02.プロローグ 新藤海(2/2)
目を覚ますと、そこは見知らぬ床だった。
天井じゃねぇのかよ!と心の中で突っ込みながら、とりあえず立ち上がる。
ぼんやりとしていた思考が少しずつハッキリしてきた。
確か俺は借金を完済して、祝杯を挙げるためにコンビニへ行って、そこでひったくり犯にナイフで――
「そうだ、腹! 傷!」
血まみれのシャツをまくり上げる。腹にも血痕がべったり付いていたが、不思議なことにナイフの刺さった跡がなかった。
触ってみても痛くない。ヘコみすらない無傷だ。
「転生者1062億8350万1113号、転生受付へどうぞ」
物凄くアナウンス的な声がしたので、思わず辺りを見渡してみる。
まるで外国の神殿のような雰囲気の場所だ。それも遺跡ではなく現役バリバリで使われているように見える。
「転生者1062億8350万1113号、転生受付へどうぞ」
またアナウンスが響く。凄い桁の数字は俺のことなんだろうか。
しょうがないので神殿の奥に進んでみる。その先には、実に神様っぽい風体の女性が、これまた祭壇っぽい造りの設備の前で微笑んでいた。
「えっと、俺のこと、ですか?」
「はい。転生者1062億8350万1113号、あなたは腹部刺傷による大量出血で死亡しました。そのため転生手続きに入ります」
女神の宣告を聞いて、俺は膝から崩れ落ちた。
「やっぱり死んだのかよ……そりゃねぇよ……人生これからってときにさぁ!」
いくらなんでもあんまりだ。地道にコツコツ借金を返済して、これから自由を謳歌しようとした矢先に死ぬなんて。ここまで不幸だと流石に笑えない。
「転生規定に従って、あなたは隣接世界に転生することになります。現代日本人に分かりやすい表現を使うなら、西洋ファンタジーのような世界と言えば説明が早いでしょうか」
女神は俺の嘆きなんて気にも止めずに、マイペースに説明を進めていた。
転生なんて言われても全く喜べなかった。俺が望んでいるのはゲームオーバーの取り消しであって、リセットボタンを押して『さいしょからはじめる』を選ぶとかそういう話ではないのだ。
「……転生って、俺が頑張ったご褒美とかそういう?」
「いいえ。全人類は死亡後に転生する決まりとなっています」
「強くてニューゲーム的なのがあったり?」
「いいえ。転生者の構成情報はデリートされます」
「前世のことって覚えていられるのか?」
「いいえ。基本的に思い出すことはできません」
最悪だ! 正真正銘の完全リセット。俺の苦労は貴重な経験も含めて根こそぎなかったことになってしまう。
俺の人生、一体何だったんだろう。
涙が溢れそうになるのをを堪えながら、ふらふらと立ち上がる。
全人類が転生対象ということは、ひょっとしてこれまでの死者も全て転生したということなのか。それなら女神が妙に淡白なのも納得だ。死んで嘆き悲しむ姿なんて、文字通り飽きるほど見てきたに違いない。
「……えっと、何か転生ボーナス的なものは?」
「内容は運次第ですが存在します」
お? ずっといいえの連発だったのに、ここに来て俺の質問が肯定された。
少しだけ希望が湧いてきた気がする。
前世のことは『基本的には』思い出せない。つまり思い出せる例外があるということだ。
もしかしたら、運次第で前世の記憶を維持できる転生ボーナスが貰えるのではないだろうか。
「そ、それってどういうボーナスなんですか」
「順を追って説明しましょう」
女神が手を上げると、空中にゲームのウィンドウのようなものが現れた。
……借金返済生活だからって、ゲームをやる余裕がなかったわけじゃない。むしろ無料ゲームや格安の中古ゲームは貴重な娯楽だった。
「転生者はランダムに十個の祝福を得て転生することができます。異世界での生き方を決める才能の取得だと考えてください」
ふむふむ。
「祝福は『カード』の形状で顕現し、七段階の希少度に分けられています」
……ん?
