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191.アルトリンゲン

 アルトリンゲンの城壁の内側は、村落というよりも工場のような雰囲気をしていた。


 もちろん、建物自体はこの世界の家と同じ木造だ。極端に文化や建築様式が異なるということはない。


 雰囲気の違いの原因は、建物や土地の使い方だった。


「何だこりゃ。この村には工房しかねぇのか」


 カールが都合よく俺と同じ疑問を口にする。


 普通の村なら民家や農家として使われていそうな建物が、ここでは全て工房として使われているのだ。


「現在アルトリンゲンは、我ら『未来技師』が依頼した部品の製造を主な産業としております」

「へぇ。つまりお前らの奴隷ってわけだ」

「滅相もございません」


 ミスター・ビショップは、カールからの嫌味な発言をさらりと受け流した。


「我らが製造拠点を設けるまで、アルトリンゲンは山の中でほそぼそと農業を営み、切り出した木材を売るだけの貧しい生活を送っておりました。我らはむしろ彼らの生活レベルを向上させたのですよ」

「本当かねぇ」


 カールとミスター・ビショップが話し込んでいる間に、俺はこっそりとカールの側を離れ、後方にいたレオナに話しかけた。


「……というわけなんだが。レオナ、この村の様子、お前はどう思う?」


 さっき聞いた会話の内容を伝えてから、レオナの見解を尋ねる。


 アルトリンゲンはレオナの出身地だ。変わり果ててしまった故郷を前に、複雑な感情を抱いていることは想像に難くない。


 だが、それでも聞かなければならなかった。アルトリンゲンのかつての様子を知るのはレオナだけなのだ。聞きづらいというのは、聞かなくていい理由にはならない。


「ビショップって奴が言ったとおり、この村はそんなに豊かじゃなかったし、ここまで騒々しくもなかった……みんな元々は普通の家だったのに……一体何を作ってるんだか」

「多分、本人達も分かってないんだろうな」

「……?」


 レオナが不思議そうな表情をしたので、もう少し詳しい説明をする。


「それぞれの家は依頼された部品を作っているだけで、作ったものがどんな風に使われるのかは知らないんだと思う。その証拠に、ほら、あの家から運び出されてる製品は全部一種類の部品だ」

「なるほどね……でもどうして、そんな面倒なことを?」

「機密保持のためってところだろうな」


 真っ先に考えつくのは、やはりこれだ。


「全貌を知る奴が多ければ多いほど、その秘密が外部に漏れるリスクも高くなる。村一つをまるごと動員してるなら尚更だ。秘密を守ることだけを考えるなら、末端には何も教えない方がいい」


 これに加えて――失礼な発言になりかねないので黙っていたが――全体像を説明しても理解できない人々も、作業員として扱うことができるという特徴もある。


 元々、アルトリンゲンは農業と林業で生計を立てていた村。そこの住民に高度な道具作成系のスキル持ちはいないだろう。


 そういうスキルを持って生まれた人がいたら、村では真価を発揮できないと判断して、別のところに移住してしまっているはずだ。


「もちろん、この方式にもデメリットがある。だけど機密保持を第一に考えるなら、十分に許容できる程度の問題だと思う」

「ギルドの人間がアルトリンゲンに侵入したとしても、その辺りの家にあるのは部品のごく一部だけで、何を造っているのかは分からない……か。厄介ね、ほんと」


怪しまれないように言葉を交わしている間にも、レオナの視線はしきりに村の方へと向けられていた。


「気になるなら、様子でも見てきたらどうだ? 久しぶりの故郷なんだろ? 冒険者だってことは隠さないとまずいけど、カール(あいつ)に雇われてるだけって言い張れば問題ないだろ」

「……ううん、やめとく」

「やっぱりカール(あいつ)の部下は嫌か。そりゃそうだよな」

「まぁ、それもあるけど。今は仕事中だし、あんな出て行き方をしておいて何を今更!って感じだしね」


 そう答えるレオナの声は、どことなく物悲しそうに聞こえた。表情は笑顔だったけれど、本当に笑っているようには思えない。


 あんな出て行き方――俺はレオナがアルトリンゲンを出た理由を知らない。気にならなかったわけじゃなくて、聞いても答えてくれないだろうと思っているのだ。


 今の反応を見る限り、やはり故郷(アルトリンゲン)との決別は円満なものではなかったのだろう。


「答えにくいかもしれないけど、念の為に改めて確認しておくぞ。お前がこのアルトリンゲンにいた頃には、ミスター・ビショップ達……『未来技師』を名乗る連中はいなかったんだよな」

「ええ。ごく一部の連中が、人工的にリビングアーマーを造ったりする研究をしてただけ。村の人達は協力なんかしてなかった。メンバーに反帝国主義者が紛れ込んでるって噂だったしね」

