23.デミキャット(4/4)
「うーん、こうなると分かってたら、もっとよく森を観察しておいたんだけどな。手がかりの一つでも残ってたかもしれないのに」
レオナは腕組みをして口をつぐんだ。
錬金術師。転生する前も生まれ変わってからも、名前くらいは知っているけれど詳しくは知らない存在だ。どちらの知識に照らし合わせても、怪しげな実験で金を作ろうとする連中でしかない。
もちろん海としてはアニメやマンガに出てくる『錬金術師』なら馴染み深いのだが、この世界に実在する錬金術師はああいうのではないだろう。
「両方の話を総合して考えると、錬金術師が無許可で実験をしたせいで森に異変が起きたっていう線もありそうだけど……」
パティは少しだけ真剣な顔で考え込んだかと思うと、すぐに普段の陽気な態度に戻って手を叩いた。
「とにかく、今日はありがと。この件の調査はギルド名義での特別依頼になるかもしれないけど、多分Cランクの冒険者に頼むことになると思うわ」
「あっ、ところでパティ。あたしの依頼の報酬はどうにゃった?」
立ち上がろうとするパティの腕を、ココがガッシリ掴んだ。支払うまでは逃さないという凄みすら感じられる。
「荷物も回収されてるから、その分はちゃんと支払われるわよ。ただし《バーサーク・ビースト》は奪還失敗扱いで報酬には反映されないからね」
「むむ……あのカードについては仕方がにゃい」
「支払は最大金額の六割の千二百ソリドってところね」
最大で二千ソリドの仕事で受け取れたのは千二百ソリド。金額だけ見れば俺達よりも桁が一つ違う。収入効率は何日掛けた仕事なのかにもよるが、一週間以内に片付けられるのなら効率面でも確実に上だ。
EランクからDランクに上がるだけでも、受けられる仕事の質が大きく変わってくる。その事実を目の当たりにして、迅速なランクアップを目指す意思がより一層固くなった。
「《バーサーク・ビースト》は一旦ギルドが没収ということになるけど、買い戻したかったらいつでも言ってね。ショップのお値段で売ってあげるから」
「あれは強化というよりきっつい変身だからにゃあ。もう懲りたよ」
二人のやり取りを横から聞いていて、ふと気になったことを尋ねてみる。
「依頼で回収したカードを使った場合って、ギルドが没収するんですか?」
「ええ、そうよ。そうしないとカードを堂々と横領できちゃうからね。買い戻しは仕方のない理由で使った場合は市場価格。過失があるなら割増価格で悪質ならカードは処分。そういうシステムになってるの」
言われてみれば納得だ。
使ってしまった回収対象をそのまま貰えるようにしてしまうと、カードの奪還依頼自体が成り立たなくなってしまう。かといって絶対に処分するというのも勿体ないので、買い戻しシステムを採用しているんだろう。
だけど、必ず適正価格で買い戻せるとなると、希少なカードを自分にしか使えないようにして、それからゆっくり金を貯めて買い戻そうと考える奴が現れる可能性もある。
過失があれば割増価格というルールは、普通にショップで買った方が安くつくようにすることで、そういう考えを予防する意味もあるのかもしれない。
……借金返済ばかり考えて過ごしてきたせいか、金銭の絡む話題になると急に頭が働くようになってしまう。
そんな自分に自己嫌悪しながら、俺達は医務室を後にした。
「とりあえず良かったね、助かって」
「ああ、そうだな」
「いくら縁もゆかりもない他人だからって、あのまま死なれてたら流石に目覚めが悪かったわ。これで今日もゆっくり眠れそう」
そう言ってレオナはぐっと伸びをした。悪ぶったような言い方だが、表情はどことなく爽やかだ。
一方、それとは対照的に――
「――なぁ、エステル。顔色が良くないけど具合でも悪いのか?」
足を止めて、少し後ろを歩いていたエステルに向き直る。
エステルはさっきから浮かない顔をしている。確か、ココの話の途中……錬金術師の話題が出た頃からずっとこうだ。その後も上の空で話を聞いていたのかも怪しいし、話題に混ざって来ようともしなかった。
「えっ? そんなことないですよ」
顔色を指摘された途端に、エステルはわざとらしいくらいにいつも通りの満面の笑顔を浮かべた。
「本当に? カイの言うとおりだったと思うんだけど……」
「きっと歩いてばっかりで疲れてたんです。多分そうですよ。だからほら、何か食べに行きましょうよ!」
エステルは俺とレオナの背中をぐいぐいと押して、強引にギルドハウスの外へ連れ出した。
あのとき、エステルが何かを思っていたのは間違いない。けれど、そういう個人的な悩みを言葉巧みに引き出せるようなコミュニケーションスキルは、前の俺も今の俺も持ち合わせてはいなかった。
何となくもやもやした気持ちをかき消すために、今夜は三人でちょっと贅沢な夕食を食べに行くことにした。
贅沢と言っても夕食代に十ソリド上乗せするだけというのが、実に駆け出し冒険者らしくて泣けてくるのだけれど。