177.護衛依頼-休息(1/2)
割り当てられた部屋に全ての荷物を置いてから、俺は少しホテルの中を見て回ることにした。
ステファニアの護衛は付き人の二人とレオナがいるし、必要とあらば別パーティの振りをしているエステル達に『意気投合したよその冒険者が交流に来た』という体裁で護衛役に加わってもらうこともできる。俺一人が別行動したくらいで破綻するような体制にはしていない。
とは言うものの、流石に依頼と無関係な理由でステファニアから離れることはしない。これにだってきちんとした理由があるのだ。
「妙なものは見当たらないな……」
ロウソクを片手にあちらこちらを歩き回り、不審な点がないかを確認する。実際には《暗視》をコピーしているのでロウソクは必要ないのだが、能力を偽装するためにあえて持ち歩いている。
ステファニアを狙う刺客がこのホテルで待ち伏せているなら、自分が有利になるような仕込みを済ませていても不思議はない。余裕のあるうちにそれを確かめておくことが今回の目的だ。
これは他の皆には任せられない。初めて泊まるホテルのどこがおかしいか初見で分かるわけがないので、以前ここを利用したことのある俺がやらないといけない役目である。
まぁもちろん、俺だって隅々まで覚えているわけではないから、他の皆よりは比較的マシという程度でしかないのだが。
この探索自体を怪しまれたらどうするんだ――ベルナルドはそんな懸念を抱いていたが、そういう場合はレオナを『護衛依頼の依頼主』に見せかけていることが効いてくる。依頼主のために万全を期していると説明すれば解決だ。
「おっと! ……なんだこれ」
曲がり角のところで、角に置いてあった妙な置物を蹴っ飛ばしてしまう。拾い上げて観察してみると、それは簡素な造りをした手のひら大の木の彫刻で、頭のところに黒い石がはめ込まれていた。
《暗視》を《鑑定》スキルに切り替えて彫刻を注視する。即座に周囲が闇に包まれるが、ロウソクのおかげで《鑑定》をする分には支障はない。
――特定のスペルカードの効果を中継する人工石。錬金術スキルによって生成可能――
これは彫刻ではなく石の効果か。明らかに不審な代物だ。何かしらの不穏な意図があって置かれたことは間違いないだろう。
「ああ、それか。冒険者の兄弟が置いて回ってたぞ」
「……っ!?」
不意に背後から話しかけられ、咄嗟に《暗視》をノーモーションで再コピーしながら振り返る。そこにいたのは見覚えのない顔の男――いや違う、消去法で考えればこいつが占い師のカーマインということになる。
「……もういいのか?」
「お気遣いどうも。食欲が戻って来るくらいには良くなったよ。慣れない長旅はするもんじゃないね」
鎌をかける意味も込めて曖昧な言葉を投げかけてみたが、目の前の男は即座に体調不良のことだと理解した。やはりこいつがカーマインで間違いないと考えてよさそうだ。
「冒険者の兄弟っていうとグッド兄弟か。こんなもの何に使うつもりなんだ」
「さぁ? スペクター退治の下準備のつもりなんじゃないか?」
カーマインはさして興味なさそうにそう答えた。
これ以上カーマインから詳しい情報を聞き出すのは無理だと判断し、彫刻を懐にしまって別の話題を切り出す。
「占い師って聞いたけど、長旅なんてする必要ある仕事なのか?」
「必要はないけどさ。もっと人の多いところに行かないと稼ぎがな……ひょっとして本当に占い師かどうか疑ってんのか?」
茶化すような口振りで愉快そうに笑いながら、カーマインは俺の問いかけの真意を言い当てた。偶然の的中なのだろうが思わずどきりとさせられてしまう。
しかしカーマインは、俺にとってそれ以上に息を飲まざるを得ない一言を、いとも簡単に口にしたのだった。
「何なら占ってやろうか。得意分野は前世占いだけど、知ってるか?」
前世。その言葉を聞き流すことは、俺にはできなかった。あまりにも他人事ではなさすぎる一言だったからだ。
「……前世なんてほんとにあるのか?」
「あるとも! 《前世記憶》っていうカード、名前くらいは聞いたことがあるだろ? あれは噂だけの存在じゃなくて本当に実在するんだ」
言われるまでもなくよく知っている。カーマインが前世についてどんな認識を持っているのか確かめたかっただけだ。
