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184.再びの帝都

 その後、俺達はちょっとした危機を何度か潜り抜け、無事に帝都まで辿り着くことができた。


 地平線の果てまで伸び広がる城壁。無数に建ち並ぶ背の高い建物。際限なく溢れ返る人の群れ。帝都を訪れたのはこれで二回目だが、何度見ても目眩(めまい)がしそうになるくらいの大都市である。


 帝都の(まぶ)しさに目が(くら)んでいないのは、帝都育ちのクリスと普段通りの鉄面皮のカルロスくらいのもので、それ以外の面子はあちらこちらに視線を奪われてしまっていた。


「これが帝都……こんなときじゃなかったら……」


 ずっと追われる身だったステファニアも、そんな境遇を忘れたような明るい表情で周囲を見渡している。


「観光は後でゆっくりな。まずはギルドに報告だ」

「ごめん、そっちが先決だったわね」


 基本的に、護衛依頼の終点は目的地のギルドハウスか、それがなければ現地の役場と相場が決まっている。どちらにせよ護衛対象本人を無事に連れてきて初めて依頼完遂の認定を受けられるわけだ。


 ギルドまでの道中、警戒を途切れさせないよう気をつけてはみたものの、皇帝陛下のお膝元で地方の()()()()が白昼堂々殺しにかかるなんて、そちらの方が自殺行為。襲撃なんてあるはずもなく安全にギルドハウスに到着した。


 冒険者でごった返すメインホールの奥のカウンターで手続きを済ませ、皆のところに戻ろうとした矢先、ステファニアが一人きりで近づいてきた。


「ありがとう。君達がいなかったら、今頃どうなってたことか」

「俺の方こそいい経験させてもらったよ。ところで、これからはどうするつもりなんだ? もう東方には戻れないんだろ」

「……まだカルロスにも相談してないんだけどね。私……」


 ステファニアは大勢の冒険者が集うメインホールを見渡し、そして満面の笑みを浮かべた。


「冒険者になろうと思ってるの」


 予想外の言葉を聞かされて、とっさに返事をすることができなかった。


「ほら、前に言ってたでしょ。冒険者ギルドは冒険者の邪魔をする奴らを絶対に許さないって。私達にはもう帰る場所も後ろ盾もないから、新しい後ろ盾は必要になってくるはずだから」

「ああ……なるほどね」


 冒険者やその協力者に対する悪意ある妨害を、ギルドは決して許さない。


 もちろん、妨害を自力で跳ね除けられるかどうかも実力を図るバロメータではある。些細(ささい)な妨害で諦めてギルドに泣きつくような奴はギルド内での評価を下げられてしまう。


 ステファニアの場合のような、過去の遺恨を理由とした襲撃が報復すべき妨害と判定されるのか、俺には断言できない。だがひとたびそう判断されれば、名だたる高ランク冒険者が群れをなして報復に乗り出すことになる。


 これは大きな脅威だ。ひょっとしたらそうなるかもしれないという可能性だけでも、相手に二の足を踏ませるには十分すぎる。


「後ろ盾っていうだけじゃなくて、稼ぐ手段としても魅力的だしね。(ファミリー)は完全に畳んじゃったから、これから先の収入源のことも考えなきゃ」

「そうだよな。俺達に三万五千も払ったんだから、懐も寂しいか」

「必要とはいえ手痛い出費だったわ」


 ステファニアはくすりと笑い、そして肩の荷が下りたような表情で、メインホールの高い天井を見上げた。


「余生を過ごす……っていう歳じゃないし、第二の人生っていうのかな。守ってもらった命、後悔しないように使っていきたいと思うんだ」

「……第二の人生、か……」


 俺にとっても無関係な言葉ではない。新堂海(前の俺)にとってカイ・アデル(今の俺)はまさしく第二の人生だ。


 果たして、それを悔いることなく使い切ることができるのか。


 きっとこれは、カイ(おれ)が一生かけて向かい合っていく課題なのだろう。いつか命を落としたときに、あのときのように後悔を抱きながら死んでいくのは絶対にお断りだ。あんな悔しくて虚しい死に方は二度と味わいたくはない。


 そのためにも()()を何とかしなければ――俺は偽物(はりぼて)の右腕に左手を添え、決意を固く胸に刻み込んだ。









 護衛依頼を終えた翌日、俺は帝都の大図書館に足を運んでいた。目的はもちろん失った右腕を復活させる手段を探すためである。


 その間、エステルを始めとする他のメンバーには冒険者としての依頼を受けてもらっている。護衛依頼の報酬で路銀は問題なく足りているが、仕事の現場でしか手に入らない情報もあるはずだ。


