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04.プロローグ カイ・アデル(2/2)

 急報を聞いてすぐ、俺とルースは無理を言って馬を借りて村に駆け戻った。


 神殿の人達も町の人達も危ないから行くなと言ってくれたのだが、どうしても我慢することができなかった。成人を迎えた大人なのに、村の危機を黙って見過ごすなんてできるわけがない。ルースも俺と同じ意見だった。


 馬の足の速さはさすがの一言で、往路に掛かった時間の十分の一も経たないうちに、村のすぐ近くにまでたどり着く。


「村が燃えてる……お父さん! お母さん!」


 先行していたルースが馬を飛び降り、村の中に駆け込んだ。俺も馬を降りてその後を追う。

 村は酷い有様だった。あちこちで火の手が上がり、畑も無残に踏み荒らされている。村人の姿が見えないのはどこかに避難しているからだ。そう信じたかった。


「どうなってんだよ、これ……」

「お婆ちゃん! しっかりして!」


 呆然とする俺を尻目に、ルースは村外れで倒れていた祖母を見つけ、意識を取り戻させようと必死に揺すっていた。


「今治してあげるから……カード・セット!」


 ルースが《ヒーリング》のカードを胸元に近付けて「セット」と唱える。するとカードが光の粒子に変化して、ルースの身体に吸い込まれていった。


「いくよ! 《ヒーリング》!」


 スペルを唱えたルースの手から光が溢れ出す。傷を癒やす魔法の光だ。

 あいつは自分の才能を早速役立てている。俺も何か役に立たないと。そう思ってとにかく声を張り上げる。


「誰か! いるなら返事してくれ!」


 そのときだった。俺の目の前でルースの身体と周りの地面に切れ目が走り、真っ赤な血が勢い良く吹き出した。


「えっ――?」

「ルース!」


 駆け出した俺の行く手を阻むように、地面に深い裂け目が走る。


「はっはっはぁ! どうだ俺の《飛斬撃》は!」

「見事ですぜお頭!」

「まさに百発百中ですよ。誰もかないっこねぇ」


 見るからに盗賊としか思えない男達がぞろぞろと姿を現す。人数はお頭と呼ばれた奴を合わせて十人前後だろうか。


「お頭、もう一人はどうします?」

「馬鹿か、何のためにワザと外したと思ってやがる。立て籠もってる連中への見せしめに使うに決まってんだろ」

「へい! すぐにとっ捕まえて来ます!」


 盗賊の下っ端の一人がこっちに近付いてくる。

 ヤバイ状況だっていうのに足が震えて動かない。怯えが相手にも伝わっているのか、下っ端はわざとらしいくらいにゆっくりと歩いていた。俺を怯えさせて面白がろうとしているんだろう。


 今の俺にはどうすることもできない。ルースを助けに行くことも、目の前の盗賊から自分の身を守ることも。


「……賭けるしか、ないよな」


 俺は銀色のカードを胸の前に掲げた。駄々をこねている場合じゃない。分の悪いギャンブルだろうと頼ってやる。

 今の俺に何もできないなら、()()俺に賭けるまでだ。


「悪党でもいい。あいつらをどうにかできるなら……!」

「ひゃはは! いっちょ前にカードなんて持ってやがった! ひょっとして大人見習いだったか?」


 下っ端が気色の悪い声で笑う。

 頭の悪い煽りを無視して、俺はカードを発動させる宣言の言葉を叫んだ。


「セット!」


 《前世記憶》が光の粒子になって俺の胸に吸い込まれる。


 次の瞬間、二十数年分の膨大な記憶が一瞬のうちに蘇った。外から流れ込むのではなく、内側から溢れ出す記憶の洪水。嬉しかった思い出も辛い出来事も何もかもが蘇っていく。


 視界がチカチカする。胃袋がひっくり返りそうだ。限界突破一歩手前のとんでもない情報量だったが、俺の頭と身体はどうにかそれに耐えきった。


 何も面白くないのに自然と笑みがこぼれる。


「……はは……これが転生って奴か……。頭の中がぐらぐらする……」

「な、何だこいつ……急に別人みたいになりやがった」


 別人なんかじゃない。()()だ。


 カイ・アデルが昔の俺の記憶を取り込んだわけでも、新藤海の人格が今の俺の意識を乗っ取ったわけでもない。全ての記憶と経験が違和感なく溶け合って、俺という一つの人格を形作っている――そんな感覚だ。


 だから、目の前の光景が心の底から許せなかった。


「俺の前でこんな真似しやがって……覚悟はできてるんだろうな……!」


 (おれ)は立場の弱い奴を食い物にする連中が大嫌いで、カイ(おれ)は生まれ育った村を焼かれて猛烈に怒っている。二重の怒りが俺の心から恐怖心やら何やらを吹き飛ばしていた。


「おおお、お頭……どうしましょう……」

「喋ってる暇があるならさっさと動け! その剣は飾りか!?」

「へ……へい!」


 俺は真珠色のカード――レジェンドレア《ワイルドカード》を正面に掲げた。そして、不思議な力で空中に固定されたカードの表面を撫でるように右手をスライドさせる。


 白いカードが火花のような光を放ち、左端から金色に塗り替えられていく。


 転生の直前、(おれ)は女神から《ワイルドカード》の効果とその使い方を教わった。

 《ワイルドカード》はトランプのジョーカーのようにあらゆるカードの代わりとなる。つまりあらゆるカードをコピーする能力を持つ。コピーの条件はただ一つ、コピーしたい対象を一度でも目にしていること。


