38.正当な報酬
アルスランが渡したいものがあると言っていた――それを聞いた俺達は、話し合いを一旦切り上げてギルドに向かうことにした。
「でもどうして、わざわざギルドで待ち合わせなんでしょうね」
「ココに呼び出させるくらいなら、渡す物も預けたらよかったのに」
二人は首を傾げているが、アルスランがこうした理由は想像がつく。他人に預けなかったのはそれだけ重要な物ということで、本人が来なかったのは華奢な少女が苦手だからだろう。
あるいは、ギルドの外に持ち出したくない理由があったのか。
まぁ、答え合わせはギルドに着けばわかることだ。ギルドに着くまでの間、俺はレオナとエステルの取り留めのない雑談に耳を傾けていた。
「来てくれたか。急に呼び出してすまない」
アルスランの姿はギルドハウスの休憩所の中でよく目立っていたので、どこにいるかすぐに分かった。
一言で言うと物凄く威圧感がある。
駅前の大通りにライオンが座っていたらどんな風に見えるのか。日本の価値観で喩えるならそんなところだ。
「渡したい物って何なんですか?」
「魔獣討伐の正当な報酬の配分だ。手を出したまえ」
俺が手を差し出すと、アルスランは何個かの石をその上に乗せた。
楕円形で親指大のまるで宝石のような輝きを帯びた石――
「魔石!?」
手から一個落ちそうになったので慌てて両手で受け止め直す。
「私、こんなにたくさんの魔石なんて初めて見ました……!」
「魔石を見たの、ギルドに登録したとき以来かも」
レオナが言っているのは、ギルドカードを作るときに一個だけ渡された魔石のことだろう。俺も魔石を見たのはあのときだけなので、当然これだけの量を一度に見たのも生まれて初めてだ。
「例のナイトウルフから採取したものだ。採取量は十一個。事前の取り決めがない場合は、ランクに関係なく討伐参加者全員での等分が原則なので、事後承諾ですまんが一人二個の配分とさせてもらった」
戦いに参加したのは俺を含めて五人。十一個を一人二個で分けたら一個余る。渡された石を改めて数えてみたら、何故か七個もあった。
「これ余りの一個ですよね。貰ってもいいんですか?」
「構わんとも。余剰分は各々の貢献に応じて配分することになっている。受け取るべきは君だ」
遠回しな表現だが、あの戦いで一番活躍したのは俺だと言ってくれている。何にせよ褒められているのだから悪い気はしない。
とはいえ、この一個を足しても合計三個。ガチャを回す――魔石の昇華に必要な四個には一個足りない。皆であんなに苦労して勝ったというのに、得られた魔石はガチャ一回分にもならないのだ。
「魔石を二個か三個っていうのは、魔獣討伐の結果としては普通なんですか?」
レオナがストレートに疑問をぶつけた。レオナも俺と同じことが引っかかっていたらしい。相変わらずレオナとはこういうところで気が合う。
アルスランは少し沈黙して、表現を考えてから回答した。
「魔物の体内にある魔石の数は魔物の種類によっておおよそ決まっている。通常のナイトウルフの場合は三個が標準で、強力な個体なら四個も有り得る」
つまり俺達が戦った奴には通常の三倍ほどの魔石が宿っていたわけだ。
「これはあくまで俗説だが、討伐成功率と入手可能な魔石の数には一定の関係があるとされている」
「多いほど強いってことですか?」
「大筋としては。標準的なCランク冒険者一人が得られる魔石が三個までなら成功率は百パーセントで、以降は一個増えるごとに十パーセントずつ低下していくとされている」
アルスランは指を折って数を示しながら説明を続けた。
「四人パーティで挑む場合、魔石十二個の魔物ならば確実に討伐できる。だが合計三十二個……例えば魔石八個の魔物四体を相手にするなら、成功率は五十パーセントにまで落ち込むわけだ。経験則なので『何故か』と聞かれても困るがな」
この法則を普通のナイトウルフに照らし合わせると、魔石三個の個体はアルスラン一人でも確実に討伐可能で、もう少し強い魔石四個の個体でも失敗確率は一割程度ということになる。
昇格試験でナイトウルフの討伐が選ばれた理由がよく分かった。俺達が役に立たなくても、アルスラン一人で充分に勝てる相手だったわけだ。
