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32.昇格試験―道程(2/2)

 二日目も初日と同じように長距離の移動に費やされ、同じように夕方前には宿泊できる場所にたどり着いた。一日目に泊まったところもそうだったが、村というよりは宿場町と呼んだほうが正確な町並みだ。


「街道沿いは宿場が発達している。帝国の経済は全土に張り巡らされた街道網が支えているから、それを利用する者達を顧客とする宿場町も栄えているわけだ」


 町並みについてアルスランに尋ねると、そんな返答が帰ってきた。


「隣接する宿場町の間隔は、歩き旅の者が野宿をせずに済む距離になっている。誰が定めたわけでもないが、需要に答えているうちに自然とそうなったのだ」


 初日同様、宿泊先はアルスランが選んだ宿屋だ。宿場町全体でいうと中程度のランクの宿らしいが、俺達Eランク冒険者にとっては充分に豪勢な宿である。


 だけど残念なことに、エステルにはそれを喜ぶ余裕はなさそうだった。


「ごめん、カイ。先に休ませてくるね」


 レオナはふらふらのエステルに肩を貸して部屋に向かった。

 移動中にステータスの第一画面を見せてもらったのだが、エステルの【体】は八十二しかなかった。平均的な成人の数値が百なので八割程度だ。


 俺の現在の【体】は《ステータスアップ》とレベル補正を加えて百三十一。単純計算でエステルの六割増しの体力があることになる。


「シティエルフは普通のエルフに輪をかけてモヤシっ子だからにゃぁ」

「試験……ひょっとして、エステルは厳しそうですか」

「敬語とかはいいよ。あたしも君らに毛が生えた程度の冒険者だからね」


 ココは笑ってそう言ってから、いきなり真面目な顔になった。


「初日に君が言ってたとおりだよ。冒険者は支え合うためにパーティを組むんだ。体力の低さを(おぎにゃ)うためのスキルや道具だってある。冒険者に要求される資質は肉体的なものじゃにゃいのさ」


 ひらひらと手を振りながら、ココも部屋に向かって歩いていった。見た目通りに耳が良いのか、エステルを納得させるために言った台詞を聞かれていたようだ。

 冒険者の資質――初めてギデオンと会った日に言われたことを思い出す。



『冒険者は強欲じゃなければ務まらん!』


『金を求め、名誉を求めて駆けずり回るからこそ“高み”まで上り詰められる!』



 それが冒険者の資質だとしたら、やはりレオナとエステルにもあるのだろうか。俺にとっての借金返済と成り上がりの野望に匹敵するだけの、強い動機が。









 エステルほどではないといえ、俺もほぼ半日の移動でそれなりに疲れていた。幸運にも宿泊先の宿には大浴場があったので、まずは汗と一緒に今日の疲れを洗い流すことにした。


 身体を洗っている間、他の宿泊客からの視線が集まっているのが分かった。

 視線の先は俺じゃない。隣で泡だらけになっているアルスランだ。


 この東方地域では珍しいというデミライオン。二メートルを越える身長に筋肉の鎧をまとい、真っ白な剛毛に全身を覆われた大男。

 注目を浴びるのも当然だ。俺だって無関係の他人なら目を向けてしまう。


「カイ。ナイトウルフのことはどれくらい知っている」

「昨日初めて聞いた名前です」

「ならばスケイルウルフは?」

「それなら知ってます。前に依頼の帰りに出くわしたことが」


 アルスランは泡まみれになりながら「そうか」と頷いた。


「ナイトウルフは魔力を得たスケイルウルフが変異したものだ。外部の毛皮は鋼鉄に匹敵する硬度を持ち、腹部などの内側の体毛もスケイルウルフの甲殻と同等の防御力を持つ。いわば甲冑をまとっているようなものだ」


 鋼鉄の甲冑をまとった魔狼――だから|ナイトウルフ《Knight Wolf》なのか。

 明日に備えての助言なのか、アルスランはナイトウルフについてあれこれと教えてくれた。


「ナイトウルフはスケイルウルフを率いて群れを作る。この群れは通常のスケイルウルフの群れと違い勇猛だ。群れのリーダーが退却を命じるまで、決して戦いを止めることはない」


 先日遭遇したスケイルウルフの群れは、数匹仕留めた時点で蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。おかげで楽に戦いを終えることができたわけだが、今回はそんな展開は望めないというわけだ。


「つまり俺達の仕事は、取り巻きのスケイルウルフと戦って、アルスランがナイトウルフを倒しやすくするってことですね」

「端的に言えばそうだ」


 アルスランは大量のお湯を頭から被って、全身の泡を洗い流した。


「この話を二人にも伝えておいてくれ。重要な情報だ」

「レオナとエステルにですか? いいですけど……重要なら直接伝えたほうがいいと思いますよ。伝え間違いがあったら困りますし」

「…………」


 何故かアルスランは沈黙してしまった。銅像のライオンのように表情を固め、眉間にシワを寄せている。


「……女子(おなご)は苦手だ。扱い方が分からん」

「ぶはっ……!」


 予想外過ぎる返答に思わず噴き出してしまう。


「笑い事ではない! 彼女らの冗談のように細い四肢など、触れただけで折れてしまいそうで冷や冷やする。ロックサンドもそうだ。ヒト寄りのデミアニマルはどうしてああも肉が薄いのだ!」

「す……すいません……っ!」


 我慢しようと頑張ってはいるのだが、込み上げてくる笑いが止められない。強靭な肉体を誇るデミライオンが、女の子の取り扱いに細心の注意を払っている様子を想像するだけでもうダメだ。


 比較対象がアルスランの肉体なら当然そうなるだろう。というか、俺も含めてだいたいの人間が極端な細身になってしまう気がする。


「とにかく! ナイトウルフの特性については君から伝えておくように! 適切な情報伝達の可否も審査の対象だ!」






 どこか緩んだ雰囲気で夜が更けていく。


 ココのデミキャット流筋肉痛防止マッサージを受けて悶絶するエステルの声が隣の部屋から聞こえてきたり、レオナがアルスランのタテガミを触りたそうに見つめて、アルスランが俺に助けを求める眼差しを送ってきたり。

 まるで友人同士の旅行のような楽しさすら感じるほどだった。


 けれど、それも今夜までだ。明日には目的地のムーン山脈に到着する。麓で宿を取らず山に登り、山中で夜を明かして、朝日が昇る前に戦いを挑む。


 これが戦闘前の最後のまともな休息だと分かっているからこそ、皆あえて緊張をほぐす過ごし方をしているのだ。

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