171.ステファニアの依頼
――翌日。俺は指名依頼の件について話を聞くため、ギルドハウスに足を運んだ。
依頼主から「話し合いの席は同人数同士で」とのリクエストがあったとのことで、同行者はレオナとクリスの二人だけ。残りのメンバーにはギルドのメインホールで時間を潰してもらうことにした。
《真偽判定》持ちのクリスと白兵戦能力の高いレオナ。地下組織の連中と面会するメンバーとしては最適のはずだ。
ギルド職員に案内された応接室にいたのは、話に聞いていたとおり例の三人。
お嬢と呼ばれていた赤髪の少女、ステファニア。顔面まで傷だらけな強面の男、カルロス。そして一番の下っ端と思しき金髪の少年。
「本日は時間を作って頂いてありがとうございます」
「こちらこそ。依頼を受けるか決める前に事情を伺っておきたいですから」
ステファニアと定型的な挨拶を交わしてから、応接用の長椅子に向かい合って腰を下ろす。立会役のギルド職員は事情を聞かされていない様子だから、とりあえずは前情報ありきのやり取りは避けた方がよさそうだ。
あちら側もあくまで普通の依頼主という立場を崩すことはせず、丁寧な態度で依頼内容について語り始めた。
「今回あなた方に依頼したいのは、私達三人が帝都へ向かう間の護衛です」
「……帝都に行く理由を説明して頂いても?」
「はい。ギルドの方には既に伝えてありますが、私達はアロウ村とその近隣を拠点とする地下組織……でした」
「でした?」
「組織を畳むことにしたんです」
その発言には流石に少し驚かされてしまう。
ステファニア曰く、彼女達のファミリーは元々ステファニアの父親が率いていたそうだ。しかし大組織から見れば吹けば飛ぶような零細組織に過ぎず、去年父親が急死したことで瓦解を避けられなくなったそうだ。
跡を継いだステファニアは、建て直し不能に陥ったファミリーの崩壊を軟着陸させるために奮闘していた。弱小とはいえ、裏社会の組織が丸ごと一つ崩壊すれば、地元に様々な影響が出てしまう。ステファニアはそれを避けようとしていたらしい。
例のホテルで開かれていた会合に出席したのも、その一環だった。東方領域の地下組織が多く集まる場を利用し、あれこれと根回しをしようとしていたのだという。
「ですがそれも失敗に終わりました。私達は大手の同業者から理不尽な逆恨みを受けることになり、一刻も早く東方を脱出しなければならなくなったんです」
その辺りの経緯は嫌というほどよく知っている。弱小組織が大組織から構成員殺しの疑いを掛けられた以上、もはや尻尾を巻いて逃げるしか選択肢がないのだろう。
「元々、お嬢はファミリーの立て直しを考えておられた。どうにか説得して今の形に持って行ったのだが、そうしていなければ今頃どうなっていたことか」
ステファニアの説明にカルロスがちょっとした補足を加える。
部外者だから言えることかもしれないが、これまでの印象だけで語るなら、ステファニアには地下組織を率いるのは似合わないように感じられた。建て直しを諦めるよう説得されたのも何となく納得だ。
「逃走先が帝都なのはどうしてですか?」
依頼受諾前の打ち合わせとしては踏み込み過ぎた質問かもしれないが、聞いておかずにはいられなかった。
この依頼、あまりにタイミングが合いすぎている。依頼のついでに帝都へ行こうと決めた直後に、こんな依頼はいくらなんでも都合がよすぎるとしか思えない。ステファニア達が帝都を選んだ理由を聞いて、裏がないことを確かめておきたかった。
「私達の界隈では、訳有りの逃亡者は帝都に逃げ込むというのが常識なんです。人口が多いので見つかりにくいですし、地方の地下組織の影響力は届きませんから」
「……なるほど」
帝都には帝都の地下組織があるはずだし、そもそも皇帝のお膝元なのだから治安維持にも力が入っているはずだ。そんなところに追手を差し向けて逃亡者を殺したら、現地の地下組織や公権力をまとめて敵に回しかねない。完全に自殺行為である。
いくら頭に血が上っているとはいえ、弱小組織と心中したりはしないはずだ――ステファニア達はそう読んでいるのだろう。俺もその読みには同意だ。
