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183.護衛依頼-終結

 結論から言うと、その夜はこれ以上の襲撃を受けることはなかった。


 イズレイルが戻ってきやしないかとか、仲間を送り込んでこないかとか、他にも刺客が潜んでいないかとか、一晩中あれこれ気を揉んでいたのも杞憂に終わった。それ自体は間違いなく喜ばしいことなのだが、徒労感を覚えてしまったのは否定できない。


 そして幻影をばら撒いていたグッド兄弟を尋問した結果、いくつかの興味深い情報を得ることができた。


 グッド兄弟がこのホテルにやってきたのは、やはり何者かの誘導を受けてのことだった。彼らは幻影で幽霊騒ぎを起こして宿泊客の金品を盗む泥棒で、とある情報筋からこのホテルが絶好のスポットだという情報を得て新たな標的にしたらしい。


 情報源は犯罪者を顧客にしている情報屋。しばらく無害を装って宿泊し続け、大勢の宿泊客、つまり俺達がやってきたので実行に移したのだという。


 イズレイルとの関係は完全否定。自分達の盗みの裏でそんな計画が進んでいたことすら知らなかったと主張している。クリスの《真偽判定》でも嘘ではないと判定されたので、これについては信じてもいいはずだ。


 そしてイズレイルが幻影を使っていた件についても、彼らは何も知らなかった。あれはイズレイル自身のカードの効果か、知らないうちに幻影の中継ポイントの像に細工がされていたかのどちらかだったのだろう。


「彼らは(てい)よく利用されたんだろうね」


 詰問を終えたクリスが憐れむようにそう呟いたのが印象に残っている。


 恐らく、全てはステファニアを狙う地下組織の仕込みなのだろう。情報屋を介して、俺達が通るであろうルート上に幻影使いをおびき寄せ、本命の刺客がそいつらの活動に便乗して襲撃する――そういう作戦だ。


 犯罪者に情報だけを流し、手下を一人送り込むだけでホテルひとつを丸ごと罠に変えてしまった。とんでもない費用対効果(コストパフォーマンス)だ。きっとこの調子で四方八方に罠を張って俺達を待ち構えていたに違いない。


 しかもグッド兄弟があれこれ細工をしていたように、襲撃のお膳立てのための準備やコストを赤の他人が被ってくれるのだから、あちらとしては至れり尽くせりの戦略である。


「実行犯さえ逃げおおせればボク達は何の手掛かりも得られない……本当によく考えてあるよ。悪事のプロは一味違うね」


 ――そうクリスが言った通り、俺達は危機を退けはしたものの、それ以上の情報は得られていない。


 けれど、それで構わない。俺達の役目はあくまで護衛。ステファニア達を無事に帝都まで送り届けることが全てであって、刺客を送り込んでくる大元をどうこうする必要なんてないし、そんなことに割く労力があるなら護衛に力を注いだ方が何千倍もマシだ。





 そうして俺達は念入りに警戒を続けたまま一夜を過ごし、夜明けを待って帝都へ出発することになった。





「みんな、荷物は積みこんだか?」


 馬車の準備をしながらパーティの面々に確認を取る。


 このホテルではもう二つのパーティに見せかける必要もないので、出発の準備も全員で手分けをして進めている。ステファニア一行を含めた十人で一斉に作業をするのは出発の時以来なので、妙な懐かしさを感じてしまう。


 まだ眠たそうな馬にブラシをかけて目を覚まさせていると、朝日がまるで似合わない雰囲気の管理人が音もなく近付いてきた。


「……この度は、大変なご迷惑を……申し訳ありません……」

「こちらこそすいません。状況が状況とはいえ部屋をボロボロにしてしまって」


 ホテルを破壊したのは殆どがイズレイルの仕業だが、とりあえず俺も管理人に謝っておく。俺達が賠償をする必要はない案件ではあるが、巻き込んでしまった立場として最低限の礼儀だ。


「帝都から……お帰りの際には、またのご利用を。もうすぐ照明も、復旧いたしますので……」

「はい、またお邪魔します」


 無表情なように見えて、迷惑をかけたと思うならまた利用しろ、という無言のプレッシャーを感じずにはいられない上目遣いだ。


 冒険者顔負けの抜け目のなさだ。これくらいの()()()()さがないと、街道沿いの宿屋の経営なんてやっていられないのかもしれない。


 管理人が立ち去ったのと入れ替わりに、俺達が乗ってきたのとは別の馬車がゆっくり近付いてきて、少し離れたところで停止した。


「よぉ! 俺らは先に行くから、道中気を付けてな!」

「カーマイン。傷はもういいのか?」


 占い師のジェシカと自称占い師のカーマインの馬車だ。ジェシカは客車でしきりに化粧を気にしていて、御者席のカーマインは爆発を浴びて負傷したとは思えないくらいの元気ぶりを見せている。


「ああ、そっちの癒し手が《ヒーリング》で綺麗に治してくれたからな。ああいう子が一緒にいてくれたら俺も……って、そんな怖い顔すんなよ。俺もあんな人材と巡り合いたいなって思っただけだからさ」


