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189.予想外の再会

「店主! 酒と食い物を出せ!」


 俺達がカウンターの裏に隠れた直後、店内に粗暴な声が響き渡った。


 カウンターの表面に都合よく空いていた亀裂から様子を伺う。金属製の全身甲冑に身を包んだ男達が、一番破損の少ないテーブルを我が物顔で占拠している。


 人数は四、いや五人。揃って兜のバイザーを上げているので表情までよく分かる。どいつもこいつもタチの悪い荒くれ者といった風貌だ。


「どうした店主! 早くしろ!」

「は、はい! た、ただ今!」

「店で一番いい酒と飯を出せよ。今日は乗客が来てるんだからな」


 五人分の下品な笑いが響く。さっき俺が蹴散らした男達もすっかり大人しくなっていて、鎧姿の集団に怯えているように見えた。


 自称マスターは唯々諾々とオーダーに従って料理を用意しながら、カウンターの裏に隠れた俺達に小声で呟いた。


「アルトリンゲンの連中さ。詳しい話はほんとに勘弁してくれ。冗談抜きで殺されちまう」

「分かったよ。にしてもあいつら、何か妙だな。重装備の割に動きが軽すぎる……もしかして……」


 《上級武術》は戦闘技術だけではなく、いわゆる()()()などの技術も向上する。その目を通して視ると、あの五人の動作からは重さも関節の固さも殆ど感じられなかった。


 脳裏に思い浮かぶのは、俺達が今まさに向かおうとしているアルトリンゲンのことだ。


 アルトリンゲンにはリビングアーマーを人工的に作る研究をしていた集団がいて、俺はその技術が右腕を補う手段になるのではと考えてアルトリンゲンを目指しているわけで……


「……リビングアーマーを応用した強化鎧とか、あり得ると思うか? そう考えた方が自然な動きに見えるんだが」

「なるほど。ボクの私見になるけど、可能性は充分にあると思うよ。鎧自体が動くのなら着用者への負担も大幅に軽減されそうだ」


 発想はいわゆるパワードスーツという奴だ。仮にあの鎧がそうだとしたら、右腕の代わりくらい作れそうな気がしてくる。


 だが、問題は次はどう動くべきかだ。今すぐ飛び出してぶちのめして情報を吐かせるのも一手だが、失敗したときのリスクが大きすぎる。それに相手の戦闘能力は完全に未知数なのだ。


 かといって、あの連中以外に情報源となりそうなものはない。自称マスターや他の男達を脅迫して無理やり説明させるのは、流石に最後の手段だ。それで本当に殺されてしまったら、いくらなんでも目覚めが悪い。


 一番穏健な選択肢は、とりあえずこの場は息を潜めてやり過ごし、後から地道に情報を集めることだろうか。


 そんなことを考えていると、レオナが入り口の方に目をやって小さく声を漏らした。


「カイ、誰か来る」


 店の扉が開き、何者かが入ってきたとほぼ同時に、鎧姿の男達がジョッキを掲げてにやけた笑いを浮かべる。


「よぉ、ミスター・ビショップ! あんまり遅いもんだから先に頂いてますぜ!」


 敬意が込められているのかいないのかよく分からない喋り方だ。その矛先は、新たに店に入ってきた二人組だった。一人は紳士的な装いの初老の男。もう一人は背が高い割に貧弱な体型の若者で――


「馬鹿者が、少しは行儀を学べ。我らをご贔屓(ひいき)にしてくださっているカール・ハーディング様が直々にいらっしゃったのだぞ」


 俺は声を押し殺しながら驚きに目を丸くした。カール・ハーディング。まさかあいつの顔をこんなところで見ることになるなんて。


 カール・ハーディングと会ったのは後にも先にも一度だけ。しかし、その一回のインパクトが強かったせいでしっかり記憶に残っている。


「ハーディング……あの顔どこかで……」

「決闘貴族だ。ルビィとベリルに会ったときの奴だよ」


 俺がそう言うと、レオナは納得した顔で頷いた。


 Cランク仮認定を受け、デミウルフのルイソンに連れられてゴブリン退治をこなした後のこと。謎の男との戦いで受けてしまった呪詛を《解呪》してもらうために向かった神殿で、神官長の女性にしつこくつきまとっていた貴族を決闘で追い払った――それがカールとの関わりの顛末だった。


 その程度の関わりでしかないカールの存在を看過できない理由はただひとつ。件の決闘で奴が持ち出した決闘代理人が、大錬金術師エノクが生み出した黒鎧(ディアボロス)だったからだ。


 黒鎧(ディアボロス)――エノクの人体強化実験で人格が崩壊した人間を再利用(リサイクル)した、知性も理性も持ち合わせない狂戦士。カールはそれを詳細も知らずに馴染みの武器商人から買い付けたと言っていた。