「まずは最近の学会誌から当たるかな」

「医学関係ならこっちの会報誌の方が詳しいよ」


 ルースが何冊かの蔵書を探してきてくれた。本業だけあってどれを読めばいいのか良く知っているらしい。


「悪いな、こんなこと手伝わせて」

「気にしないで。専属医として当然ですから」

「……いつ専属医になったんだ? 患者的に衝撃の事実だぞ、おい」

「そもそも私、冒険者として登録してないでしょ。パーティメンバーでもないくせに付いてくる癒し手なんて、専属医以外に呼びようがないじゃない」


 そう言われると否定の余地はなかった。


 ルースは正式な冒険者ではなく、俺の右腕のケアのためにわざわざ同行してくれている立場だ。護衛依頼の報酬の分配も、冒険者パーティのメンバーとしての配分ではなく、癒し手に支払う報酬という名目で渡している。


 ちなみに、資料探しに協力してくれているのはルースだけではない。帝都が故郷と言えるクリスも別ルートから情報収集をしてくれている。


 そして、ここにもう一人――


「西方の犯罪資料を軽く当たってみたけど、私の故郷で反帝国主義者が検挙された報道はないみたい。多分、まだ潜伏して研究を続けてるんじゃないかな」


 普段着のレオナが、吹き抜けの二階に通じる階段を降りてきた。


「リビングアーマーを真似た義肢を作ってるっていう連中だな。合法的に手に入るなら一番の候補なんだけど……」

「地元でも有名な変人集団だったから、あまりオススメはしたくないけど」


 レオナが何かに迷うように視線を横に泳がせた。俺はそれを見て、心に思い浮かんだ言葉を素直に投げかけた。


「なぁ、レオナ。やっぱりお前、故郷に帰りたくないんじゃないのか」


 色の薄い唇がきゅっと引き結ばれる。図星のようだ。スキルなんて持っていなくても読み取れる。


「帰りづらい事情があるなら遠慮なく言ってくれていいんだ。俺だって、自分のせいで仲間に無理はさせたくないんだからな。それに……」

「いいの」


 短く、それでいて強い返答だった。


「私だって、私のせいでカイに無理はさせたくない。責任を取るためなら、私個人の問題なんて大したことじゃないんだから」

「責任だって? ひょっとして腕のことか? だったらお前に責任なんてあるわけないだろ。あんなの腕一本で済んだだけでも安いもんだ」

「カイは優しいからそう言ってくれるけどね」


 レオナは顔を上げてしっかり俺と目を合わせてきた。


「私は私に優しくなんかできない。ああなったのは自分のせいだ……私がもっと強ければ……そんな風に思ってしまうの。カイがなんて言ってくれてもね。あの日からずっとそうだった」

「……レオナ……」

「だから、お願い。私に自分自身を説得させて。やれることを全部やって責任を取ったんだって信じさせて」

「けどな……うわっ!」


 突然、薄い雑誌で顔を軽く(はた)かれた。驚いてそちらを見ると、ルースが責めるような視線を至近距離から向けてきていた。


「せっかくだから便乗させてもらうけど、私もレオナと同じ気持ちだからね? カイは何でも背負(しょ)い込みすぎなのよ」

「……ごめん……ああ、いや、そうじゃなくて」


 ここは謝るべき場面じゃないと思い直し、改めて二人に向き直る。


「二人とも協力してくれ。ルースは医術的な手段について調べて欲しい。レオナは俺の情報収集の手伝いと、もしも帝都で成果が得られなかったら……そのときは西方の案内を頼む」

「分かった、任せて」

「最初からそのつもりで来たんだしね。専門的なことは本職の癒やし手に任せてちょうだい」


 レオナは神妙な顔で頷き、ルースは自慢げに胸を叩いた。


 まずはこの帝都で失った右腕を補う手段を探し、見つからなければレオナの故郷の西方へ向かう。護衛依頼に出る前から決めていた方針だ。レオナ達が構わないというなら全力でそれを推し進めよう。


 そして新しい資料を探そうとした矢先、二階に通じる階段から奇妙な姿の人物がゆったりとした足取りで降りてきた。


『君達、ここは図書館だよ? もう少し声を抑えてくれたまえ』


 足先から指先、そして頭の先まで隙間なく覆い尽くす重厚な着衣。顔を完全に覆い隠す金属製で光沢のある仮面。ルースは怯えて俺の後ろに隠れ、レオナは警戒心も露わに身構えた。


 けれど俺はこの人物を知っている。この声をよく覚えている。


「サブマスター・エメト!」

『久しぶりだね、ギデオンのお気に入り』

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