41.Dランク初依頼(2/4)
俺が手に取った依頼票は、いわゆる危険地帯の探索依頼のジャンルに属するものだ。
探索場所はハイデン市の隣の廃墟。俺がレオナとエステルに初めて出会った廃街道の向こうにある廃都市だ。探索対象はかつてその都市にあった錬金術師の工房と書かれている。
危険地帯の探索と言っても、未開の大森林だとか火山の火口みたいな場所のことではない。辺境の探索は魔獣と遭遇する恐れがあるのでCランク向けの依頼に回されてしまう。
Dランクが依頼で行くことになる危険地帯とは、一般人が近付くのは危険な場所のことだ。当然、魔物はまず出現しないというギルドの保証付きである。
例えば、魔獣が棲息していないのは確認済みだが、熊や狼といった人を襲う肉食動物が棲んでいる土地。崩落の危険がつきまとう廃墟。野盗の類が潜んでいそうな地域。そういったところが該当する。
変わり種としては地下納骨堂の見回りなんて依頼もあった。
依頼詳細によると、罰当たりな連中が隠れ家にすることがあるので、そいつらと喧嘩になる危険を考えて冒険者に依頼しているらしい。条件は良さそうだったのだが、他の冒険者に先を越されてしまった。
こういう内容でも、分類上は『危険地帯の探索』に含まれるようだ。確かに、単なる不良グループでも一般人にとっては危険な存在かもしれない。
「依頼主が提供する地図を頼りに工房を発見して、指定する条件を満たした金庫を回収して欲しい――こういうのも『探索依頼』に含まれてるんだな。四人前後のパーティ二組を希望、報酬は成否に関わらず各パーティ六百ソリド、回収に成功すれば両パーティに合計四千ソリドを追加で支払う……か」
依頼の目的は具体的に書かれていて、場所もギルドから近く、しかも地図まで用意されている。
情報は充分なくらい詳細に書かれているし、廃都市はギルドの近くというだけあって、どんな危険があるのかという情報は既に広く知られている。
「依頼主はハイデン市在住の錬金術師の連名になってるな。十人くらいで金を出し合って冒険者を雇おうとしてるのか」
「今日一日が準備で明日が探索、明後日に金庫の引き渡し……指定が細かいというか何と言うか」
「マメな人達なんですね」
気になる点があるとすれば、他の冒険者パーティと共同で依頼に当たるということだろう。人手が多い分だけ依頼が楽になるかもしれないし、依頼の配分とかで揉めることになるかもしれない。
けれど、Dランク向けの依頼には大人数を募集しているものが多い。今回のように合計人数とパーティの数を指定している依頼も珍しくない。今のうちに他のパーティとの共闘にも慣れておいた方がいいはずだ。
そういうわけで、俺達はこの依頼を受けることにした。
「廃都市探索、目標物の回収依頼ですね。Dランク最初の仕事としてはいい感じだと思います」
受付のマリーも太鼓判を押してくれた。
報酬は成否に関わらず六百ソリドで一人あたり二百ソリド。二日かけた仕事としてはちょっと残念だが許容範囲だ。
成功すれば四千ソリド――半分ずつ分け合うとしても二千ソリドになる。依頼主は配分方法を指定していないので、もう一方のパーティと話し合うことになるだろう。
成功した場合は一人約八百六十ソリド。Dランクの依頼としては安い方だが、内容の簡単さを思えば適正だと思う。
充分に提供された情報。納得できる報酬。これなら申し分ないはずだ。
「指定の時間に依頼主のところへ行って地図を受け取ってください。同時に依頼を受けるパーティともそこで顔合わせになります」
言われたとおり、俺達は少しだけ時間を潰してから指定された場所に向かうことにした。
合流場所は市の大通りから外れた裏通り、日本で言う雑居ビルのような三階建てくらいの建物が並ぶ一画だ。雑多で無秩序な風景は、大通りと同じ街の中だと思えない。
とはいえ、スラムというほど治安が悪いわけではなく、単に美観と清潔感がワンランク落ちている程度だ。女の人や子供も普通に出歩いている。
「失礼します」
建物の一階の怪しげな店に足を踏み入れる。
薬屋……だろうか。魔女の家と寂れた薬局の中間あたりの雰囲気だ。手作業でパッケージングされたと思しき粉薬や小瓶に詰められた錠剤なんかが商品棚に並べられている。
店の奥から、ローブを羽織った老人がのっそりと姿を現した。
「男一人、女一人、エルフ一人。ギルドから派遣された冒険者だな」
「はい。他のパーティはまだ来ていないんですか?」
「まだだね。詳しい説明は全員揃ってからにさせてもらうよ」
ギルドの証書を渡して、正式に依頼を受けた冒険者だと証明する。
ちょうどそのとき、店の外でやたらと大きな声がした。
「おっ、ここだな! 入るぞ! 依頼を受けて来た!」
見るからに冒険者らしい見た目の三人組が入ってきた。
一人は体育会系的な雰囲気の少年で、一人は落ち着いた態度で顔立ちのいい男。もう一人は大人びた容姿のクールそうな女性だった。
「おい錬金術師! さっさと地図をよこ――」
「《サイレンス》」
「――! ――――!」
「失礼。依頼のお話を伺いましょう」
リーダー格らしき男はうるさい少年の言葉を呪文で封じ、何事もなかったかのように話を先に進め始めた。
錬金術師は俺達ともう一組のパーティをじろりと眺め、二枚の地図を俺と男に渡した。
「地図は二枚ある。このどちらか、もしくは両方に目的のブツがあるはずだ。分担して探して見つけてこい」
「ちょっと待って下さい。金庫が二つあるかもしれないとは聞いていません」
男が当然の疑問を差し挟んだが、錬金術師は岩のように無愛想な態度を崩さなかった。
「俺達にも一つなのか二つなのか分からん。だがどちらかに最低一つはあるはずだ。それだけは間違いない」
……なるほど、こういう落とし穴もあるのか。
依頼票に嘘は書かれていない。だが依頼主にも断言できないことがあるというのは伏せられていた。明確な虚偽情報や悪質な隠蔽があればギルドが対応することになるが、この程度だとグレーゾーンだろう。
まぁ、金庫が二つかもしれないという程度なら許容範囲だ。この一件からきちんと学んで次に活かしたいところだ。
「目的のブツは目立つところに『自分の尾を噛む蛇』の紋章が刻まれているはずだ。中身は確認しなくていい。そういう金庫があったらそのまま持って来い」
依頼主の錬金術師は、言いたいことを言い終えたら店の奥に引っ込んでしまった。
「依頼を受けてからあんなこと言うなんて、何考えてるのよ」
「まぁまぁ。仕事してたらこういうことはよくあるもんだ」
不機嫌そうなレオナをなだめる。転生する前には、借金を返すために色んな仕事をしてきた。上役に無理を押し付けられたり、客から理不尽な文句をぶつけられたりするのも珍しくなかった。
そんなことがよくあったものだから、慣れたくはないのに慣れてしまった。
とりあえず店の外に出て、報酬の配分も含めてパーティ同士で話し合うことにする。
「まずは自己紹介から済ませましょう。私はウィリアム。略す場合はウィルと呼んで下さい。それとザックとアビゲイルです」
「カイ・アデルといいます。こっちの二人はレオナとエステルです」
形式的な自己紹介を交わし合ってから、報酬についても話し合いをする。
「追加報酬の分配はどちらが見つけても半々としたいのですが……」
今のところ、依頼に躓くような気配は感じられない。依頼が成功するかどうかはともかくとして、このまま進めば何の問題もなく仕事を終えられるだろう。何事もなければ――