「希少度の一覧は以下の通りです」
空中のウィンドウに解説が表示される。
○ レアリティ一覧表 ○
LR:レジェンドレア。神話に名を残す英雄級。
SSR:スペシャルスーパーレア。世界史に名を残す英雄級。
SR+:スーパーレア・プラス。一国の歴史に名を残す英雄級。
SR:スーパーレア。地方の歴史に名を残す英雄級。
R:レア。各分野で一流を名乗ることができる性能。
UC:アンコモン。冒険を大いに助けてくれるスキルやアイテム。
C:コモン。冒険を少しだけ助けてくれるスキルやアイテム。
※排出率は非公開としています
※十連ガチャは最低保証として必ずレア1回当選
「ガチャじゃねーか!」
俺は人生最大級の渾身の突っ込みを炸裂させた。
「完全にアレだよね! ソシャゲだよね! 転生ガチャってこと!?」
「失礼な。由緒正しき祝福の分配儀式です」
「いや十連ガチャとかもう完全に言っちゃってるし!」
排出率って。最低保証って。
課金はしたことがないが、無課金でやれるゲームはストレス解消に多少やっていた。そのせいでアウトな単語の存在を一発で理解できてしまう。
この神殿や女神に漂っていた神秘性が一瞬のうちに消し飛んで、もはやソシャゲのナビゲーター役と召喚画面にしか思えなくなった。
「誰が何と言おうと由緒正しき儀式ですので。あしからず」
「由緒とは一体……」
この女神、意外と負けず嫌いなのかもしれない。
「転生先の世界は複数ありまして、あなたが転生する世界は全大陸合計の総人口が十億人ほどの世界です。レジェンドレアの獲得者は十人いるかどうかですね」
「多いのか少ないのかさっぱり分からん」
とりあえず、高レアリティは引けないものと考えた方が精神衛生上よさそうだ。最高レアで排出率一億分の一なんて極悪にも程がある。
「……転生しても記憶が引き継げるカードって、レア辺りにあったりします?」
「《前世記憶》はレアリティRに分類されています」
よしっ! ほんの僅かだけど希望がある。
これまでの頑張りが無意味になってしまうのは悲しいが、貴重な人生経験までリセットされるのを避けられるだけでもマシだ。
「転生を承諾されるのでしたら、祭壇の紋章に手を触れてください」
女神の指示に従って祭壇に刻まれた紋章に手を置く。
その瞬間、いくつもの光の粒子が祭壇の上に集まって、渦を巻くように回転し始めた。
予備知識ゼロなら感動できたのかもしれないが、今となってはガチャの召喚演出としか思えない。俺は神秘的な演出には目もくれず、光の中心に生まれつつあるカードに注目していた。
光が弾けて、銅板のようなカードがその場に残される。
サイズは手の平くらいで、普通のトランプより一回りも二回りも大きい。紙製ではないのか金属的な光沢がある。手にとってみると、意外に重かった。
「これは……?」
「スキルカード《ステータスアップ:体》です。レアリティはコモンなので比較的ありふれた才能だと言えます」
なんの、まだまだ一枚目だ。あと九枚も残っている。
俺は次々とカードを召喚したが、出てくるカードはどれも銅ばかりだった。
C《ステータスアップ:体》
C《ステータスアップ:心》
C《ステータスアップ:心》
C《ステータスアップ:技》
C《ステータスアップ:体》
C《ステータスアップ:体》
C《ステータスアップ:技》
C《ステータスアップ:技》
最初の一枚を加えた八枚のラインナップがこれだ。誰が見ても悲惨な結果だと断言できるだろう。
「……このガチャ、ステータスアップしか出ないのか?」
「おかしいですね。他にも様々なスキルやスペルがあるのですが。まさか《鑑定》や《採集》のスキルカードすら出ないとは……」
「そんなに? 酷い?」
「ええ、かなり。奇跡的かもしれません」
うわぁい、嬉しくない。こんなところで奇跡を起こしても意味はないんだ。
「いやまだだ! 厄払いという言葉もある! 次こそ!」
完全にダメな思考に陥りながら九枚目に挑戦する。
光の粒子が集まり、回転し、弾けて消える。
後に残されたカードの色は――銀!
「レアリティR、《前世記憶》です。恐らく最低保証のレアですね」
「よっしゃあ!」
盛大にガッツポーズを決める。お情けのレアなのは承知の上。自分の記憶を失わずに済むことがとにかく嬉しかった。
これまでに数え切れないほどの苦労を重ねてきた。その記憶と経験を持ち越せるなら、どんな世界に生まれ変わっても必ず苦難を乗り越えられる――俺はそう確信している。
だからこそ、どんな高レアリティよりもこの一枚が嬉しかった。
「お喜びのところ申し訳ありませんが、まだ一回残っています」
「もう欲しいカードは当たっちゃったからなぁ。でもせっかくだしなぁ」
余裕綽々と祭壇の紋章に手をかざす。
望んだカードをゲットした以上、俺の貧弱な運勢は既に力尽きているはずだ。残り一枚もきっと適当なコモンカードだろう。
光の粒子が集まり、回転し、弾けて――消えない!?
回転が更に激しくなり、光どころか稲妻まで走り、閃光が神殿を満たす。
これはまさか。
ひょっとしてまさか。
目も眩むほどの光が少しずつ薄くなっていく。
祭壇に現れたカードの色は、真珠のような光沢を帯びた『白』だった。
女神が少し驚いたような顔で宣言する。
「おめでとうございます――レジェンドレア《ワイルドカード》です」