俺がそれ以上何か尋ねるまでもなく、カーマインはどんどん饒舌になっていった。
「あれのことを『前世の記憶を得るカード』だと思っている人が多いけど、それは違う。前世の記憶は誰もが持っているものなんだ。《前世記憶》はそれを思い出させてくれるカードに過ぎない」
俺が《前世記憶》を使ったとき、新藤海としての記憶は外から流れ込んできたのではなく、内側から湧き上がってくるように感じられた。文字通り、それまで思い出せずにいた記憶が蘇ってきた感覚だった。
「前世の記憶はその人間の根底を形作っている。基礎設計、構造の骨子と言い換えてもいい。前世を占えばその人間の辿るべき道が浮き彫りになるんだ。もちろん一回の占いで全てが見えるわけじゃないけどね。初回は無料にしておくから試してみないか?」
「……いや、遠慮しとく」
記憶が影響を云々という話は一旦脇に置いておくとして、カーマインの営業スタイルからは悪徳商法の気配をひしひしと感じずにはいられなかった。もちろん俺の考えすぎかもしれないけれど。
それはそうと、カーマインの背後から近付く人影が《暗視》スキルのおかげで見て取れたのだが、明らかに無害な相手だったので黙っておくことにした。
「一回くらいやってみろよ。参考にならなくても損は……」
「……あの……」
「うわあっ!?」
カーマインは不意打ちで声を掛けられ、驚いて飛び上がった。
声の主はこのホテルの管理人の女性だった。見た目が陰鬱で暗いのはもちろん、不思議と気配まで感じにくい人なので、カーマインも声を掛けられるまで存在に気付けなかったようだ。
「大浴場の準備が……整いました……お早めにご利用を……」
「あ、ども……。でもその前に腹が減ったんで何か食べたいなって」
「……ご用意、しております……」
今は寝込んでいるカーマインもどうせ腹を減らすんだろう、と言っていたジェシカの読みは大当たりだった。
カーマインを食堂に送り出した後で、管理人は改めて俺に向き直った。
「……大浴場のご利用をお早く……他の殿方は、当分ご利用なさらない……そうですから……」
「他の人達は何をしてるんですか?」
「グッド御兄弟は、スペクター退治の下準備を……出ませんけどね……イズレイル様は、普段から、真夜中までご執筆を……ライラバード様のご一行には、これからお声を掛けに……」
ライラバードというのはベリルが使っている偽名だ。ベリルの綴りを逆にして文字を足した琴鳥。出発前に本人が即席で考案したものだが、なかなかセンスのある偽名だと思う。
コトドリという動物は生前の世界にいた気がするが、楽器と鳥を組み合わせて命名するアイディアは別に被っても不思議じゃないだろう。
「スペクター退治の下準備って、これのことですか?」
試しにさっき回収した小さな彫刻を管理人に見せてみたが、よく分かっていない顔で首を傾げるだけだった。どうやらこちらからも有力な情報は得られそうにないらしい。
「……ライラバードさん達とは隣の部屋だから、着替えを取りに行くついでに声をかけておきますよ。それよりカーマインを手伝ってやらないと、食事がどこにあるのか分からなくて困ってるんじゃないですか?」
俺がそう言った直後に、管理人を呼ぶカーマインの声が廊下に響いた。
「……では……お願い致します……」
管理人を見送りながら右の二の腕に左手を添える。俺達以外の男連中は別のことに忙しくて、当分は浴場を利用しないらしい。失った右腕の偽装を隠しながら入浴するには絶好の機会だ。
偽装がバレることを気にするなら入浴しなければいいのでは、とも考えたが、それはいくら何でも不自然だ。
長旅に疲れた旅人は、必ずと言っていいほど宿の浴場を利用する。そうやって疲れを癒し、翌日以降の旅路に備えるためだ。休息を取るための宿場に泊まっているくせに、旅の汚れと疲れを落とさないなんて普通ではない。
そんな常識的なことをやらない時点で、何かしらの訳アリだと自白しているようなものである。例えば、右腕がないことを知られると正体に気付かれるのではと心配している俺のように、他人に体を見せたくない理由があるとか。
周囲に怪しまれないよう自然な行動を心掛ける――それは浴場の利用すらも例外ではない。ただそれだけのこと。
……まぁ、汗を流してさっぱりしたいという欲求もあるのだけれど。