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172.慣らし運転

 ステファニアの依頼の受諾が決まり、俺達は晴れて冒険者の仕事をしながら帝都へ向かうことができるようになった。


 右腕を失った状態でもCランクに相応しい仕事ができると証明すれば、実力不足を理由に降格させられることはない。それと同時に帝都へ向かい、失った右腕を取り戻す方法を探すのが最善――それが当面の方針であり、ステファニアの指名依頼は正直渡りに船だった。


「前から思ってたんですけど、Cランクに相応しい仕事って具体的にどんな感じの依頼なんでしょうか」


 冬の装いを整えたハイデン市の大通りを訓練場に向かって歩いていると、同行していたルビィがそんなことを訊ねてきた。深刻な質問をしている雰囲気は全くない。何気なく頭に浮かんできた話題を、単なる雑談として口にした程度の口振りだ。


「そりゃあ、魔物絡みの依頼だとか、後は役人からの重要な依頼だとか。遺跡調査も危険度が高いところはCランク以上のメンバーが必要なんだっけか」

「『領域』の境界をまたいだ依頼なんかもそうらしいけど」


 一緒に歩いていたレオナも実例を挙げてみている。

 今日、俺と訓練場に行くことになった面子はレオナとルビィの二人である。いつも通りといえばいつも通りの顔触れだ。


「領域ですか?」

「東方領域とか西方領域とかいうアレね。基本的にDランク以下には越境依頼は回ってこないんだってさ」

「言われてみれば確かに。これまでの依頼も東方領域で完結する仕事ばかりだな」


 以前、俺は東方領域を出て帝都に足を運んだことがあったが、それは依頼とは無関係の用件だった。


「でもどうしてそうなってるんでしょうね」

「偉い人しか知らない理由でもあるんじゃない?」


 そんな大したことのない話題を続けているうちに、目的地の訓練場に到着する。生前(まえ)の世界にあったような普通の体育館の数倍以上の広さがあり、きちんと屋根も設けられているので降雪も気にせず訓練を積むことができる。


 この便利な施設をどうして今まで使わなかったのかというと、理由は単純と言うか現実的で、純粋に金銭面の問題である。


「前は利用料すら払う余裕なかったのにね。冒険者としてちゃんと稼げるようになったっていうか」


 訓練場の利用料を支払いながら、レオナがしみじみと呟く。

 この訓練場は私営の施設だ。維持費は全て利用料で(まかな)われているので、利用者はそれなりの代金を支払わなければならない。この辺はどちらの世界でも変わらない共通の原則だ。


 以前は収入が少なくてその程度の出費も厳しかったが、今は銀貨数枚の出費は必要経費として割り切れる余裕がある。これも俺達が冒険者として成長してきた証拠だと言えるかもしれない。


「初めて来ましたけど、色んなサービスがあるんですね……」


 ルビィは料金表を興味深そうに眺めている。訓練器材の貸し出しから攻撃呪文の使用にも対応した特別室の解放まで、多種多様な料金設定が掲示されているが、俺達が支払ったのは必要最低限の利用料金だけだ。


 あくまで新しく手に入れたカードの慣らし運転――俺は左腕だけでの戦闘に慣れるためでもあるが――なので、雪に影響されない訓練スペースさえ確保できればそれで充分。普段使っている空地がすっかり雪で埋まってしまったので、その代わりになる場所が欲しかっただけだ。


 月額料金で割安になるコースも設定されているものの、冒険者にとってはあまり得ではなさそうだ。冒険者は仕事で長いこと拠点を空けることも珍しくない。月額コースで契約しても殆ど無駄にしてしまうだろう。


「おー、盛り上がってるな」


 訓練場では大勢の人が武器を振るい、鍛錬に明け暮れていた。


 冒険者のパーティらしき集団もいるが、そうでない利用者も想像以上に多い。道場で体を鍛える感覚の一般市民。非番の日に鍛錬を積む治安維持の役人。何の集まりかよく分からない女性達。どこかで見覚えのある顔もちらほら目に映る。


 この世界では一般市民が《剣術》スキルを持っていることも珍しくない。生まれ持ったカードはランダムだし、アンコモン以下の戦闘スキルを持っていても戦う仕事に就くとは限らないからだ。


 そういう人達は、戦闘スキルを護身術や趣味の武道のように認識して必要最小限の訓練をする。


 例えば向こうにいる中年の男のグループは、大通りに店を構えた商人達の集まりだ。生前(まえ)の世界風に表現するなら剣術愛好サークル程度の集まりで、気軽な雰囲気で木剣を打ち付け合っている。


