を確かめてもらって、その男が何者なのか掴む手がかりを見つけられるかもしれません」
「……確かに、そういう可能性もあるとは思いますけど……」
他のパーティメンバーも含めた話し合いの末、俺達は急いで金庫を回収してからギルドに戻ることになった。俺は反対だったのだが、回収しておくべきという意見の方が多かったのだ。
結論から言うと、工房と金庫は割とあっさりと見つかった。
地図に描かれていた場所に部屋がなかったので、試しに廊下の壁を破壊してみたところ、隠し部屋になっていた工房を発見。金庫も工房内を探したらすぐに発見することができた。
よく出来た隠し部屋だ。地図という手がかりがなかったら存在に気付くこともできなかっただろう。
俺達は金庫をギルドまで持ち帰り、ローブの男の右腕も提出して、廃都市で起きた出来事を全て報告した。これで依頼は達成。依頼主による確認が済めば、明日にでも報酬が支払われる。
だが、今回の『事件』はこれで終わりというわけにはいかなかった――