 カーマインは軽い態度でひらひらと手を振って笑った。


 客車の後部に視線を移せば、手を縛られたグッド兄弟が肩を並べてうなだれて座っている。


「本当に任せてもいいのか?」

「そっちは護衛中なんだろ。治療費代わりに役人のとこまでキッチリ運んで行ってやるよ」


 地下組織の刺客ではなかったとはいえ、グッド兄弟は犯罪者だ。解放するわけにはいかないが、かといって管理人しかいないホテルに残しておくわけにもいかない。護衛依頼の道中に同行させるのは問題外だ。


 そこでカーマイン達が、グッド兄弟を役人に引き渡す役割を買って出てくれたというわけである。


 幸いにも、グッド兄弟は幻影絡みのカード以外に強力なカードを持っていないので、ジェシカとカーマインの手札だけで対処しきれるそうだ。


「早く出発しましょ。お昼までには済ませたいわ」


 馬車の中からジェシカが気だるそうに顔を出してきた。改めて見ても本当の性別が分からない化粧ぶりだ。ひょっとしたら、変装系のスキルカードか何かでも使っているのかもしれない。


「それもそうだな。ああそうそう、冒険者さんよ、あんたらは東から帝都に行くとこだろ? 俺達は東に行ってハイデン市あたりで稼ごうと思ってるんだ。また会う機会があったら占わせてくれよな」

「考えとくよ」


 カーマインはニイッと口の端を持ち上げて笑い、手綱を握り締めた。


「最後に一つ、面白いこと教えといてやるよ」


 まるで明日の天気の話でもするかのような気軽さで、カーマインは耳を疑うようなことを口にした。


「そっちのパーティにいるレオナって子、割とエグい前世してるぜ。ひょっとしたら後で面倒なことになるかもな」

「……は? おい、何を言って……!」

「じゃあな! また会おうぜ!」


 発言の意図を問い質す暇もなく、カーマイン達を乗せた馬車は東に向けて走り去っていった。


 遠ざかっていく馬車の後ろ姿を見やりながら、カーマインの言葉を思い起こす。今の意味不明な発言ではなく昨日の夜に交わした会話の方を。


『前世の記憶はその人間の根底を形作っている。基礎設計、構造の骨子と言い換えてもいい。前世を占えばその人間の辿るべき道が浮き彫りになるんだ』


 ――ああ、奴は確かにそう言った。カーマインの考えが正しいと仮定すれば、レオナもまた前世に影響を受けて育ち、前世を踏まえた生き方をしていることになる。そしてそれが()()()と評されるものであれば――


「ねぇ、カイ。もう準備は終わったんだけど、出発しないの?」


 驚いて振り返ると、レオナが怪訝そうな顔で首を傾げていた。


「……そうだな、さっさと出発しようか」


 下らない考えを振り払って自分達の馬車に戻る。信憑性も定かじゃない前世占いとやらに頭を悩ませている暇はない。護衛依頼のラストスパートに意識を注がなければ。


 けれど最後にひとつだけ、何の価値もない確認の言葉を投げかける。


「あいつら占い師だったんだよな。レオナは占ったりしてもらったのか?」

「まさか。そんな暇なかったでしょ。第一、私そういうの好きじゃないし」

「そう、だよな。確かにそうだ。そもそも占いに一喜一憂するレオナなんて想像できねぇわ」

「はいはい、女子っぽくなくて悪かったわね」


 レオナは冗談めかした態度で肩を竦めた。


 俺は《真偽判定》スキルなんて持っていないしコピーもさせてもらえていないのだが、レオナとはそれなりの付き合いになる。だからレオナの言葉に誤魔化しはないと直感的に理解できた。


 しかし、仮にカーマインが本当に前世を見ることができたなら、理解できない点がいくつも生まれてしまう。


 カーマインの同行者であるジェシカは、カーマインが得意だと自称していた前世占いなるモノを知らなかった。そんな占いなんて聞いたことすらないと断言したうえ、カーマインの占いは普通のカード占い――例えばトランプやタロットのような――だと証言した。


 だから俺は、前世が見えるというカーマインの主張を偽りだと考えていた。占いに見せかけて別のスキルやスペルを行使するつもりだと疑っていた。前世を見抜くカードが存在しうるとは思っているが、カーマインはそれを持っていないはずだと判断していた。


 そうでなければあまりにも不気味だ。行動原理が理解できない。


 前世を見抜くスキルを持ちながら、それを占い師の稼業に使わず、同行者にも打ち明けていない――そこまではまだいい。秘密にするのも理解できる。


 ならば何故、俺に『前世占いをしてみないか』と持ち掛けたのだろうか。


 カーマインが本当にレオナの前世を見たのなら、奴は俺の前世を把握した上であんな誘いをかけてきたことになる。ろくに顔を合わせたこともない少女の前世を見抜いておいて、直接言葉を交わした俺の前世が見抜けない理由なんてないはずだ。


 となるとあのとき、奴は俺に()()()()()()()()()()()()


「……くそ、気味が悪ぃ……」


 腑に落ちない思いを抱えたまま、俺は帝都に向かって馬車を走らせた。

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