「それじゃ私達も始めよっか」

「ああ。依頼が始まるまでに慣らしておかないとな」


 空いていたスペースを確保してから、上着を脱いで身軽な格好になる。


「武器は木の奴にするか?」

「カイさんが良ければですけど、いつもの装備カードでやりましょう! そっちの方が経験になりますから!」

「できるだけ寸止めにするとして、怪我したら《ヒーリング》お願いね」

「どっちかというと怪我するのは俺の方じゃないか……? ルースにも来てもらった方がよかったな」


 レオナは《フレイムランス》を、ルビィは《スレッジハルバード》をそれぞれ実体化させる。どちらも普段から使い慣れている装備カードだ。


 一方、俺はいつもの《始まりの双剣》ではなく、新しく手に入れたばかりの《片手剣》を左手に握った。この武器と《剣術》スキルを左腕だけで扱う練習をすることが、俺にとっては今日一番の目的だ。


「それじゃ、よろしく頼む」

「こちらこそ。遠慮しないからね……っ!」


 素早く振るわれた《フレイムランス》を長剣で受け流す。リーチもパワーも圧倒的に負けているので、とにかく防ぎきることが最優先。お互いに《瞬間強化》を持っているが、片腕と両腕だと馬鹿正直に受け止めたら押し切られてしまう。


 一瞬の隙を突いて踏み込もうとするも、レオナは即座に飛び退いて距離を取り、入れ替わりにルビィが《スレッジハルバード》を振り下ろした。


 スレッジハンマー形態の(ヘッド)が固められた土の床を強く打ち、すぐさまハルバード形態に変形して逆袈裟斬りの要領で振り上げられる。こちらは勢いが強烈すぎて軽く触れただけでも剣を弾き飛ばされそうになる。


 数の上では二対一だが、二人とも『訓練』の体裁が整う程度の連携具合で戦ってくれている。本気で二人掛かりで掛かってこられたら、いくらなんでも《剣術(このスキル)》では対処しきれない。流石に《ワイルドカード》を使わなければどうしようもないだろう。


「たあっ! ……って、《上級武術》は使わないんですか?」

「そんなの使ったら特訓にならないだろ? ……っと!」


 あのスキルなら左腕だけでも問題なく戦えるだろうが、それに頼っていたら《ワイルドカード》が他のことに使えなくなるし、逆に他のことに使っている間はまともな白兵戦ができなくなってしまう。


 攻撃を(しの)いでいるうちにどんどん壁際まで追い詰められていく。後数歩でこれ以上後退できなくなるというところで、後ろに跳んで壁を蹴り、ルビィの頭上を跳び越えて着地する。《瞬間強化》と《軽業》の合わせ技だ。


「え、嘘っ!?」

「やって見せたことなかったっけか?」


 振り返られるよりも早く長剣を振るう。しかしそれより更に早く《フレイムランス》の刺突が繰り出され、長剣を派手に弾き飛ばした。


「……っと!」


 即座に実体化を解除して再展開。弾き飛ばされた長剣が消失し、再び左手に実体化する。


 周囲も気にせず打ち合っていると、いつの間にやら周囲にちょっとした人だかりが出来上がっていた。


「おい! 何か凄ぇことやってるぞ!」

「嬢ちゃんやっちまえー!」


 野次馬(かんきゃく)達の声が四方八方から投げかけられる。その八割以上がレオナとルビィに対する歓声というのには何とも言えない気持ちにさせられてしまうが。というか二人とも明らかに気恥ずかしそうでやり難そうだ。


 いくら見た目がいいとはいえ、妙にあちらへの声援に偏っているなと思っていると、冒険者らしき男の声援が耳に飛び込んできた。


「手加減してやれよ、Cランクー!」

「ああ……そういうことね」


 心の底から納得する。世間一般のイメージでは、Cランク冒険者はその時点で()()なのだ。魔獣討伐依頼を任せられるようになるランクなのだから当然と言えば当然である。実態はどうあれ、第三者のイメージはそうなってしまう。


 そしてこれは片腕が失くなろうと変わらない。片腕がないから弱いのではなく、片腕がなくてもCランクに相応しい強さなのだと認識される。ギャラリーの目には、俺の方が加減をして二人に稽古をつけているようにしか映っていないのだろう。


 とんだ誤解ではあるが、これからもそういうイメージで見られ続けるのは間違いない。心して動いた方が良さそうだと改めて実感させられる。


「……えっと、続けます?」

「いっぺん帰りたいんだけど……」


 二人が視線と歓声に耐え切れなくなってしまったので、今日のところは訓練を切り上げることにした。


 ステファニアの依頼の着手まであと一週間。この訓練を何度も続けていたら、ちょっとした名物になってしまうかもしれない。主に二人が。

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