30.カードを買おう
ギルドハウス内に開設されたショップでは、様々なカードがショーケースに所狭しと並べられている。
大部分は銅のカードだが、銀のカードもそれなりに陳列されている。そしてSR以上のレアリティを表す金のカードは、店内の最も目立つ場所にまるで広告塔のように堂々と飾られていた。
初日にうっかり覗いたときにはちゃんと見ていなかったが、SR以上のカードは目眩がしそうなほどの高価格だ。
具体的には、トップクラスの高額カードの値段が俺の借金を越えていた。
「ほ、本当にいいんですか? カードを買ってくれるなんて……」
「二人が強くなれば俺の得にもなるんだから良いんだよ。予算は全員合計でだいたい二万ソリドってことで。少しくらいなら足が出ても大丈夫」
レオナとエステルの分のカードを買う理由は、純粋に俺自身のためだ。
俺一人でやる方が不安だ、と二人に言ったのは謙遜じゃない。本当に不安に思っている。なので、一緒に戦う二人に強くなって貰うのは、確実に昇格試験を突破するための俺流の対策なのだ。出費は決して小さくないが、ランクアップして報酬のグレードが上がればすぐに回収できるだろう。
借金返済に全てを掛けていた海なら絶対に出てこなかった発想だが、今回の人生ではこういう決断も必要になってくるはずだ。その予行練習と思えばちょうどいい。
いい機会だから二人に貸しを作っておこう、なんていう身も蓋もなさ過ぎる考えは、まぁ、小指の先くらいしかない。全くないと心の中でも言い切れないあたり、我ながら小心者だとは思うけれど。
「でも……うわー……」
値札に並ぶゼロの数にエステルは完全に圧倒されている。日常生活にしか使えそうのないコモンスキルですら二百ソリドは下らない。どれもこれも日本円で万単位のお値段だ。
アンコモンスキルは数万円台の後半から十万円以上。普通の職業で活かせそうなスキルでもこの水準である。
まぁ、そういう技能を努力で習得する時間と費用を考えたら安いものだろう。
例えば通信教育で書道を学べば、それだけで三万円から四万円はかかる。行政書士の資格講座の通信教育は六万円から七万円、より専門性の高い司法書士なら十七万円は必要になる。
そもそも、成人した日本人なら殆どの人が持っている普通免許ですら取得までに三十万円は掛かるわけで。即座に手に入る才能が安いわけないのだ。
何で海にこんな知識があるのかというと、借金を返す手段を模索しているときに、色々な資格の取り方について調べてみたからだ。
「男に貢がれる女ってこんな気分かなー、なんてバカなこと考えてらんないね……くらくらしてきそう」
レオナもカードの値段に困惑を隠しきれないでいる。
「ほんと、こんなに高いなんて思わなかったわ」
「パティさんに聞いたんだけど、ギルドメンバー専用のショップだからこの程度の値段で済んでるらしいよ。部外者向けの価格は数割増しだってさ」
カードは生産手段が限られている。転生ガチャで貰える十枚のカードを除けば、Cランク以上の冒険者が魔物を倒して得た魔石を昇華するしかない。
昇華によって生み出されたカードのうち、その冒険者が必要だと思ったカードは手元に残され、必要ないと判断されたカードはギルドが買い取る。そうして買い取られたカードが各地のショップに並ぶというわけだ。
高値で横流しをする冒険者もいるそうだが、バレたらギルドからペナルティを下されるので、あまり賢い儲け方じゃない。
「カードを作る祭壇が冒険者ギルドくらいにしかないから、価格もギルドが好きに決められるんだろうな」
「皇帝直轄の施設とか、大きな神殿とかにも祭壇はあるんじゃなかったっけ」
「そういうとこで作られたカードは市場に流れて来ないよ」
他に民間人がカードを手に入れる手段としては、魔石を手に入れて神殿の祭壇で昇華するというものもある。
カードの闇取引はギルドが目を光らせているけれど、魔石の方は自然死した魔物からも採れるので、それなりの高値で売りに出されるのも珍しくないのだ。