 そして今、ビショップと呼ばれた初老の紳士は、カールのことを『我らをご贔屓(ひいき)にしてくださっている』と評した。まるで自分達がカールの()()()()()()()であるかのように。


 カールは俺達が隠れていることに気付いてないまま、不愉快そうに店内を見渡して、傲慢な口調で吐き捨てた。


「おいおい。まさかこんな店で俺に食事をさせようってつもりじゃないだろうな」

「庶民的な味はお嫌いですかな? 私はそれなりに気に入っているのですが」

「俺はな、お前らのボスの『キング』に直接文句を言うために、わざわざこんなド田舎まで来たんだぞ! それなりのグレードの歓迎をするのが筋ってもんじゃないのか? ったく、常識で考えろよ、常識で」


 一方的な文句を好き勝手にぶちまけてから、カールは踵を返して店を出ていこうとする。


「店主。この建物に裏口は?」

「カ、カウンターの奥に……」

「分かった。二人とも、俺はカールを追いかけて問い詰めてみる。あいつも何か知ってそうだし、ちょうどよく脅しのネタもあるからな」


 今のアルトリンゲンと関わりのある奴が単独行動をするというのだ。この機会を逃す理由はない。


「ボク達はもう少し彼らを監視しておくよ」

「……気をつけてね」

「そっちこそ、無理するなよ。危ないと思ったらすぐに脱出だ」


 慎重に行動するよう念入りに言い含め、裏口から外に出る。


 カールは護衛も付けずにイライラした様子で通りを歩いていた。町のメインストリートではあるものの、ここもすっかり寂れていて人通りは殆どない。そしてそれは裏を返せば、何があっても目撃者が殆どいないということでもある。


「悪く思うなよ」


 あいつ個人に恨みはないが、かといって気遣ってやるほどの思い入れもない。僅かな通行人もいなくなったタイミングを見計らい、《瞬間強化》を乗せた腕力で裏路地に引きずり込んだ。


「うおわっ!? な、何だ! 俺を誰だと思って――」

「カール・ハーディングだろ。久し振りだな」

「ひっ! カイ・アデル……!」


 露骨に怯えた反応をされてしまった。理由に心当たりがないわけじゃないが、実際に目の前でされると何とも言えない気分になる。


「おおお、俺に何の用だ。金か? 金なんだな?」

「俺にどんなイメージ持ってんだ……欲しいのは情報だけだよ。アルトリンゲンのことと、さっき会ってた連中について聞きたいだけだ。危害を加えるつもりもない」

「……はんっ。このカール様に暴力を奮っておきながら、情報を恵んで貰えるなんて思ってるのか? 冒険者ってのはホント頭が悪いんだな!」


 危害を加えないと聞いて身の安全が保証されたと思ったのか、カールはあっさりと普段の調子を取り戻して、俺の腕を振り払って逃げ出そうとした。


 だが、その反論も逃走の試みも全て予想通り。一旦手を離したのも演出の一環だ。そうでなければ、カードの性能に物を言わせて振り払えないくらいの力で押さえつけている。


 カールを押さえつけていた右腕を()()、肘から先を十数本の《鋼索》に戻してカールの手足を絡め取る。コピーした《操糸術》を駆使すればこれくらい簡単だ。


「ひいっ! お、お前、何なんだよこれ!」

「あんたとの決闘の後に、ちょっとした用事で東方の辺境要塞に行って、そのときに右腕をちょっと、な」

「へ、辺境要塞……!」

「自分で言うと自画自賛みたいで気持ち悪いけど、かなり大活躍したうえでの名誉の負傷って奴でさ。司令官のアンジェリカさんからも『礼をするから、困ったことがあったら何でも言ってくれ』って言われたんだ」


 カールは顔を青くしたり戦慄(わなな)かせたり、面白いようにころころと表情を変えている。


「アンジェリカさんからはスカウトの誘いもあったし、アーサー氏からも気に入ったと言って貰ったな。今度また愚弟が迷惑を掛けたらそのときは自分が云々とか……」

「わ、分かった分かった。本気にすんなよ、全部冗談だって。ちゃんと説明してやるよ。俺とお前の仲だろ? な?」


 仲良くなった覚えはないが、カール特効の脅し文句は無事にクリティカルヒットしたようだ。


 イースタンフォート領を治める貴族、ハーディング家現当主の長兄アーサー・ハーディングと、当主の弟の長女アンジェリカ・ハーディング。この二人とは辺境要塞での魔物狩りに絡む事件で面識を得て、事件を通じてお互いに好意的な関係を築くに至っている。


 カールにとってこの二人は実の兄と従姉であり、力関係で圧倒的に劣る相手でもある。辺境要塞での遭遇がこんな形で役に立つなんて思ってもみなかった。


「助かるよ。それじゃ、場所を変えようか」

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