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187.秘密指令

 なるべく人の少ないところで話したいという謎の女の要望で、俺は大通りに面した高級料理店に案内された。この手の店の個室は秘密の話をすることに特化していて、大商人やお偉方の密会に使われていると聞いている。


 俺はこの女の自称を信じているわけじゃない。高い地位にある人間に言われて儲け話を持ってきました、なんて詐欺師の常套手段だ。疑うなという方に無理がある。


 けれど、だからと言って無視を決め込むわけにもいかない。万が一本当にサブマスターの使いだった場合に面倒なことになる。


「――それで、何かあったんですか」


 テーブルを挟んだ向こう側の女に、あえて警戒心を露骨に乗せた視線を投げかける。


 女は懐から一通の書状を取り出すと、俺の前に丁寧に滑らせた。


「詳しくはこの書状に記されていますが、まずは口頭で簡潔に説明させて頂きます。サブマスター・エメトは《ワイルドカード》の効力を見込んで、あなたに密偵の任務を与えたいとお考えです」

「密偵?」

「ええ。あなた方のパーティはこれから西方に向かうのでしょう?」


 流石にお見通しか。無言のまま発言の続きを促す。


「あなた方が目指す街の名はアルトリンゲン。未来技師を名乗る技術者集団が強い影響力を持つ街です。そしてアルトリンゲンには、反帝国主義者の秘密結社が存在する可能性があるのです」

「……なるほどね」


 ハイデン市でレオナから聞いた話を思い出す。


 レオナの故郷にはリビングアーマーを人工的に作る研究をしていた集団がいて、その技術を使えば義肢が作れるかもしれないが、研究メンバーの中に反帝国主義者がいた――そんな話だった。


 今聞いた話の方が詳細だが、大筋としては同じだ。詳しさの差は現地で暮らしていた無関係な一般人の少女の知識と、冒険者ギルドのサブマスターによる情報収集の精度の違いだろう。


「アルトリンゲンの反帝国主義者について情報を集めてこい……そういうことですか」

「より正確には、未来技師と反帝国主義の関係の有無について調査して頂くことが任務となります」


 どうやら、ギルドとしては未来技師とやらをかなり疑っているようだが、あと一歩の手がかりが足りないといったところらしい。


「これは高ランクのギルド構成員に課せられる奉仕義務としての任務ですので、必要経費を除いて金品による報酬は支払われません。ですが実績としては間違いなく数え上げられます。拒否権は認められていますが……」

「……パーティの連中には、詳しい説明をしても……?」

「Cランク以下への情報共有は禁止とします。逆に、Bランク以上の冒険者との連携が可能な場合は積極的に情報を共有してください」


 ふぅ、と息を吐く。なるほど確かに、サブマスターの情報収集能力を甘く見てはいけない。クリスが本当はBランク冒険者であることも、サブマスター・ギデオンの娘であることも全て把握しているようだ。


 いやひょっとしたら、俺とクリスが会う前から事情を全て把握していたのかもしれない。親の同僚と考えれば不思議なことじゃないし、そもそもランクを偽装する許可の発行をサブマスターが知らないということもないだろう。


 この任務、どうやら俺とクリスの協力を前提としたものであるらしい。


「要請をお受け頂くのでしたら、書状をお受け取りください。正式な書類とサブマスターの署名が同封されています。もしも要請の真偽をお疑いなら署名を鑑定なさってください」


こちらが真偽を疑うことも織り込み済みか。俺は返事の代わりに、目の前に置かれた封書を手に取った。


 サブマスターの署名なり印なりが偽造できるとは思えないし、偽物なら偽造事件としてギルド本部が動くだけだ。そもそも、ギルド本部に問い合わせてはいけないという条件はないのだから、然るべき窓口から確認を取れば済む。


 結局のところ、この場で突っ返す方がよほど高リスク。俺はそう判断した。










 ――それからは色々と忙しい時間が過ぎていった。


 西方への旅の準備にクリスとの情報共有、指令の裏取りと下調べ。任務については、クリス意外のメンバーには存在自体を知られてはいけないので、気付かれないように動くだけでも一苦労だ。


 結論から言うと、任務を伝える書状は間違いなく本物だった。魔力による偽造防止技術も織り込まれていて、これが偽物なら冒険者ギルドの運営システムそのものが根底からひっくり返るレベルだという。


「これは喜ぶべきことだと思うよ。ギルドへの奉仕義務は『正式なギルド構成員として組織に貢献しろ』ということだ。お試し期間や出稼ぎまがいなんて揶揄(やゆ)されるDランク以下とは違う――冒険者という業界を支える一員として認められたわけだからね。将来の見込みがない輩には重要な任務なんて任されないのさ」


 諸々の準備に追われる最中、クリスはこんなことを言っていた。つまり、この任務は俺が冒険者ギルドでの()()()()()に乗った証拠ということだ。


 ……そう解釈すると悪い気はしない。そもそも俺の第一の目的は、冒険者の仕事で大金を稼いで、ギデオンに肩代わりしてもらっている村の復興費用を返済することである。ギルドで出世してもっと稼げるようになるのは大歓迎だ。


 けれど、懸念が一つだけ。


「なぁ、クリス。ギルドが収集してるアルトリンゲンの情報を見てみたんだけど、直近二、三年の直接的な情報が殆どないのはどういうことだ?」


 そのことを伝えると、クリスは困ったような表情を浮かべてこう答えた。


「思っているとおりだよ。現状、ギルドはアルトリンゲンの最近の状況を把握していない……間接的な情報ならそれなりに仕入れているみたいだけどね」

「何でだ?」

「ギルドの情報源は各地のギルドハウスや現地を訪れた冒険者からの報告だ。帝国でも最高レベルの情報網ではあるんだけど、完全じゃない。貴族の領地なんかの自治領には目が届きにくいし、依頼の発注が少なければ少ないほど、情報を獲得できる機会も減る。アルトリンゲンは後者のケースだね」


 念のため、これについてさり気なくレオナに確認を取ってみたのだが……


「え? そんなことなってたの? 私が町を出たのって三年前だから、その後に変わっちゃったのかな……」


 ……と、むしろ本人が驚いてしまった。


 何にせよ、今のアルトリンゲンは冒険者に依頼を出すことが殆どなくなってしまっているらしい。このせいで、ギルドがアルトリンゲンについて把握している情報は、他の町村のギルドハウスや冒険者が聞いた間接的な情報くらいしか存在していない。


 そうした断片的かつ不確実な伝聞情報を統合すると、どうやらアルトリンゲンは『未来技師』を名乗る技術者集団の恩恵を一身に受けていて、困ったことがあっても冒険者に頼らず、他の町村との交流も薄くなっているらしい。


 ――きな臭い。どう考えても不審だ。これで本当に平和的な発展だったら逆に驚いてしまう。


「まぁ……だからと言って引くわけにはいかないんだがな」


 現状、アルトリンゲンの町がどうなっていたとしても、今の俺には予定を変更するという選択肢はない。右腕を補う可能性を探るためにも、サブマスター・エメトの指令を完遂して迅速なランクアップにつなげるためにも。


 そして、レオナの故郷で起きているかもしれない異変から目を背けないためにも。


 今回の旅路に寄り道はない。時間を活用するために、アルトリンゲンまでの道すがらにある村までの物品輸送依頼は受けておくが、道を逸れることも余計な警戒をすることもしない。


 最速でアルトリンゲンまで到達し、全ての目的を果たすのだ。

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