40.Dランク初依頼(1/4)
山葡萄亭に戻った俺達は、今後の方針を「できるだけ早いCランク昇格を目指すこと」に決めた。借金を抱える俺にとっても、まとまった金を必要としているエステルにとっても、ランクを上げて報酬額を増やすことは必須だからだ。
それに、貸金庫に預けた魔石を早く有効活用したいという思いもあった。それぞれの取り分では一回分の昇華もできないし、全て合わせても一人分しか回せない。このまま置いておくのはどうにもモヤモヤする。
こう思うのを見越して魔石を渡したのだとしたら、アルスランは人の意欲の引き出し方をよく知っていると言うしかない。
ただ、稼ぎに重点を置くという方針は俺とエステルの目的にはがっちり噛み合っているのだが、レオナにとってはそうではない。レオナは借金を背負っているわけではなく、大金を必要としているわけでもないからだ。
俺とエステルはそれを気にしていたのだが、レオナは意外にもあっさりと同意してくれた。
『実はね。私、強くなりたくて冒険者になったの。お金よりもスキル目当てってこと。早くCランクに上がりたいのは同じだし、お金があればカードも買えるんだから反対なんてしないわ』
レオナが冒険者になった理由を聞いたのは、これが初めてだった。エステルもそれを聞いてきょとんとしていたので、二人の間でも教えあってはいなかったようだ。
自分だけ動機を明かしていないのを嫌がったのか、それとも教えるまでもないと思っていたのかまでは分からない。どちらにせよ俺達の目標がCランク昇格で一致したことは間違いなかった。
それでも、まだ分からないことはたくさんある。
どうしてエステルは大金を必要としているのか――
どうしてレオナは強くなりたいと思っているのか――
けれど今すぐ詮索しようという気にはなれなかった。俺だって隠し事をしているのに、一方的に根掘り葉掘り聞き出すのはどうにも良心が咎めてしまう。
――冒険者になって初めて得た仲間だから、贔屓目になって過剰に入れ込んでいるんじゃないのか――
そう問われたら否定はしきれないけれど。
近付き過ぎず、離れ過ぎず。今はこの距離感がちょうどいいのだと、俺は自分に言い聞かせた。
翌日。俺達は依頼を受けるためにギルドハウスを訪れた。
目の前にはDランク向けの依頼掲示板。先週までのEランク向けの依頼とはまるで違う依頼がずらりと並んでいる。
家畜を襲う猛獣の駆除。野盗の討伐。商人の護衛。危険地帯の探索。遺跡調査チームの護衛。入手困難な資源の調達。新型兵器の試験。
魔獣絡みの案件こそないが、冒険者らしい依頼や信用が必要な仕事が大幅に増えている。もちろん報酬も高くなっていて、二千ソリドの大台に乗っているのも珍しくない。
その代わり、ハイデン市から遠く離れた土地まで行かなければならない依頼も多い。これまでみたいに半日で依頼を一つ終わらせて、すぐに次の依頼を受けたりするのは難しそうだ。
「報酬額は凄い増えてるけど……最初は何を受けたらいいか迷うわね」
「あっ! 一万ソリドの依頼もあります!」
「よく見ろ。ありゃ拘束時間が長過ぎる。二ヶ月ずっとあの仕事だぞ。それで一万ってのはどうなんだ?」
「むむ……選ぶの難しいですね」
これまでと勝手の違う依頼が多すぎて、Eランクの頃の感覚では依頼を選べそうになかった。
「そうだ。こういうときは慣れてる人に聞いてみましょう」
「慣れてる人? Dランク以上の冒険者か? ココかアルスランがいれば教えてくれそうだけど、そんな都合よくは……」
何気なく辺りを見渡してみると、褐色の軽薄男が気障なポーズを添えてウィンクを飛ばしてきたのが目に映った。
「よし。受付のパティさんかマリーに聞こう」
「ちょっと! ちょっと待った!」
無視して踵を返すと、ロベルトは大慌てで追いすがってきた。
「なぁ、話くらい聞いてくれよ。Dランクなら誰でも知ってて当たり前の情報で金なんて取らないからさぁ」
「だって、依頼内容のことなら受付の人達が一番詳しいだろ。知ってて当たり前なら尚更だよな」
