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31.昇格試験―道程(1/2)

 そして遂にDランク昇格試験の日がやってきた。

 事前の対策をさせないためだろう。具体的な内容は事前に教えてもらえず、集合場所と終了日の曖昧な試験期間を通達されただけだった。


 集合場所として指定されたのは、ギルドハウスではなくハイデン市の北門前の広場だった。

 冬が近いせいか少し肌寒い。早朝というのもあって、俺達以外にはあまり人通りが見られなかった。


「Cランクの冒険者ってどんな人が来るんでしょうね」

「変な人は来ないと思いたいけど」


 俺も含めて、三人とも厚手の袖なし外套(マント)を羽織っている。ファッションではなく寒さや直射日光、雨を防ぐための実用品だ。

 袖付きのコートと違って邪魔になったら簡単に脱ぐことができ、夜になったら毛布代わりにも使える旅人の必需品である。


「その辺りは大丈夫だと……あっ、来たみたいだ」


 市街の方から二人組の男女が近付いてくる。朝靄(あさもや)のせいでよく見えないが、片方は凄く大柄な男のようだ。もう片方は普通程度の体格のはずだが、隣にいる男が大きすぎるせいで小さく見える。


 二人組の顔がはっきり見えるようになった瞬間、俺達はそれぞれ違う意味の篭った驚きの声を上げた。


「ああっ!」

「久し振り。その節はどうも」


 ネコ耳がぴくりと揺れる。小柄な方の人影の正体は俺達がよく知っている人物、デミキャットのココ・ロックサンドだった。

 そしてもう一人、大柄な男は――


「またこうして出会えるとはな」

「ラ、ライオン!?」


 白獅子の頭を持つデミライオン、アルスラン。驚くべきことに二人とも俺の顔見知りだったのだ。


 俺はアルスランとの予想外の再会に驚いていたのだが、レオナとエステルはその巨体とライオン顔に驚いているようだった。特にレオナの驚きようはキャラ崩壊一歩手前と言ってもいい。


「もしかして審査員役のCランク冒険者って……」

「私のことだ。しかしまさか相手が君だとは思わなかったな」

「あたしはDランクだけどアルスランのアシスタントってことで同行するよ」


 ギデオンのしたり顔が目に浮かぶ。レオナやエステルも試験に参加させてくれたことと言い、顔見知りを審査員とそのアシスタントにしたことと言い、俺の交友関係を把握した上であれこれと『仕込み』をしているようだ。


 ありがたいというか恐ろしいというか。冒険者ギルドに所属している限り、サブマスターであるギデオンの目からは逃れられそうにない。


「ねぇ、カイ……この人……人? 知り合いなの?」

「前にも話したことあるだろ。あのダガーをくれた『人』だよ」

「アルスランという。見ての通りデミライオンだ」


 確かレオナは、一目でココがデミキャットだと気付いていた。(おれ)どころかカイ(おれ)の記憶にもなかったことを知っていて、そういうことに詳しいのかなと思っていたが、どうやらデミライオンの存在は知らなかったようだ。


「えっと、エステルです。よろしくお願いしますっ」


 エステルがペコリと頭を下げる。アルスランも会釈でそれに応じた。

 ココはそんな俺達の様子を見渡して、楽しげにくすりと笑った。


「しかしまぁ、豊かにゃ顔ぶれと言うか何と言うか。デミキャットにデミライオンにエルフと来た。冒険者だからこその珍しい光景だね」

「そういうものなのか?」

「住んでる場所が違うからね。デミキャットは帝国の西の方でデミライオンは(みにゃみ)の方。エルフはだいたい帝国領の外の森林地帯じゃにゃいかな」


 田舎者の俺にはピンとこないがそういうものなのか。デミキャットを知っていてデミライオンを知らないレオナは西方の出身なのかもしれない。


「さて。それでは今回の試験内容について説明しよう」


 アルスランの重厚な声が早朝の澄んだ空気を震わせる。俺達は息を呑んで、アルスランの言葉に耳を傾けた。


「私はこれより北方のムーン山脈へ向かい、その地に生息する魔獣ナイトウルフの討伐を試みる。君達はこれを手伝い、冒険者としての能力を私に見せてほしい」


 ――魔獣。魔物とも呼ばれる、魔力を持つ獣。

 その危険性から、Cランク以上にしか討伐依頼が解禁されない怪物(モンスター)

 いずれ戦うことになると思っていたが、まさかこんなに早く遭遇することになるなんて。





 ムーン山脈はハイデン市から街道沿いに北上した先に位置している。何事もなければ往復一週間の道のりだ。


 移動手段は当然徒歩。俺やレオナはともかく、体力の少ないエステルにとってはかなりキツいに違いない。ハイデン市からブルック村までの数時間程度の徒歩移動ですら限界を訴えていたのだから。


「はあっ……はぁ……」

「……大丈夫か?」

「大丈、夫……ですっ……!」


 けれど、エステルは疲れ果てながらも歩きを止めようとはしなかった。

 俺は少し考えて、エステルが背負っていた荷物の一部を俺の荷物に移した。


「駄目ですよ、カイさん……他人(ひと)に頼ったら、私、冒険者の素質がないって思われて……」

「そんなわけないだろ。お互いの苦手なところを補い合うためにパーティはあるんだ。それに、苦労してる仲間を見捨てる方が駄目だ。あの二人はそういうところも見てるんだから」


 後半は殆ど口から出まかせだ。多分そうだろうと勝手に予想しているだけで、実際にアルスランとココが俺達のどこを見ているのかなんて全く分からない。


 だけど、こう言わなければエステルを納得させられない気がした。それくらい、エステルは真剣に昇格試験に取り組んでいたのだ。


「もうすぐ村に着くから。そこに着いたら今日はもう休憩だってさ」

「は……はい……」


 レオナもさり気なくエステルを励ましている。

 そうして俺達は、昇格試験の最初の一日を終えたのだった。

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