「それで、依頼内容は追手を退けながら帝都に送り届けるということでいいんですね。他の条件は?」
「報酬額はパーティ人数に関わらず総額三万五千ソリド。出発は一週間後。帝都のギルドハウスに到着することで依頼完遂とさせてください」
何ともまぁ狙いすましたような報酬額だ。俺達のパーティが現時点で七人だと知っているから、一人五千ソリドと割り切りやすい額を提示したに違いない。
一人当たりの取り分はこの前のゴブリン退治とあまり変わらない。魔物との戦闘の可能性がなく、本当に追手が送り込まれるのかも分からないことを考えると、報酬自体は相場通りと言えるだろう。
気になることがあるとすれば、もう一つの条件の方だ。
「出発が一週間後というのは? 一刻も早く逃げる必要があるんじゃなかったんですか」
「まだすべきことがありますから。ファミリーのメンバーは私達三人だけじゃありません。他の人達の今後について最低限の保証をしてからでないと、逃げるなんてとても」
何を指して最低限の保証と言っているのか知らないが、おおかた身の安全や次の働き口といったところか。
命を狙われているリーダーが悠長に部下のことを気にかけていいのかと思わなくもないが、その辺りはステファニアという少女の人柄というか欠点というか、とにかく個性のようなものなのだろう。
「我々はとにかく早く逃げるよう説得したんだがな」
カルロスは呆れ交じりにそう言ったが、不思議と失望のような感情は感じられなかった。
「私達の護衛依頼、受けて頂けますか」
「…………」
片腕だけで腕を組むような仕草をして少し考え込む。依頼を受けるかどうかの判断は俺の一存で決めていいと、事前にパーティ内で意見を統一してある。なので後は俺がどう判断するか次第だ。
依頼内容自体に不審な点はない。あちらの発言に嘘があればクリスが合図を送ってくれる手筈になっているので、ちゃんと本当のことを話していると考えていい。逃走先に帝都を選んだ理由も、出発までにタイムラグがある理由も納得はできる。
となると、判断基準は仕事内容と報酬に俺達が満足できるかどうかが全てだ。
俺達も例の有力な地下組織とやから疑いを掛けられていることを考えると、追手の派遣や道中の妨害は間違いなく存在すると考えていいだろう。それも加味したうえで、実績を挙げつつ帝都へ移動できる都合のいいこの依頼を受けるかどうかを――
「……分かりました、受けましょう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
何度も深く頭を下げるステファニア。最初に会ったときに金髪の少年へ向けていたキツい態度と比べると雲泥の差だが、その心の底から安堵したような顔を見るに、俺達が依頼を受けなければ相当ヤバイ事態に陥ってしまうところだったのだろう。
何だか火中の栗を拾うような真似をしてしまったような気もするが、同席しているレオナとクリスも俺の判断に納得してくれているらしかった。
あちら側はというと、カルロスは特に感情を動かした様子はなく、金髪の少年は不満ながらも不承不承受け入れているといった様子だ。
「それじゃあ、依頼を受諾するってことで手続きを進めてください」
「……あの、本当によろしいんですか?」
丸く収まろうとしていた流れに口を挟んだのは、立会人役のギルド職員だった。
「何故追われているのかとか、どうしてあなた方を直接指名したのかとか、そういうことは聞かなくてもいいんですか? 答えるかどうかは依頼人の判断次第ではありますが、一応聞くだけ聞いておいた方がよろしいかと……」
それを聞いて、俺は少しだけ嬉しくなった。このギルド職員の発言は、俺達と言う冒険者の利益を最大限守るためのアドバイスだ。冒険者ギルドは冒険者のための相互扶助組織――それが建前だけではなくきちんと順守されていることに安心を覚える。
心配してくれたことへの感謝の念を込めながら、ギルド職員の懸念を否定する。
「大丈夫です。どっちも知ってますから」