「欲しいカードが決まったら言ってくれ。申込書に書くから」
商品は厳重にショーケースに保管されているので、客は陳列品に触れることができない。代金を払う前に『セット』して逃げられることを防ぐためだ。
購入するときは商品名を申込書に記入し、それをスタッフに渡してカードを取ってきてもらう。
レオナとエステルがショーケースに見入っている間に、俺は前から手に入れたいと思っていたカードを探すことにした。
「あった、これだ」
レアスキル《双剣術》――何度も世話になってきた戦闘スキルだ。
これまでは《ワイルドカード》でコピーして使ってきたが、頼りにすることが多いので現物を入手しておきたかった。
コピーできるのに現物が必要なのか? と思われるかもしれないが、意外と現物が欲しくなってくるものなのだ。
レア以上のカードはいちいち《ワイルドカード》を具現化させて書き換えないといけないので、メインの戦闘手段に据えているカードをコピーに頼ると、いざというときに対処が遅れてしまう可能性がある。
それと《ワイルドカード》でコピーできるのは一度に一種類だけなので、現物を持っていればスキル同士の相乗効果を発揮させられる。例えば《双剣術》と《軽業》を併用すれば軽やかな身のこなしで戦えるようになり、《上級武術》と併用すればより巧みな戦い方ができるようになる。
問題は価格だ。《双剣術》の定価は一万六千ソリド。日本円にして八十万円もする。盗賊退治の報酬の三万ソリドの七割、二万一千ソリドは今回の調達で使い切るつもりだが、それでも《双剣術》を買うと残額は五千ソリド。二人が選んだカードによっては追加の出費が必要になる。
「とりあえず選んできました」
「これでいい? お金は足りそう?」
まずは二人が選んできた商品を申込書に記入する。
レオナの希望はUCスキル《瞬間強化》――二千ソリド。
エステルの希望はUC装備 《フロストガントレット》――三千ソリド。
狙いすましたかのように、三人分の代金の合計が二万一千ソリドになる。盗賊退治の報酬から返済分を除いた残金をぴったり使い切る計算だ。
「私、ステータスアップをあまり引けてなかったから。手軽に攻撃力の水増しをするならこれが一番でしょ」
「氷の魔法くらいしか取り柄がないですから、氷属性の魔法の性能をアップさせる装備がどうしても欲しかったんです」
「合わせて五千ソリドに収まるようにしたんだけど、お金は足りそう?」
二人とも色々と考えて選んでくれている。それなのにノーという理由なんてどこにもない。
俺は迷うことなく《双剣術》《瞬間強化》《フロストガントレット》の三つを申込書に記入した。
合計金額は二万一千ソリド。日本円換算で百〇五万円。
悪寒とも鳥肌ともつかない感覚が全身をぞくぞくと駆け抜ける。
前の海には考えられない大出費だ。こんな大金を使ったことなんて一度もないし、手元にあったら迷わず返済に回していたに違いない。
だけど今回は違う。返済として受け取ってもらえない分を使うのだから、これは投資だ。これからの冒険者生活を楽にするための必要経費だ。
そう自分に言い聞かせて、申込書を販売カウンターに持っていく。
「お支払い方法はいかがされますか?」
「こっ……口座引き落としで」
具現化させたギルドカードを提示して支払いを済ませる。
ギルドの施設に限られるが、支払いの際にギルドカードを提示することで、ギルドに預けた資金を支払いに当てることができる。具現化させたカードは一時的な映し身なので、クレジットカードのように紛失や盗難の心配もない。
「……本当に良かったんですよね」
「私、男の人に何か買ってもらったのお父さん以来かも……」
「本人がいいって言ってるんだから、いちいち気にすんなよ」
俺達の手には、それぞれが選んだまっさらなカードが握られている。せっかく使うために買ったのだ。使えるようにしなければ意味がない。
「それじゃあいくぞ――セット!」
「セット!」
「はい! セットぉ!」
銀と銅の光の粒子が、俺達の胸に吸い込まれていった。




