170.セッティング(2/2)
エステルが取っておいてくれた食堂の隅の席で、夕食を取りながらあれこれと話を交わすことにする。話題はセットするカードのことから《ワイルドカード》のことまで様々だった。
まずは俺がセットすることにしたカードについて改めて説明する。レオナはもう知っているが、エステルにもきちんと伝えておかなければ。
「それじゃあ、次は私ね」
俺の報告が済んだところで今度はレオナが身を乗り出し、リストを書き記した紙をテーブルに広げた。俺は既に内容を知っているが、レオナの選んだ新しいセットリストは妙に攻撃的なカードばかりだ。
まずは基本として《ステータスアップ:技》が三枚と《ステータスアップ:心》と《ステータスアップ:体》が二枚ずつ。普段から愛用している《フレイムランス》《槍術》のセットと《瞬間強化》はそのまま使い続け、新たにスペルカードの《ワールウィンド》と数枚のアンコモンスキルがリストに加えられている。
《ワールウィンド》は俺もコピーして使ったことがあるスキルだ。効果範囲内の対象を吹き飛ばす旋風のスキルで、直接ダメージを与えるよりも陣形や隊列を崩したり、一気に大勢を蹴散らしたりするのに向いたスペルである。
一方で、アンコモンのスキル群には初見のものやコピーしたことがないものも多い。
《底力》はゲーム的に表現するなら『HPが一定値を下回っている間、ステータスを上昇させる』といったスキルだ。《ギルドカード》が表示するステータス中のHPは行動する活力全般を一括りにしたものなので、無傷だが疲れ果てている状態でも発動するらしい。
二枚目のアンコモンスキルは《痛覚緩和》。名前だけ見ると同じアンコモンの《痛覚遮断》の下位互換に思えるが、あちらは発動させてから一定時間だけ有効なのに対し、こちらはセットしている間ずっと有効だと記されている。いわゆる相互互換の関係だ。
三枚目は《ヴァイタリティ》。《ステータスアップ:体》と似ているが、ステータスアップの方は筋力や攻撃力も含む概念なのに対し、《ヴァイタリティ》はHPだけを直接向上させる。
「まだコスト余ってますけど使わないんですか?」
「本当は《ステータスアップ》を三積みしたかったんだけどね。引けなかったから、後で戦闘に関係ないスキルで埋めとこうかなって思って」
「なるほど……あ、でも確か、カイさんは何枚も引いてましたよね」
「そうだな。俺が持っててもしょうがないし、使うか?」
せっかくなのでそう提案してみたのだが、レオナは申し訳なさそうな困り顔を浮かべるだけだった。
「本当に嬉しいんだけど、カイに寄生してるみたいに見られることは、なるべくしたくないっていうか……」
「相変わらずだなぁ。俺も他人のこと言えた義理じゃないけどさ」
前々からレオナはこういう奴だ。最初に《瞬間強化》のカードを買ったときのことがよほど気になっているのか、パーティ内でも必要以上の貸し借りは作らないように心掛けているらしい。もちろんちょっとした手伝いや消耗品の融通は別だが。
俺はこういう拘りに関してどういう言えるような立場ではない。というか俺自身、借金絡みの経験から金銭の貸し借りや後払いのシステムに忌避感があるので、完全にお互い様である。
「だったらいつもの逆でいこう。新しいスキルの慣らし運転をしておきたいから、しばらく訓練に付き合ってくれ。《ステータスアップ》はその報酬ってことで」
普段、俺はレオナやルビィの特訓相手になって金銭の報酬を受け取っている。甘えたくないから金銭を介してけじめを付ける意味があるそうだが、それの逆をやろうというわけだ。
「……うん、それなら。ごめんね、面倒な奴で。自覚はあるんだけどさ……」
「何言ってんだ。面倒臭さなら俺の方が上だぞ?」
「二人ともそこで競ってどうするんですか。次は私のリスト見せますね」
エステルのセットカードのリストは、レオナとは逆の方向性で揃えられていた。
《ステータスアップ》は幸運にも数が揃ったので三積み。今まで使っていた《アイスショット》《アイスシールド》《フロストガントレット》の三枚はそのままだが、それ以外は直接的な攻撃や防御には関わらないように思えるものばかりだ。