「そりゃそうだけどさ。情報を売ってる身としては、お試し商品を受け取って貰いたいわけよ。ロベルト・アッカルドの情報は役に立つんだ!って理解されるためにもさ」
売り込み熱心なのは分かったが、しつこく付きまとわれるのは正直に言って迷惑だ。具体的には、スーパーの試食品を猛烈に推されている気分だった。
「話くらいなら聞いてもいいと思いますよ」
「どれだけ胡散臭い情報なのか確かめておきたいしね」
「おお! お嬢さんたちは話が分か……って意外と辛辣だね、君」
多数決で一体二。俺もとりあえず話を聞いてみることに同意した。心配なら、後でパティかマリーに尋ねて答え合わせをすればいいのだ。
ロベルトは咳払いを一つして、やや真面目な口調で喋り始めた。
「大体のDランクが体感で知っていることだが、楽に依頼をこなしたければ、注目すべきは報酬額でも拘束時間でもない。依頼内容の詳しさだ。例えばこれとこれを見てみろ」
掲示されている二枚の依頼票が指でさされる。
「どちらも盗賊退治の依頼だが、片方は盗賊団の呼び名と大雑把な潜伏場所しか書かれていなくて、報酬額は二万ソリド。もう片方は総人数まで示されていて、報酬額は一万八千ソリド。オススメなのは後者だ」
「二千ソリドも安いのにですか?」
「二千ソリド『しか』高くないからさ」
ロベルトは貼り付けられたままの依頼票を指でトントンと叩き、言葉の一部を明確に強調した。
「前者の依頼に盗賊団の規模が書かれていないのは、依頼主が意地悪をしているからじゃない。本当に分からないからだ。規模不明の盗賊団と戦うリスクを負う代償として二千ソリドは適正か! ……それを自分達の実力や懐事情と相談して依頼を決めるのさ」
「報酬額が近いなら難しさも近いんじゃないの?」
レオナの質問に、ロベルトは首を横に振った。
「Eランクならそういう傾向もあるが、Dランクからは通用しにくいな。簡単だけど急ぎの仕事なら、冒険者を食いつかせるために報酬が高くなる。貧乏な村がなけなしの金で盗賊退治を依頼したなら、難易度の割に報酬が安いということもある。依頼主の事情と経済的余裕によってコロコロ変わるわけだ」
「だから、報酬額や時間だけじゃなくて、詳しい内容を考慮に入れないといけないってことか」
言われてみれば当然の理屈だ。ロベルトが言ったのはごく当たり前のことで、俺達はその『当たり前』を忘れかけていたのだ。
これまでの俺達は、内容よりも報酬額と拘束時間を重視して依頼を選んでいたように思える。一日で終わらせれば日給三百ソリドだとか、トラブルが起きなければ時給千円で三時間だとか、そういうのが決め手になっていた。
内容も参考にはしていたが、それよりも報酬額や拘束時間の方が重要だと考えていたのだ。
「Dランクは実質的に一人前の冒険者だ。賢く稼いだ方がお得だぜ」
相変わらずロベルト自身は胡散臭いままだが、アドバイスは割とまっとうな内容だった。
とはいえ、Dランクなら誰でも知っている情報ということだから、ロベルトの『本業』の信憑性には全然関係ないかもしれないが。
「ところでDランクが一人前ってどういうことだ? 確か一人前なのはCランクからだっていう話じゃなかったか」
「ああ、それね。ギルド側と冒険者側の見解の相違ってところかな」
ロベルトは腕組みをして呆れたような顔になった。質問をした俺ではなく、ここにはいない誰かに向けられた表情だ。
「ギルドは魔石集めができるようになって初めて一人前の冒険者だとみなしている。ところが、大部分の冒険者は『冒険者らしい依頼』を受けられるようになった時点で一人前だと考えてるのさ。俺も後者に賛成だがね」
冒険者らしい依頼とは、要するにDランク向けの依頼ということだろう。
「アドバイスは以上だ。金に困ったら俺を頼りな。お前ら向けの儲け方をお手頃価格で教えてやるぜ」
ロベルトは手をひらひらと振りながら立ち去っていった。
俺達は改めて依頼掲示板を見上げ、今日の依頼を探し始めた。報酬額と拘束時間だけでなく、提示された情報にもしっかり目を通す。
「――よし。これはどうだ?」