24.白獅子のアルスラン(1/2)
色々あってレオナやエステルとパーティを組んだ俺だが、いつも三人で行動しているわけでもない。一人ずつバラバラに依頼を受けたり、二人と一人に別れて動いたりすることだって普通にある。
具体的には、三人で受けられる条件のいい依頼がなかった日なんかがそうだ。
Eランクの冒険者には簡単な依頼が回されるので、結果的に一人でも楽にこなせる依頼が大半を占めている。このため多人数向けの依頼自体が少なく、あっても人海戦術ありきの面倒な依頼だったりする。
ブルック村が依頼したトリクイソウ駆除もそれに近かったが、もっと悪いパターンとしては……
「内容は市内清掃、拘束時間は最低四時間、人数上限は十人……ですか。時給十ソリドって安いですよねー……」
「奉仕価格で奉仕活動って感じね。依頼主が役所だから、役人に好印象持たれたい連中向けじゃない?」
依頼掲示板にでかでかと張り出された掲示を見上げながら、レオナとエステルは残念そうな顔をしていた。
経費削減のつもりなのか知らないが、たまに役所がこういう依頼を出すことがある。雑用同然の仕事で低賃金。十時間働いてようやく普通の宿に一泊できるという有様だ。
あくまで噂だが、後ろめたい過去のある冒険者が、役人に更生をアピールするためにこういう依頼を受けたりするそうだ。
とはいえ、俺達にとっては魅力のない低報酬依頼に過ぎないわけで。
「今日は別行動だな。夜に山葡萄亭で合流ってことで」
「しょうがないですよね」
「異議なーし」
というわけで。今日は一日、俺一人で依頼をこなすことになった。
最初に選んだ依頼はペットの犬の散歩だ。もはや何でも屋以外の何者でもない気がしてくるが、一時間の散歩で百五十ソリドというのはなかなか魅力的だ。
ところが、うまい話には落とし穴があるもので、その犬はいわゆる超大型犬。鼻の高さが俺の胸くらいまである巨体の持ち主だったのだ。
そういうときにも《ワイルドカード》が役に立つ。ショップで見かけたコモンスキル《ペットテイマー》で簡単に散歩を済ませ、飼い主の金持ちから五十ソリドの追加報酬まで受け取った。
昼に受けた二つ目の依頼は、Eランク向けの定番の薬草採取。
特筆すべきことは何もないし苦戦する要素も一つもない。満月草のときと同じように、コピーしたスキルを駆使してあっさり完遂。一株一ソリドの薬草を百株集めて報酬の百二十ソリドを手に入れた。
二十ソリド多いのは、依頼の場所がギルドから遠くて移動に時間が掛かるのを加味した追加報酬だ。ちなみに往復の馬車代と同じ金額である。俺は徒歩で往復したけれど。
夕方頃にギルドハウスに戻ると、ちょうどマリーが新しい依頼を張り出しているところだった。
「あ、カイさんこんばんは。この依頼とか受けてみませんか」
「いきなりだなぁ。何の依頼だ?」
「酒場の用心棒というか警備の仕事というか。急に人手が必要になったらしくて、あまり時間が無いんですよ」
せっかくなので掲示された依頼を眺めてみる。
依頼主は近所の酒場。大きな依頼を達成した冒険者の一団が宴会を申し込んできたので、念のため人員を増やしておきたいらしい。マリーの言うとおり、トラブル防止の用心棒というわけだ。
店員の仕事はしなくてもよく、トラブルが起こらなければ、三時間ほど待機しているだけで六十ソリドを受け取れる。総額は日本円換算で三千円程度だが、効率はかなり良い。
「どうします? 受けられるなら手続きしちゃいますけど」
「それじゃあ、お願いしようかな」
どうせ部屋に戻って適当に時間を潰すつもりだったのだ。もうちょっとくらい稼いでもいいだろう。
「依頼達成、お疲れー!」
「おおーっ!」
依頼の店は酒場というよりも小料理屋に近い雰囲気だった。
急な予約だったので貸し切りにはなっておらず、二十人近い規模のパーティが宴会を開いている横で、他の客が普通に食事をしている。
店側がトラブルを気にするのも納得の状況だ。泥酔した冒険者が普通の客に絡んだりしないか心配なのだろう。
俺の仕事は至って単純。カウンター席の隅で待機して、他の客に迷惑が掛かりそうになったらさり気なく止めに入るだけ。海は借金返済の過程で接客業も経験してきたので、こういう仕事にも多少慣れている。
力尽くで止めようとしたら火に油を注いでしまう。さり気なく矛先を反らしてやるのが一番だ。
「しっかし、あんな強敵がいるとはなぁ」
「けど俺達の敵じゃなかったな。魔石も手に入ったし、むしろ運が良いぜ」
「何いってんのよ。あっさり吹っ飛ばされて死にかけたたくせに」
どんな依頼を済ませてきたのかは知らないが、話の中に魔石という単語が出てきたので、魔物も出てくるような難易度の依頼なのは間違いない。要はCランク以上の冒険者がいるパーティということだ。
できればじっくり話を聞きたかったが、今は仕事が優先だ。
特に何もすることがない待機時間を送り、たまに仲裁に入ってトラブルを未然に防ぐ。やりがいも何もあったものじゃないが、こうやって三時間過ごすだけで六十ソリドなら、まぁ悪くはない。
そう思った矢先、冒険者が店の隅の客に絡もうとしているのが目に入った。
すぐにそちらへ向かおうとするが、俺が割って入るよりも先に、冒険者が完全に酔っ払った口調で何事か口走った。
次の瞬間、客が椅子を蹴って立ち上がった。
店がしんと静まり返る。椅子を蹴った音のせいではなく、客の外見から放たれる威圧感のせいだ。
二メートルを軽く越える巨体。マントの下に装備された鎧。
そして、白い剛毛に覆われたライオンとそっくりな――いや、ライオン以外の何者でもない獣型の頭。
よく見ると、服の裾から覗いている手も白い毛皮に包まれていて、凶器としか思えない爪がそれぞれの指に生え揃っていた。
「もう一度言ってみろ」
白獅子の男が唸るような低い声で冒険者の男に迫る。冒険者の側もライオン頭の大男を前に全く怯んだ様子がない。もともと度胸があるのか、それともアルコールのせいで気が大きくなっているのか。
「尻尾が当たったぞって言ってんだよ、デミヒューマン!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いてください」
取っ組み合いになる寸前に、二人の間に身体を滑り込ませて制止する。
ライオン頭の方はそれで身を引いてくれたのだが、冒険者の方はいきり立って俺に掴みかかってきた。
「てめぇ邪魔すん――」
突き出された腕を受け流して、重心をずらして姿勢を崩させる。
その勢いを利用して、以前にチンピラを撃退したときと同じように、冒険者の身体を空中で縦に回転させる。
ただし今回は、綺麗に一回転させて上手に着地させてやった。
ギャラリーの一部が歓声と拍手を投げかけてくる。こんなこともあろうかと《ワイルドカード》を予め《上級武術》に変化させておいて、暴力沙汰も華麗に対処できるように準備しておいたのだ。
「せっかくの宴会なんだからカリカリしてたら損でしょ。ほら飲んだ飲んだ」
呆然としている男をテーブルに押し戻し、コップになみなみと酒を注いでやる。男はすっかり気勢を削がれて酒を煽り、他の客も喧嘩が起こる雰囲気でなくなったと察して食事を再開した。
それにしても、白獅子頭の大男はどうしてあんなに怒っていたんだろう。
分割になっている話は早めに続きを投下していきます。




