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173.護衛依頼-出発準備

 一週間の準備期間はあっという間に過ぎていき、帝都までの護衛依頼に出発する日がやってきた。


 準備は万端だ。抜かりない。装備の更新から必要物資の調達、そして新カードと新装備を使いこなす練習までしっかりと済ませてある。馬車の手配も完璧だ。


 これまでは先輩冒険者や依頼主の手配に頼りがちだったが、冒険者として色々と経験を積んできたおかげで、自分達だけでも必要な準備ができるようになってきた。これも冒険者としての成長と言えるだろう。


「馬車は全員が乗れる十人乗りを二台。コストは相応に掛かりますが、襲撃に遭って片方が壊されても移動を継続できるように備えます。それと空きスペースに修理用の部品を積んでおくので、必要に応じて修理しながら移動し続けられますね」


 出発前に、ハイデン市郊外に停めておいた馬車の前で、ステファニア達三人に今回の備えについて説明する。


 ステファニア達は一週間ずっと組織(ファミリー)解体の事後処理に駆け回っていて、最初の顔合わせ以外に打ち合わせをする機会が全くなかった。


 細かい内容は俺達に一任するとのことだったので好きに準備させてもらったが、出発前の説明くらいはちゃんとしておかなければ。


「なるほど。問題なさそうだな」

「何から何までありがとうございます」


 カルロスは馬車の具合を直接目と手で調べて納得し、ステファニアは丁寧にお辞儀をした。その後ろで、金髪の少年は着慣れないデザインの服に戸惑っている。


「……なぁおい。本当にこんな格好しなきゃダメなのか?」

「バレる可能性は少しでも減らしたいだろ」


 今回、俺達は全員が普段と違う髪型と服装で出発することにしていた。目的はもちろん追手の目を欺くためだ。効果の程はイマイチ分からないが、やれることはやっておいた方がいいはずだ。


 例えば、金髪の少年はチンピラ然とした格好を改めて育ちの良さそうな風貌に偽装し、ステファニアは特徴的な赤い長髪をコンパクトにまとめ、上着のフードを被って隠している。


 カルロスは傷だらけの顔そのものが最大の特徴になってしまっているので、マスクと帽子で顔を隠してもらうことになった。ぶっちゃけ不審者にしか見えないが、これも苦肉の策だ。


「お前の右腕もその一環か」


 当のカルロスが俺の右腕に視線を向ける。俺の上着の右袖は、そこに腕が収まっているようにきちんと膨らんでいて、袖口からは手袋に包まれた『手』が覗いていた。


 もちろん本物の腕ではない。偽装のための偽者だ。


「単純な誤魔化しだけど何もしないよりはマシだろ?」

「同意はするが、もう一工夫要るな。手袋の下に包帯でも巻いてみたらどうだ。右腕が動かないのを怪しんだ奴を納得させる、二重の偽装だ」

「そうだな……三角巾で吊って怪我に見せかけるのはわざとらしすぎるからしなかったけど、それならさり気なく騙せそうだ」

「お嬢もです。我々は冒険者パーティの一員に成りすまして動くんですから。他人行儀はここまで。俺とベルナルドもそうします」

「む……分かった。カイ達にも普段と同じ態度を、でしょう?」


 カルロスは的確かつ必要最小限のアドバイスをしてくれている。三人の中で一番マフィアらしい印象のとおり、この手の偽装工作に関する経験も豊富なようだ。


 ベルナルドというのは、そう、確か金髪の少年の名前だった。他の二人と比べて名前を思い出す機会が極端に少ないせいで、つい忘れがちになってしまう。


「馬車の割り当ては五人ずつで、宿を取るときはそれぞれ別のパーティに偽装する。俺達はレオナを『護衛依頼の依頼主』に見せかけて、そいつを護衛する冒険者っていう設定でいこう。それでよかったか?」

「ええ、お願い」

「最初は俺が同乗するから、何か疑問点があったらそのときに聞いてくれ」


 ステファニア達三人との打ち合わせを打ち合わせを終わらせて、今度はパーティのメンバーの様子を見に戻る。


「……壮観だな」


 思わず正直な感想が口を突いて出た。皆揃って髪型や服装をがらりと変えているせいで、まるで別のパーティのようにしか見えなかった。


 エステルは髪型を変えてエルフの特徴である耳を自然に隠し、ルースは癒し手とは思えない冒険者らしい格好をしている。ベリルは普段の真面目で大人しい雰囲気から一変して、普段の金髪の少年(ベルナルド)のような不良じみた雰囲気になっている。


