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25.白獅子のアルスラン(2/2)

 朝、犬の散歩で二百ソリド。

 昼、薬草集めで百二十ソリド。

 夜、酒場の用心棒で六十ソリド。


 合計報酬三百八十ソリド。日本円にして一万九千円。一日の収入としてはそれなりの金額になった。

 三割は返済に回し、百ソリドは宿代に回すので、残りは百六十六ソリド。八千七百円相当の現金が手元に残ることになる。


「今日一日分の報酬の三割は、借金全体の五千分の一程度……このペースだと十年以上は掛かるよな」


 盗賊退治の賞金のような幸運はそう何度も転がって来ないだろう。Eランクの報酬水準では今回の人生も新堂海の二の舞いだ。


「やっぱり早いとこランクを上げていかないと」


 利息が付かなくて本当に良かったとつくづく思う。良心的な割合の利子でも二十年は覚悟しなければならないところだった。


 決意も新たに宿屋へ戻ろうとした直後、聞き覚えのない声で呼び止められる。

 振り返ると、夜闇にも負けないくらいに白いライオン頭の男が立っていた。


「そこの君、少し良いか」

「あ、さっきの……」


 立ち話も何なので、適当な階段に腰掛けて話をすることにした。


「さっきは迷惑を掛けてしまったな。すまなかった」

「いいんですよ、依頼ですから」

「依頼……ということは君も冒険者か」


 白獅子の男は銀色のギルドカードを具現化させてみせた。ギルドカードは冒険者ランクによって色が変化する。銀色はCランク冒険者の証だ。


「アルスランという。冒険者の端くれだ」

「俺はカイ・アデルです。冒険者になったばかりで、まだEランクです」

「新人か。道理で見覚えのない顔だと思った。それにしては見事な戦技だったな。よほど天に愛されて生まれたとみえる」


 そう言って、アルスランは少し表情を変えた。ライオンの顔なので感情はあまり読み取れないが、何となく笑っているような気がした。


「大した功績のない男だが、聞きたいことがあれば何でも聞いてくれ。迷惑を掛けた詫び代わりだ」


 別に迷惑を掛けられたつもりはないのだが、こういうときの好意はありがたく受け取った方がいい。

 とはいえ、急に「何でも聞いてくれ」といわれても準備ができていない。


「それじゃあ……さっきはどうして怒ってたんですか?」


 ついさっきの出来事を思い出す。アルスランは酔った冒険者が放った一言で怒りを露わにした。それほどの『地雷』を踏んでしまったわけだ。


「俺、田舎者なんでそういうのに詳しくないんです。エルフやデミキャットに初めて会ったのも冒険者になってからですから。知らないうちに不愉快にさせたりしたくないから、何を言ったらいけないのか知っておきたいんです」


 アルスランに『地雷』があるのなら、エステルやココにも言われたくない言葉があるかもしれない。それをうっかり口走るのはどうしても避けたかった。


「私もエルフについては詳しくない。なので我らの類縁のデミキャットにしか通じない事柄ではあるが……」


 アルスランは顎の下あたりのたてがみを撫でた。


「デミゴッドという言葉がある。半神……多くの場合は神と人間の混血を指す、神話上の存在だ」


 聞いたことがあるような無いような。あったとしても、新堂海とカイ・アデルのどちらの記憶なのかも思い出せない。


「デミゴッドは神の血を引いてはいるが人間として扱われる。つまりデミゴッドとは『神ではなく人間だ。だが神に近い』という意味合いを持つ」


 言っていることは分かるが、言いたいことが分からない。それが何の意味があるのだろう。


「では、デミヒューマンという言葉を同じように解釈するとどうなる?」

「……人ではない。だが人に近い……」

「そのとおり。デミヒューマンなる呼称は、我々を『人間ではない』とみなした上での表現に感じられてしまうのだ」


 アルスランは頭を小さく横に振った。今度の感情は分かりやすい。悲しみだ。


「我々は自分達を人間の一種だと認識している。獣の要素を持つ人間だ。それを否定されるのは、たとえわざとでなくとも心が痛む」

「デミキャットっていう呼び方も、そういう意味が篭ってるんですね」


 猫ではなくて人間だけど猫に近い――半人ではなく半猫。半分が人間の猫ではなく半分が猫の人間。人であることを前提とした表現をすべきということだ。


「そうだ。そのデミキャットとまた会うことがあれば、デミヒューマンという呼び方だけはしてやらないで欲しい」

「……肝に銘じます」


 俺達はその後もしばらく会話を交わし、夜が更ける前に別れることにした。


「そういえば、そのデミキャットの子がときどき『にゃ』って付けて喋るんですけど、何か理由があるんですか?」

「デミキャットが帝国共通語を話すときに生じやすい『訛り』だ。男達は不格好だからと矯正してから故郷を出るが、女達は愛嬌があると言って気にしないことが多いそうだ」

「愛嬌……確かに好きそうな男は多いかも」

「ちなみに我らデミライオンとデミキャットは類縁だが、私達にはそのような訛りはない」


 ココの喋り方があんな風になるのはわざとじゃないけれど、あのままにしているのはわざとということだ。


「カイ。これを持っていけ」


 アルスランは鞘に収まった短剣を投げ渡してきた。


「我らの里に伝わるダガーだ。良き友になれると感じた者に渡す習わしになっている。人間相手の武器としてはせいぜい中の下だが、狩人の道具としてはこれ以上のものはそう多くあるまい」

「……ありがとう。大事にします」


 刀身が緩やかにカーブした両刃の短剣だ。牙を思わせる外観で、柄や鞘に精巧な浮き彫り(レリーフ)が施されている。ぱっと見ただけだと片刃の短刀にも思えるが、ちゃんと両方に刃がある。


 今日一日分の報酬よりもずっと嬉しい贈り物だった。

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