37.成長の軌跡
昇級試験を終え、ハイデン市に戻ってきた翌日、俺達は一日だけ休みを取ることにした。
もちろん、冒険者は誰かに雇われているわけではないから、いつどれくらい休みを取っても個人の勝手だ。しかしこなした依頼の数が収入に直結するので、できるだけ休みたくはない。
それでもあえて休むことにしたのは、これからのことを三人で話し合う場を設けたかったからだ。
「エステルはまだ来てないのか」
「うん。ちょっと寄り道していくって」
山葡萄亭の一室、俺が泊まっている部屋にレオナがやって来た。
部屋に異性を招いて二人きりになった――とまぁ、何かの間違いでも起きそうなシチュエーションだが、そんな雰囲気にはこれっぽっちもならなかった。
パーティを組んで一緒に何度も依頼をこなし、共に修羅場をくぐり抜けたことで生まれた仲間意識が強すぎて、お互いに異性とかそういう観点で見れなくなっているのかもしれない。
しばらく二人で寛いでいると、部屋のドアノブがガチャガチャと鳴った。どうやら扉を開けるのに苦戦しているようだ。
「はいはい……今開けますよっと」
「ごめんなさい! 遅れちゃいました!」
外にいたのは、案の定エステルだった。
エステルは何故か食べ物や飲み物の入った大きなカゴを抱えていた。道理で扉を開けられないはずだ。ドアノブを掴むのも一苦労だっただろう。
「何だそれ。買ってきたのか?」
「Dランク昇格のお祝いに市場の人達がくれたんです。シュガーパンにフルーツにジャムとビスケットに……」
色んな食べ物がテーブルに並べられていく。揃いも揃って女の子が好みそうな品ばかりだ。
「エステルっておじさんやおばさんに好かれやすいのよね。買い物行ったら絶対にオマケ貰って帰ってくるわ」
「あー……何か納得」
日本でも、商店街の店主に好かれてよくサービスされている奴がいた。うまく言葉にできないが、エステルもそういうタイプなんだろう。無邪気に喜ぶ顔が庇護欲をかき立てるのだろうか。
「女将のメリダさんからも山ぶどうジュースを貰っちゃいました。レオナがお酒飲めないから普通のジュースです」
ちゃんと人数分のコップもカゴに入っていた。まさに至れり尽くせりだ。
エステルの準備があまりにも良すぎて、一人暮らしの男の味気ない部屋がティータイムの会場のようになってしまった。
「さてはこれから女子会でもやるつもりか」
「やるわけないでしょ」
「ジョシカイ?」
せっかくの貰い物なので食べながら本題に入ることにした。
まずはお互いのステータスの確認からだ。昇格試験の一件で俺のレベルが上っていることは確認したが、レオナとエステルの分はまだ見せてもらっていない。今後の方針を決める前にチェックしておく必要がある。
少し前までは、安易に手の内を明かさない方がいいという理屈で、三人の間でもステータスを見せ合うことはあまりなかった。けれど、今はもう手の内を明かし合うことを躊躇う関係ではなくなっている。
「それじゃあ、まずは俺からだな」
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【基本情報】
カイ・アデル
レベル:8 冒険者ランク:D
基礎能力値
【心】126(105)
【技】143(110)
【体】127( 98)
パラメータ
HP:46/46(46)
MP:45/45(45)
攻撃力:48(48)
防御力:50(50)
魔法力:47(47)
技術力:49(49)
1/2
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【カード一覧】
レアリティ/名称/枚数/コスト
[スキルカード]
C《ステータスアップ:心》Lv1 2 2
C《ステータスアップ:技》Lv1 3 2
C《ステータスアップ:体》Lv1 3 2
R《双剣術》Lv1 1 6
LR 《ワイルドカード》Lv1 1 0
[スペルカード]
[装備カード]
R《始まりの双剣》Lv1 1 6
合計セットコスト 28/46
2/2
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冒険者になりたての頃、まだレベル1だったときと比べると、全てのパラメータが七ポイントから八ポイントほど上昇している。