「皆凄い変わりようじゃないか」

「でも全然似合ってないですよ……」

「ベリルは喋ったら即バレそうね」


 ルビィの言う通り、ベリルは見た目と中身のギャップが大きすぎて、口を開いた瞬間に変装だと気付かれてしまいそうだ。


 ちなみにルビィの方は、普段と違う服飾センスの冒険者ルックに身を包んでいた。普段の格好はどちらかと言うと戦闘に重点を置いた格好だが、今の服装は文字通り冒険や探検に向いた格好である。


「一番凄いのはレオナとクリスですけどね」

「ほんとビックリするから見てみなよ」


 エステルとルースに背中を押されて着替えのために使っていた小屋に入る。そこで待ち受けていた光景に、思わず目を奪われてしまう。


「やぁ。うまく化けられたと思うんだけど、どうかな」

「違和感が無さ過ぎて怖いな……」


 クリスは男物の衣装に身を包んでいたが、これがまた見事なまでの嵌りようだった。元から中性的な美少女だったクリスが本気で男装したことで、目を見張るほどの美少年に仕上がっている。


 正体を隠す偽装工作は男装にするとクリスから聞かされた時点で、きっと恐ろしく似合うんだろうと思っていたが、実際の出来栄えは想像の遥か上を行っていた。


「恐らく、追手の殆どはボク達を直接目にしていない構成員のはずだ。訓練を受けていない人間が見たことのない誰かを探す場合、大抵は性別と年齢を最初の手掛かりにする傾向にある。三十代くらいの男だとか、十代の女だとかいう感じでね」

「まぁ……他の特徴と比べて歳と性別は誤魔化しにくいしな」


 この世界にはまだ写真が存在しない。何かしらの特殊なスキル――そんなものがあるのかは知らないが――を使わない限り、追手の情報源は人づてに聞いた情報に限られ、精々が人相書くらいのものだ。


 そんな状態で大勢の旅人の中から特定の集団を探そうと思ったら、最初のとっかかりとして変動しにくい情報を頼りにするのは当然の成り行きだ。例えば『男が四人で女が六人のパーティ』に狙いを定め、合致した集団を詳しく観察するといった具合に。


 馬車を二つに分けてそれぞれ別のパーティに見せかけるのも、この点を突いて追手の目を逃れる作戦の一環だ。当然、完璧な対策なんてものは存在しないので、複数の偽装工作を組み合わせて帝都を目指すことになる。


「偽装工作を見破れるスキル持ちがいたら一発でバレるんだろうけど、やれることは何でもやっとくに越したことはないな」

「うん、そうだね。ところでそろそろ()()()にも反応してあげたらどうかな」


 クリスにそう言われて思わず言葉に詰まる。部屋に入ったときに視界に収め、それ以降はなるべく意識しないようにしていたのだが、否応なしに向き直らずにはいられなくなる。


 今まで背を向けていたその先に、レオナがむすっとした顔で佇んでいた。今まで見たこともないくらいに少女らしい衣服で華やかに着飾って。


「……、……、……」

「……何か言いなさいよ」


 言葉にならなかった。変だとか似合っていないとかそういうわけじゃない。むしろとてもよく似合っている。似合いすぎているからこそ驚いてしまったのだ。


 普段のレオナは冒険者らしい装備で身を固めている。当然ながら可愛げやら何やらとは無縁で、時々レオナが女であることすら忘れそうになるくらいだった。そのレオナがこんな格好で目の前にいるのだから、驚くなというのは無理な話である。


 付け加えれば、恥ずかしそうな顔というのもまたレアな表情で、別人感をより一層強くしていた。


「何つーか、いつもは全然女っぽくない妹がいきなり()()()()()()とか、そういう印象が……妹いないけど」

「よく分かんないけど(けな)してるってことでいい?」


 笑顔で握り拳を作って見せるレオナ。中身は普段と変わらないことにほっとしつつも、両手を軽く上げて降参の意思表示をしておく。


 妹というのは失礼な表現だったかもしれないが、率直な感想だ。カイ・アデル(今の俺)を基準にすれば同年齢でも、新堂海(前の俺)にしてみれば十歳近く離れている。現在の精神年齢がその中間としてもおおよそ五年分の違いがある。


 これを無難な言葉で表現しようと思ったら、妹のようなもの、というのが一番しっくりくるだろう。多分。


 そんなことを考えていると、美少年に扮したクリスが軽く肩をすくめた。


「残念。今回はボクの負けか」

「負け? 何の話だ?」

「レオナと賭けをしていたんだよ。カイがレオナの服装を褒めるかどうかでね」


 ああ……そういうことか。


「賭けに勝ったんなら喜んだらいいのに……痛っ」


 レオナは俺の頭を拳で軽く小突いてから、スカートを翻して小屋を出ていった。


「私は護衛される役なんだから、何かあったらしっかり守ってよね。依頼主が自力で戦うなんて最後の手段なんだから」

「……もちろん。任せとけ」

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