例えばアンコモンの《リカバリー》は疲労を取り除くスペルで、レア装備の《新緑の外套》は太陽光を浴びることで着用者の体力と魔力を回復させるという、光合成さながらの変わり種の装備カードだ。
「攻撃スペルで後方支援とかしたかったんですけどね。欲しいものに限って引けないというか何というか」
「ああ……物欲センサー……」
レオナが共感を抱いたようにぽつりと呟いた。生前の世界でいうところのマーフィーの法則なのだろうが、やはりどこの世界でも似たような現象は起こるようだ。
「ところでカイさん。スペルカード同士を合体させたらおかしなことになったっていうの、結局どういうことだったんですか?」
「ああ、それか。ちょっと待ってな」
エステルが言っているのは、魔石の昇華中に《リインフォース》と《ハードニング》を融合させたら名前のない金色のカードになったことだ。
俺はテーブルを挟んだ向かいの長椅子に移動すると、二人に少し詰めてもらってそこに腰を下ろした。
「カードに名前がないこと自体は思議じゃなかったんだ。装備とスペルの融合でも実は名前のないカードになってたからさ」
壁に背を向けて、他の人から見えないようにしたうえでステータスウィンドウを開く。セットしているカードのページを表示すると、一覧の最上段に不自然な空欄がある。
「あれ? 《ギルドカード》、おかしくなっちゃったんですか?」
「いや、どうも融合させてる間はこうなるみたいなんだ。今は双剣と《ヒーリング》を融合させてるとこだな」
「じゃあどうして、名前がないぞって驚いたりしてたの」
「そりゃあ……融合させた後の名前なんて今まで確認してなかったからだよ」
レオナは呆れた顔を浮かべた。仕方がないと強弁したい気分だ。戦闘中に《ワイルドカード》を融合させてもいちいち名前なんて確認していられないし、平時にあれこれ実験するときも、どんな効果になるのかばかり注目していて名前の変化を気にする発想もなかった。
「第一、今までは装備やスキルばっかりだったから名前なんてどうでもよかったけど、スペルの場合はそうはいかないだろ。唱えなきゃ使えないんだからさ」
「だから、あのとき初めて名前が気になったってことですね」
納得した様子のエステルに小さく頷いてみせる。
ここまでは単なる現状報告だ。本題はこの次、新しい発見の報告から――
「確かにスペルは名前が分からないと唱えられない。けど色々試してみて分かったんだが、あのカードは唱えなくても使えるんだ」
「え……?」
どういうことなのかよく分かっていない二人の前で、《ワイルドカード》の融合状態を《リインフォース》プラス《ハーディング》の金色のカードに切り替える。そして、レオナの肩に片手を――今は左手しかないけれど――近付ける。
左手に意識を集中させると、レオナの全身をその着衣まで含めて淡い光が包み込み、すぐに薄れて消えていった。
「……え、今のひょっとして、詠唱なしでスペルを……?」
「らしいな。俺もまさかできるとは思わなかったけどさ」
コピーに融合に無詠唱。自分のカードのことながら、どんどん何でもありになっている気がして、嬉しさよりも困惑が強くなってくる。
かつて戦った錬金術師のエノクは、コピーしかできなかった頃の《ワイルドカード》を指して『レアリティは最低でもSRプラス。ひょっとしたらSSRに手が届いているかもしれない』と評した。正しいレアリティのレジェンドレアよりも二段階も低く見積もったのだ。
奴はこうも言っていた。レジェンドレアとは、錬金術の歴史を変えた《ヘルメス・トリスメギストス》のように絶対的な存在なのだと。
エノクの人間性はクズの一言だが、錬金術師としての能力と分析力は本物だ。初期段階の《ワイルドカード》がSR+相当であるのなら、きっと現時点の性能はSSR相当――最低でも更にもう一段進化するはずだ。
けれど、スペル同士の融合を無詠唱で発動できるというのがそれかと言うと、首を傾げざるを得ない。絶対性が足りていないように感じられる。恐らくは、この先には融合と同じくらいに決定的な性能の変化が――