数値で見ると大したことなく思えるが、割合で言うと十パーセントから二十パーセントの上昇だ。馬鹿にできたものじゃない。
「確か二人と会った日、盗賊を倒したときにレベルが1つ上がってたな。それからスケイルウルフを追い払った後にもう1つ上がって、試験の後に確かめたら一気に5つも上がってた」
「どう考えてもナイトウルフと戦った戦闘経験の賜物ね」
「多分そうだろうな」
あの戦いの中で、自分の身体やスキルの使い方が今まで以上に理解できたように感じた。実戦経験を積むほどに、自分自身をより使いこなせるようになっていく。これがレベルアップというものなんだろう。
レベルは戦闘経験の表現と考えると、やはり工夫を凝らして戦ったり苦戦を強いられた方が上がりやすそうだ。
村を襲った盗賊を倒したときは、正直に言って得るものがあまりなかった。カードが与える直感のままに動いて二人斬り捨てただけなので、ギルドに登録した時点でレベル1だったのも納得の結果だ。
ああいう一方的な戦いでレベルを上げたければ、レオナ達を助けたときのように多数を相手にする必要があるかもしれない。
その次のレベルアップは、恐らく巨大トリクイソウとの戦いとスケイルウルフの群れとの戦いの経験を合算して1レベル上昇といったところだろう。根拠があるわけじゃないが、苦労の度合いからするとそう考えた方が頷ける。
「凄いですよね。Eランクでレベル8もあるなんて」
「そうなのか? 他人のレベルなんて気にしたことないからな……」
「普通はレベル1かレベル2でしょうね。Eランク向けの依頼は戦う必要がないものばかりだからレベルも上がらないのよ」
言われてみればそうだ。俺も薬草集めをしてもレベルは上がらなかった。
そういう依頼が回ってこない以上、偶然戦闘になるか自主的に戦わない限りレベルが上がらなくても当然だ。
「この《ワイルドカード》っていうのが、あのときのカードなんですか?」
「ああ。厄介事に巻き込まれるかもしれないから隠しておけって言われてたけど、二人にまで隠しておく必要なないよな」
俺は手元に《ワイルドカード》を実体化させた。他のどのレアリティとも違う真珠色のカード。見る角度によって輝き方が変わるのも真珠とそっくりだ。
レオナとエステルは、宝石を見るような眼差しで《ワイルドカード》を見つめていた。
「さ……触ってみてもいいですか?」
「もちろん。ほら」
「わぁ……!」
エステルは遠慮気味に《ワイルドカード》を受け取って、傾けてみたり、裏返したりしてみたりし始めた。喩えは悪いかもしれないが、まるで綺麗なビー玉を貰った子供のように目を輝かせている。
「レオナもどうぞ。すっごく綺麗ですよ」
「えっ、私は……」
持ち主の許可なくパスされた気がしたが、別に気にしないことにした。
レオナは《ワイルドカード》に恐る恐る触っている。完全に、高価な貴重品に触るときの仕草だ。
確かに極上の貴重品ではあるのだが、本体ではなく映し身なのだからそこまで気にしなくてもいいと思うのだが。
「実在したんだ……レジェンドレア……」
「どうやって違うカードに変えたんですか?」
「コピーしたいカードを思い浮かべながら、こう」
手を伸ばして《ワイルドカード》の表面を撫でる。真珠色のカードがレオナの手の中で光を放ち、金色の《上級武術》のカードに書き換わっていった。
「うわっ! 凄い!」
「さすがは伝説級、何でもありじゃないですか」
「何でもってわけじゃないよ。目で見たことのあるカードしかコピーできないし、切り替えるのに一手間かかるからな」
そんなことを話していると、部屋の扉が軽快にノックされた。
「はーい、今開けまーす」
一番近くにいたエステルが扉を開けに向かう。まるで自分の部屋のような自然さだった。
「やぁ」
扉が開けられるなり、ココが上半身をにゅっと突っ込んできた。ココはネコ耳をぴくぴくと動かして、意味ありげに口の端を上げた。
「エステルとレオナが部屋にいにゃいと思ったら、二人ともこっちにいたのか。しかも何かにゃこれは。昇格祝いのお茶会とか?」
「ココさんも食べます? 美味しいですよ」
「じゃあお言葉に甘えて」
ココはジャムをたっぷり塗ったビスケットを平らげてから、まるで雑談でもするかのように本題に入った。
「そうそう。アルスランが君達を呼んでるよ。渡したいものがあるんだってさ」