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28.白ずくめとスケイルウルフ

「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 白い少女が森を走る。真白の髪を振り乱し、白い服を土に汚し、後ろを振り返ることもなく、必死に森の外を目指している。


 追手は人ならぬ獣。甲羅のように硬質化した毛皮を持つスケイルウルフ。狩猟者達は獲物が疲れ果てるのを待っているのか、一定の距離を保ったまま執拗に追跡を続けていた。


「ああっ……!」


 少女が木の根に躓いて転倒する。

 その瞬間、最も間近にいたスケイルウルフが牙を剥いて飛びかかった――





 血飛沫が散る。


「ギャオゥ!」


 少女を狩ろうと跳躍したスケイルウルフの喉元に、無骨な片手剣が深々と突き刺さり、一撃で命を刈り取っていた。





「……ったく。依頼の帰りだってのに、とんでもないとこに遭遇しちまったな」


 俺は双剣の片割れを手に、転んだまま起き上がれないでいる少女と狼の群れの間に立ちふさがった。


 Eランクの定番の薬草採集を済ませた帰りに、森の奥が騒がしいことに気がついて、嫌な予感がしたので足を運んでみたらこの有様だ。


 狼の群れは距離をキープしたまま俺達の様子を窺っている。相手は野生動物だ。何体か蹴散らしたら逃げていってくれないだろうか。


 少し遅れてレオナも追いついて、俺の隣でフレイムスピアを構える。


「気をつけて。あの狼……スケイルウルフはDランク向けに討伐依頼が出されるような代物だから」

「ああ、知ってる。けどDランク向けの理由は……っ!」


 俺とレオナはタイミングを合わせて同時に横へ跳んだ。


「《アイスショット》!」


 さっきまで俺達のいた場所を、小石サイズの氷の散弾が突き抜けていく。無数の氷弾は木の幹を削り、茂みの枝葉を吹き飛ばし、スケイルウルフの群れに真横から降り注いだ。


 今のはエステルが唱えた呪文だ。氷の散弾はスケイルウルフの固い毛皮に阻まれてダメージにならないが、一時的に怯ませるには充分な勢いがある。その隙に俺とレオナは左右から攻撃を仕掛けた。


「そらっ!」


 双剣の片割れでスケイルウルフの腹を斬り上げる。こいつらの頭と背中の毛皮は甲羅のように硬質化しているが、腹や喉などの裏側は普通の狼と大差ない。


「たあっ!」


 レオナが固い背中に槍の先端を突き立てる。発火した穂先が固い毛皮を焼き焦がし、脆くなったところを刺し貫いた。

 毛皮は確かに固いのだが、物凄い高温で加熱されると無力化されてしまう。これもスケイルウルフの弱点の一つだ。


 二匹を仕留めた時点で、残りの狼は一匹残らず逃げ去っていた。

 氷弾の当たりどころが悪くて昏倒していた一匹にとどめを刺して、戦闘終了。依頼ではないので深追いをする意味はない。


「討伐依頼がDランク向けなのは、固い上にすぐ逃げるからなんだよな」

「そういうのって強さより重要な問題みたいね。逃さずに一気に倒すのも、逃げられた後で探し出すのも初心者には荷が重いわ」


 撃退ではなく討伐が目的である以上、ピンチになったら蜘蛛の子を散らすように逃げ出すあいつらは、間違いなく厄介な相手になる。依頼のランク分けはそういう観点も考慮されているそうだ。


「さて、せっかくだから換金用に毛皮を頂いていきますか」

「お願いできる? 私はさっきの子を見てくるから」


 レオナとエステルに任せれば何の心配もないだろう。レオナが白ずくめの女の子に駆け寄ったのを確かめてから、アルスランのダガーを鞘から抜いた。


 ダガーを片手に手早く毛皮を剥ぎ取っていく。こういう作業は故郷の村で子供の頃から手伝わされてきたし、《ワイルドカード》でその手のカードをコピーすればより簡単に処理できる。


 肉は食用に向かないので放置。毛皮の硬い部分と柔らかい部分を繋げたまま肉から切り離していく。

 結果、収穫はスケイルウルフの毛皮三頭分。うち一枚は部分的に焼けているので値段は下がるが、それでもなかなか嬉しい臨時収入になりそうだ。


「これでよしっと。そっちはどうだ?」


 レオナ達と合流すると、白ずくめの少女がぺこりと頭を下げてきた。どうやら怪我はしていなかったようだ。


「あの……ありがとうございます。おかげで助かりました」

「礼ならそこのエステルに言いなよ。気付いたのはこいつだからさ」

「そんなことないですよ。様子を見に行こうって言ったのはカイさんですし」


 妙な譲り合いを始めた俺とエステルを尻目に、レオナは少女から事情を聞き出そうとしていた。


「あなた名前は? どうして一人でこんなところに?」

「えっと……名前はトリスと言います。依頼をするためにハイデン市の冒険者ギルドに向かう途中で、他の人達とはぐれて……気がついたらあんなことに……」


 つまりは迷子ということか。目的地が冒険者ギルドというのは都合がいい。


「俺達もこれからギルドに戻るところだから、送っていくよ」

「……! ありがとうございます……」


 遠慮気味にお礼を言われながら、俺達は冒険者ギルドに戻ることにした。


 まずは依頼を申し込みに来たというトリスを受付のマリーのところに連れて行って、後のことをマリーにお願いする。報酬受取と毛皮の売却はその後だ。


 薬草採集の報酬は百八十ソリド。スケイルウルフの毛皮は一枚六百ソリド(三万円)。破損した一枚はその半額。狼の毛皮にしては安い方だ。


 スケイルウルフの毛皮は装飾品としての価値が低く、軽量で保温効果の高い防具にするのがメジャーな使い道だ。しかし同じ用途でもっと効果の高い防具があり、結果として素材の買値もあまり高くならない。


 総額二千二百八十ソリド(十一万四千円)。一人当たり七百六十ソリド(三万八千円)。三人がそれぞれ三日分から四日分の収入を得たことになる。


 引き渡しを終え、二人が待っている休憩スペースに戻ろうとしたところで、唐突にパティが依頼と関係のない話を振ってきた。


「トリスっていう子、同行していた人について何か言ってた?」

「いえ、特には。ギルドに向かう途中ではぐれたとしか」

「そう……」


 パティは何事か考え込むように腕を組んだ。


「依頼主の内情に関わるかもしれないから、具体的には言えないんだけど。最近、あちこちで妙なことが起こってるの。君も気をつけてね」


 俺は神妙な顔で頷いた。パティがこんなことを言うなんて珍しい。ちゃんと心に留めておいた方がよさそうだ。





 数日後、トリスが冒険者のパーティと一緒にギルドから出てくるのを見た。

 同行している冒険者達に見覚えがあると思ったら、この前酒場で宴会をしていた冒険者達だった。人数はあのときの半分くらい。多分パーティを二つに分けて別々の依頼を受けているんだろう。


 トリスがちゃんと依頼をこなしてもらえることを祈りながら、俺は自分達の依頼を探し始めた。


 きっとトリスにもう会うことはない――俺はこのとき、根拠もないのにそう思い込んでいた。









 ――後になって思えば、なんて楽観的な想像だったのだろう――

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