 思い浮かべる対象(カード)は、SR《上級武術》。これまでにカイ(おれ)が見た中で最強の一枚。


「死ねぇ!」


 盗賊の剣が振り下ろされる直前、金色のカードに姿を変えた《ワイルドカード》が俺の身体に吸い込まれる。


 身体が反射的に動く。雑な構えで振り下ろされた腕を掴み、勢いを利用して肘関節を捻り上げる。痛みのあまり柄を握る手の力が緩んだのを見逃さず、流れるような動作で剣を奪い、素早く首筋に斬り付けた。


「へ――?」


 間の抜けた声を漏らしながら、下っ端の盗賊は絶命した。

 スプリンクラーのように噴き出る血を尻目に、盗賊の親玉に向かって走る。


「チクショウが! やりやがったな!」


 《上級武術》が与えてくれた剣術スキルのおかげで、身体が冗談みたいな動きを実現する。親玉が放つ不可視の『飛ぶ斬撃』も簡単に見切り、最小限の動作で回避して懐に飛び込んだ。


「こ……このクソ野郎――」


 断末魔の叫びを最後まで上げさせず、親玉を一太刀で両断する。


「クソ野郎はこっちの台詞だ」


 二つに分かれた親玉の死体が地面に転がる。それを見るやいなや、残りの盗賊が蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「ば、バケモノだ!」

「ひええっ! 殺される!」

「見逃してくれぇー!」


 盗賊を殺したことへの嫌悪感は全くなかった。以前の(おれ)なら罪悪感を覚えていたかもしれないが、カイ(おれ)にとっては盗賊なんか死んで当然、斬り捨てて当然の存在だ。そうでなければ、こんなところで生きてはいけない。


 逃げた盗賊達を追い掛けて斬り捨てたいのは山々だが、そんなことよりも優先しなければいけないことがある。

 俺は倒れたまま動かないルースに駆け寄って、《ワイルドカード》のコピー状態を《上級武術》から《ヒーリング》に切り替えた。


「間に合え……《ヒーリング》!」


 治癒の光を浴びた傷口が少しずつ塞がっていく。血を流しすぎてはいないか不安だったが、ルースは手当を始めてすぐに目を開けてくれた。


「カイ……?」

「もう大丈夫だ。俺が全部片付けてやったからな」


 ルースを安心させようと思って強気な態度を取ったのに、どういうわけか涙声になってしまう。身内を無くさずに済んだという事実が、俺にとって何よりも嬉しいことだったらしい。


「ごめん、まだ立てそうにないや……」

「分かった。誰か人を呼んでくる。動くんじゃないぞ? いいか、ここで大人しくしてろよ?」

「もう……心配しすぎだってば」


 ルースをその場に残して、俺の家でもある村長の私宅へ向かってみる。

 村長の私宅は、ろくな防壁もないこの村で一番大きく堅牢な建物だ。万が一の場合に住民が避難する場所としても指定されている。


 盗賊達は『立て籠もってる連中への見せしめ』と言っていた。この村で籠城ができるのはあの建物だけだ。


「――カイだ! カイが帰ってきたぞ!」


 案の定、村長私宅は即席のバリケードで囲まれた要塞モドキになっていた。

 見張り役の反応からしばらくして、玄関の扉が勢い良く開かれた。


「おお! 戻ったか、カイ!」


 村長でもあるカイ(おれ)の父親が駆け寄ってきて、俺の肩をがっしりと掴んだ。その力強さに思わずホッとしてしまう。


 家の中に目をやると、数人の村人が武器代わりの農具や害獣退治用の弓矢を手に警戒を続けているのが見えた。


「親父、村はどうなってるんだ。他の人は?」

「殆どはここに避難できたはずだが、何人かは逃げ切れなかった……他の家や畑も焼かれてしまって、ここと村人以外は灰も同然だ」

「金になりそうな物は奪った上で……か」


 最初から分かり切っていたことだが、本当にろくでもない連中だ。


「ところで、カイよ。見張りの報告によると何者かが盗賊の頭目を斬り捨てたそうだが、その者はどこに……?」

「俺だよ。俺が斬った。他の盗賊はみんな逃げていったよ」


 家の中で話を聞いていた村人達の間にどよめきが起こる。

 無理もない反応だ。成人の儀式から帰ってきたばかりの成人見習いが、自分達では手も足も出なかった盗賊を撃退したと主張しているのだから、信じられないのも仕方がない。


「説明は後でする。ルースと隣のばあちゃんが怪我してるんだ! 何人かついて来てくれ!」


 現状把握ができていない村人達に声を掛け、強引に数人を外に連れ出す。

 住人の大部分が無事だったとはいえ、村が甚大な被害を受けたことに変わりはない。これから先に待ち受ける難題を思い浮かべるだけでゾッとする。


 だが今はそんなことを考えている場合じゃない。重苦しい考えを頭から追い出して、俺はルースの元へ走っていった。

次回からはしばらく1日1話の投稿を目指したいと思います。

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