「だが勘違いして貰いたくないのは、これはあくまでCランク冒険者の間で生じた俗説に過ぎないということだ。Cランクにとって適正水準の魔物……それも単独の狩りでない場合は巧みな連携が大前提となる」
「まぁ……そうですよね」
「魔石百個の大魔獣に百人のCランク冒険者で挑んでも一撃で葬り去られる。連携の取りやすい四人か五人構成のパーティで、一人五個の魔石獲得が限度だと私は考えている。それ以上の難度と人数はリスクが大きい」
Cランク向けの討伐依頼を適正人数で受ける場合に限って通用する、安全基準の経験則というわけだ。
例えば、俺達みたいな三人パーティが魔石二十個相当の魔物を相手にする場合、このままではリスクが高いのでもう一人加えて安全策を取るべきだ、といった判断の基準にするんだろう。
巧みな連携が大前提というのもよく分かる。仮に十人パーティで魔石二十個の魔物に挑んだとしても、連携を乱されれば一対一を連続十回するのと変わりがなくなって、絶望的な戦力差で各個撃破されてしまうだろう。
そしてこのリスクは魔物が強いほど高くなるに決まっていて、大人数であるほど連携が難しくなるのも当然の理屈だ。
しかも、アルスランが話しているのはあくまで『討伐』の成功率に過ぎない。例に挙げられたような成功率五十パーセントの討伐を成功させたとしても、参加した冒険者が全員生きて帰れるわけでは――
「話が逸れたな。ナイトウルフは、普通のスケイルウルフが何らかの理由で魔力を得ることで発生する。Cランクならば倒しやすい相手ではあるが、発生周期に法則性がないので対応が後手に周りやすく、根絶も不可能に――」
「あの、そんなことより」
講義モードに入り始めたアルスランを、レオナが容赦なく引っ張り戻した。
「ということは、ですよ。魔石十一個分の魔獣だったあのナイトウルフは……」
「君が考えているとおりだ。先の経験則に当てはめるなら、私単独なら八割の確率で敗北する相手だった。推定成功確率を八割以上にすることが長生きのコツなのだが、あのときはまるで逆だったわけだな」
レオナもエステルも押し黙った。二人は直接見ていなかったが、あの戦いは確かにギリギリの勝利だった。
アルスランは片脚を負傷して動けなくなり、切り札の《メガ・エクスプロージョン》を使っても倒しきれず、打つ手を失っていた。
その爆発の熱でナイトウルフの毛皮の硬度が落ちていたおかげで、俺の双剣が通るようになったが、それでも正攻法では決定打を与えられず、奇策を使って辛うじて《バーサーク・ビースト》の時間切れ寸前に決着を付けることができた。
《メガ・エクスプロージョン》《上級武術》《バーサーク・ビースト》
三種類の高レアリティカードを駆使した上でようやく勝てたわけだ。魔石十一個の魔獣とはこのレベルの存在であり、Cランクでも単独では命を落とす危険がつきまとうということだ。
「……どうしてそんな化け物が、あんなところに」
「レオナ君の疑問はもっともだ」
アルスランは深く頷いた。
「大都市からわずか数日の距離に、あれほどの強さの魔獣が現れることはまず有り得ない。異常事態と言ってもいいだろう。強い魔物ほど人間の生存圏から遠くに棲息しているものだ」
もちろん、俺達が苦戦したのは一対一を順番に挑んだというのも原因の一つだ。俗説に従うなら、あのナイトウルフも四人パーティで挑めば安定して勝てることになる。複数のSRカードを駆使して辛勝ということもないはずだ。
アルスランもそれを踏まえて『異常事態』という言葉を使ったはずだ。Cランクが複数で掛からなければ危うい魔物が、都市の近くに出現した――それだけで異常なことなのだろう。
今になって思えば、俺達はこれと似たような出来事に既に出くわしている。
「……前にもこんなことがあったよな」
「ええ……」
「……?」
レオナは俺に賛同して頷き、エステルは首を傾げている。
「巨大トリクイソウだよ。あれも普通なら有り得ないくらいに巨大で、有り得ないような攻撃をしてきただろ。まさか……何か関係があるんじゃないか?」




