36.リザルト
目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。
前にもこんなことがあったなと思いつつ、ゆっくりと身を起こす。田舎育ちの俺には懐かしさを感じさせられる部屋だ。質素というか、素朴というか。アデル村の民家が懐かしくなる。
窓から注ぎ込む橙色の光が、既に夕暮れが近付いことを物語っている。
身体がちゃんと動くことを確認し、ベッドから降りようとしたところで、ベッドの縁に突っ伏しているレオナの存在に気が付いた。
「ん……」
「悪い、起こしたか?」
レオナは目をこすり、優しい笑顔を浮かべた。
「よかった、気が付いたんだ……」
「その……何だ。心配させちまったみたいだな」
《バーサーク・ビースト》の効果が切れて動けなくなったところを、生き残っていたスケイルウルフに襲われて、間一髪のところでレオナに助けられて……それ以降の記憶が全くなかった。
きっと、気を失ったまま今まで目を覚まさなかったんだろう。あれからどれくらいの時間が経ったのか知らないが、レオナ達は気が気でなかったに違いない。
「カイさん! 目が覚めたんですね!」
「だから言っただろ。ちゃんと起きるに決まってるって」
エステルが目元に涙を浮かべて駆け寄ってくる。その後ろ、廊下に通じる扉の横でココが苦笑しながら肩を竦めた。
「俺、どのくらい気を失ってたんだ?」
「半日も経ってにゃいよ。そこの二人が大袈裟に心配し過ぎてるだけさ」
ココは部屋の椅子に逆向きに腰を下ろし、背もたれに顎を乗せた。尻尾が揺れているのがちらちらと見える。
ナイトウルフと戦ったのが夜明け前のことだから、十時間ほど意識を失っていたとすると、今はだいたい夕方の五時くらいか。冬が近い時期なのでもうすぐ日没という頃合いだ。
これはもう一日中目を覚まさなかったと言ってもいい。ココは大袈裟だと言っていたが、逆の立場なら俺も同じように心配したに決まっている。
「アルスランも別の病室にいるから、歩けるんだったら顔を見せた方がいい」
「病室?」
「ここは麓の村の癒し手の家だ。君とアルスランを三人がかりで運ぶのは本当に大変だったよ。正直、二回くらい心が折れたね」
ココが冗談めかしてそう言うと、エステルも神妙な顔で頷いた。
「私とココさんでアルスランさんを支えて、一生懸命運んだんですよ。カイさんはレオナが運ぶって言って聞かなくって……もごっ」
「余計なことは言わなくていいの」
レオナは据わった目でエステルの口を塞いだ。
気絶した俺を麓まで運んでくれたのはレオナだったらしい。お礼を言おうかとも思ったが、レオナはこの件に触れて欲しくなさそうな雰囲気だったので、口に出すのは止めておいた。
「……アルスランに会ってくるよ。試験の結果も聞いておかないと」
俺達は報酬のためにここまで来たわけじゃない。ナイトウルフを倒すことができても、昇格試験に合格できなければ意味がないのだ。
きちんと歩けることを確かめながら、廊下を経由して隣の病室に向かう。
アルスランは上半身裸の状態でベッドの縁に座っていた。筋肉の塊のような身体は白い毛皮に覆われ、負傷した太腿には包帯がしっかり巻かれている。俺が眠っていたのと同じサイズのベッドなのに、アルスランと比べるとまるで長椅子のように見える。
「体調はどうだ。頭を打っていたようだが、身体に違和感はないか」
「大丈夫です。どこも痛くありませんよ」
落下した勢いの割に打ち所が悪くなかったのか、それとも癒し手の腕が良かったのか。むしろ身体の調子は良好だ。約半日も眠って疲労が抜けている分、スケイルウルフと戦い始めたときより調子がいいくらいだった。
少し遅れてレオナとエステルも病室に入ってくる。この場にいないココはさっきの部屋でのんびり寛いでいるのだろう。
「全員揃ったようだな」
アルスランは凄みのある眼差しで俺達を順番に見やった。試験の結果を発表しようとしているのだと、雰囲気で理解できた。
「私はサブマスター・ギデオンから、君達の昇格の可否を判断する役目を与えられている」
少しだけ間を置いて、判断が下される。
「これまでのあらゆる要素を総合的に考慮した結果――三人全員のDランク昇格を認めるべきだと判断した。おめでとう、君達は一人前の冒険者だ」
「……っ!」
胸の奥底から嬉しさが湧き上がってくる。この数日間の苦労と夜明け前の死闘が報われた喜びで、思わず口元が緩んでしまう。人前じゃなかったら、年甲斐もなく――肉体的には十六歳なのだけれど――ガッツポーズも取っていたところだ。
「や、やった! 合格したんですね!」
そんな俺の分まで、エステルが全身で喜びを表現していた。その隣のレオナは、嬉しそうというよりもどこかホッとしているように見えた。
「私達、Dランクになったんですよ!」
「こんなに早くなれるなんて、思ってなかったね……」
しばらくの間、エステルは素直に喜んでいたのだが、急に静かになったかと思うと、不安そうな顔でアルスランに疑問を投げかけた。
「でも……本当に良かったんですか? 私、何も役に立てなくて、ひょっとしたら足を引っ張ってたかもしれないのに……」
そんなエステルの不安をアルスランは真正面から否定した。
「何も問題はない。君達には伏せてあったが、この試験は『最後まで諦めずについて来る』という条件を満たした時点で合格なのだ。君は確かに試験を突破した。胸を張ってDランクを名乗るといい」
「アルスランさん……」
エステルは言葉に詰まり、目元にうっすら涙を浮かべながら、俺達に振り返って勢い良く頭を下げた。
「レオナ、カイさん! 本当にありがとうございました! 二人がいてくれたから、私……!」
唐突にお礼を言われ、俺とレオナは顔を見合わせた。レオナは困惑混じりの微笑みを浮かべていて、きっと俺も同じ顔をしているはずだった。
だから俺は、二人分の思いを込めて返事をした。
「こちらこそありがとう。これからもよろしくな」