「ところが、お前がアルトリンゲンを出た後になって事情が変わった」


 ここから先は、レオナの思い出話ではなく、俺達がサブマスター・エメトから与えられた秘密指令の話になってくる。


「アルトリンゲンの住人は『未来技師』の下請け業者と化して、冒険者ギルドの情報収集網すら退けるようになった」

「私が知ってる『あの連中』が未来技師と名乗るようになったのか、それとも後からやってきた全く別の連中なのか……多分、前者なんでしょうね」

「俺もそう思う。となると、お前がアルトリンゲンを出てからの短期間で、一気に勢力を伸ばしたってことになるな」


 頭の中で現状を整理して、今後の立ち振舞いを改めて考える。


 サブマスター・エメトから受けた指令は、アルトリンゲンで強い影響力を持つ『未来技師』という技術者集団と、同じくアルトリンゲンに潜むという反帝国主義者の関係を調べること。


 ――ただし、この指令の存在はCランク以上の冒険者にしか明かしてはならない。レオナには打ち明けられないのだ。


 パーティメンバーでサブマスターの指令について知っているのは、クリスただ一人。他のメンバーに対しては、あくまで「失われた俺の右腕を補う手段を探すために訪れた」ということで通している。


 その前提を保ったまま調査を進めるためには、やはり――


「――未来技師。連中に探りを入れるしかないか。右腕の代わりを作る技術があるのかってのも大切だけど、反帝国主義者が関わってるなら力を借りるわけにもないからな」

「だよね……最悪、私達まで仲間扱いされかねないもの。慎重に行かないと」


 レオナに真剣な表情で返答されて、少しばかり申し訳ない気持ちになる。


 作戦の全貌を教えることが不利益になるから、全ては教えずに必要最低限の情報だけを伝え、その範囲だけで行動させる――皮肉なことだ。俺がやっていることは未来技師と大差がない。


「……誰かを率いる立場ってのは、やっぱり面倒が多いな……」


 コピーした《操糸術》で編み上げた《鋼索》製の右腕で、ぎゅっと拳を握り締める。手袋の下で金属線の擦れ合う音がした。


「カイ? どうかした?」

「いや、何でもない。とにかくカールを利用して未来技師の内情を調べよう。ひとまずは向こうの出方次第だな」


 レオナの側を離れて、先頭を行くカールのところへ戻る。


 ちょうど、カールとミスター・ビショップは大きな建物の前で馬を止めたところだった。


 大きいだけでなく真新しい建物だ。アルトリンゲンの他の建物とは露骨に質が違う。この建物だけ、都会の一等地から切り取ってきたかのような存在感を放っている。


「カール殿。申し訳ありませんが、お連れしている従者を全員お入れすることはできません」

「あん? 何か企んでんのか?」

「まさか! 単純に、何十人も招き入れる余裕がないだけでございます」

「余裕がないだぁ? こんなにでっかい建物だってのに?」

「ここは幹部の住居と最終組立工場を兼ねておりまして、お客様を招き入れることは想定していないのですよ。応接室はありますが、廊下を合わせても全員は収まりません」


 そう言って、ビショップは何十人にも及ぶカールの部下を見渡した。


 状況はすぐに把握できた。どうやらアルトリンゲンの家々で作られた部品がこの建物に持ち込まれ、組み上げられて商品として完成するらしい。


 ならば、何が何でも入れてもらわなければ困る。


 俺はカールの部下の一人として振る舞い、こっそりとカールに耳打ちをした。


()()()()。ここは精鋭を連れて乗り込むべきかと。全員を連れ込むのは困難でしょう」

「ちっ……しょうがねぇ。お前! それと、お前とお前! 後は何人か見繕ってついてこい!」


 カールは雑に部下を指名するような素振りで、的確に俺とパーティのメンバーを指さした。


 これについては、流石は軍事で名を挙げたハーディング家の三男坊だと思わされる。他の兄弟と違って本人は強くないが、集団を率いるのに長けているというだけはある。


 ミスター・ビショップに一切の疑いを抱かせることなく、俺達冒険者パーティをまんまと未来技師の本拠地に招き入れたわけだ。


「……ヘマすんなよ、冒険者。テメェは気にくわねぇが、兄貴達に告げ口されたら面倒だ。それと……分かってんだろうな」

「助かる。アーサー氏とアンジェリカさんには、お前のおかげだって言っとくよ」

「忘れんなよ? ただでさえ最近キレられ気味なんだからな。ここらで評価(ポイント)稼いどかねぇと……くそっ」


 声を潜めてカールと言葉を交わし、部下らしい素振りを演じて付き従いながら、未来技師の本拠地の建物へと踏み込んでいく。


「改めて、ようこそ! カール・ハーディング殿! 我らのキングがお待ちかねでございます!」

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