「じゃあ金色に変わったのはどうしてなんですか? 他のはそのままの色でしたよね」
「手がかりが少な過ぎて、まだ仮説でしかないんだけどな。多分効果が純粋な足し算になってるからだと思うんだ」
「足し算?」
これは口頭だけで説明するよりも紙に書いた方が分かりやすい。セットリストを記していた神の裏側にペンを走らせる。
「《始まりの双剣》と《滑空の三日月刀》を融合させたときは、二振りの空を飛ぶ大剣になっただろ? 二枚のカードとして使えば三本の剣が出るはずだから、その点に限れば融合前よりも減っているわけだ」
文字と絵を組み合わせながら、《ワイルドカード》の融合に伴う部分的な性能の劣化について説明する。
他の実例でいうと、《軽業》とジャンプ力増強スペルの《スプリング》は身軽さと跳躍力を併せ持つ強化スキルになったが、自身の強化に限定されているため、他人に掛けられない点で原型の《スプリング》に劣っている。
「そっか……その理屈だと、双剣と《ヒーリング》の掛け合わせは斬ったところにしか効果がないし、攻撃スペルと双剣の融合も射程が短くなってるから……」
「だけど《リインフォース》と《ハーディング》の組み合わせは、両方の効果をそのまま足し合わせたものになる。人間に掛ければ身に着けている物と肉体を同時に強化するし、物体だけに掛けても《ハーディング》としての効果が百パーセント掛かるんだ」
この辺りのことはカードのセットリストを考える前に実験を済ませてある。自分でも気味が悪くなるくらいに都合のいい結果だった。
「想像だけど、こんなレベルの効果はレアの枠に収まらないから、カードが一段階上の状態になったんじゃないかな」
もちろん今のところ証拠は何もない。原因を特定するにはもっと実験と検証が必要だし、別のレアスペルを手に入れて試す必要もあるだろう。けれど現時点ではこれで充分だ。締め切りがあるわけではないのだか焦る必要はどこにもない。
そんなことを漠然と考えていると、エステルが満面の笑みを浮かべて、まるで思いつきもしなかったことを不意に口にした。
「本当に凄いですね! ということは、ひょっとしてSSR同士で融合させたらレジェンドレアが出来ちゃうんじゃないですか? 伝説ですよ、伝説!」
「――――」
それはないだろう――と否定することができなかった。
《ワイルドカード》はあらゆる面で未知数だ。どこまで行けるのか想像もできない。エステルの溢した冗談が現実になる可能性だって否定しきれないのだ。
「SSRなんてそうそう手に入らないでしょ」
「もしもの話ですよ。できたら凄いじゃないですか」
楽し気に言葉を交わす二人の横で、俺は言い知れない不安に襲われていた。
《ワイルドカード》――果たしてこいつは、俺の手に負える代物なのだろうか。人の身には余るレベルの存在に成り果てはしないだろうかと。
そのとき、食堂の扉が開いて見慣れた少女が入ってきたかと思うと、すぐに俺達の居場所を見つけて近付いてきた。宿泊客ではない美女の出現に食堂の視線が集中する。
「ちょうどよかった。三人とも揃ってるね」
クリスが向かい側の席に座ったので、カード関連の話を切り上げてそちらの話を聞くことにした。
「さっきギルドから依頼の話を持ち掛けられたんだ。何でもボク達を指定して指名依頼を申し込んだ人が現れたそうだよ。しかも帝都までの護衛なんていう、ボク達にとって好都合この上ない内容だ」
「本当ですか!?」
満面の喜色を浮かべるエステル。けれどレオナはどこか浮かない表情をしている。
俺もレオナと同じ気持ちだ。俺達みたいなCランクに上がりたての冒険者に、わざわざ追加料金を支払ってまで指名依頼を持ち込むなんて、よほど特別な事情や意図があるに違いない。それを確かめるまでは手放しには喜べなかった。
よくよく見れば、クリスも決していいニュースを持ってきたとは言い難い顔をしていた。
「なぁ、クリス。依頼主のことは聞いてるのか?」
「一応ね。例のホテルから逃走するときに一緒だった連中がいるだろう? ……依頼主は彼女達だ」