169.セッティング(1/2)
十連昇華できるだけの魔石を全て使い終えてすぐに、俺達はギルドハウスを後にしてそれぞれの宿に戻ることにした。セットするカードの選別という大事な作業は落ち着ける場所でやりたかったからだ。
手に入れたカード全てをセットすることはできない。カードにはコストがあり、合計セットコストが限界を超えるとペナルティを負うことになってしまう。
しかも、一度セットしたカードは自力では外すことができない。セットするのは自由自在なのだが、外すためには特別な設備――具体的には魔石昇華に使った祭壇が必要になるので、わざわざギルドに足を運ばなければならない。
そういうわけで、大量のカードを新しく手に入れた後には、手持ちのカードとにらめっこをいながら『セットリスト』とても呼ぶべきものを考え直さなければならないのである。
ちなみに、カードの実体化は肉体に溶け込んだカードの本体を外に出しているわけではなく、一時的な複製のようなものを実体化させているだけだ。
「《ワイルドカード》は確定として、《万人の弓》と《鋼索》と《ハードニング》は入れときたいな……《ステータスアップ》は一種類につき三枚までだから心技体全部限界まで積んで……これでコストの半分近く使うか……」
あれこれと呟きながら、備え付けのテーブルに並べたカードを重ねたり入れ替えたりする。事情を知らない人に見られたら不審者扱いされてしまいそうな絵面である。
ふと、端に置いていた二枚の銀色のカードに目をやる。
《始まりの双剣》
《双剣術》
――これまで俺の戦いを支えてくれた二枚のカード。けれど今となっては――右腕を失ったこの体ではこいつらを使いこなしてやることができない。この二枚を外すべきか否か。それが目下の悩みだった。
不意に部屋のドアがノックされ、扉越しにレオナの声が投げかけられる。
「ちょっといいかな」
「開いてるから入っていいぞ」
平服姿のレオナは、俺の部屋に入ってくるなりテーブルに広げられた四十枚程のカードに視線を落とした。
「ごめん、忙しかった?」
「いや、別に。それよりセットするカードはもう決まったのか?」
「仮組みは終わったから一度見てもらおうと思って。手が空いてないならまた後で出直すけど……あ、そのカード……」
レオナは俺が手に持っていた《始まりの双剣》と《双剣術》に気が付いて、気まずそうに言葉を濁した。気持ちは分かるが、いつまでも気にされていたら俺だってやりづらい。
大した問題じゃないとアピールする意味も込め、あえて軽い態度で今の悩みどころを打ち明ける。
「こいつらを外すかどうかで悩んでてさ。使い物にならないってほどじゃないんだけど、片腕で使えるアンコモンのスキルと装備も手に入ったわけだし、当面はそっちと入れ替えた方がいいんだろうかって」
「ああ……初めて買ったカードだから、悩んで当然よね」
「それもあるんだけどさ」
一旦《双剣術》をテーブルに置き、《始まりの双剣》だけをまじまじと眺める。
「村を出るときにルースが餞別でくれたカードなんだ。しかも死んだ爺さんの形見だっていうから、効率重視で考えて外すのは忍びなくって」
「なるほどね。でもそれでカイの負担が増えたらルースに悪いんじゃないかな」
レオナはテーブルの向かいの椅子に腰を下ろした。勝手知ったる何とやらというか、とてつもなく自然な流れの行動だった。
「とりあえず外しておいて、右腕をどうにかする目処が立ったら、現地のギルドハウスで入れ替えてもらえばいいでしょ」
「そうだな……確かにそれがいいかも」
悩みを打ち明けて正解だ。自分一人で考えて詰まったときは、やっぱり他の誰かに意見を求めるのが一番だ。
というかレオナもそれをするつもりで俺の部屋に来たはずなのに、俺の方が先に解決してもらうことになってしまった。本末転倒もいいところである。
「レオナの方は何が引っかかってるんだ?」
「具体的にどこがってわけじゃないんだけど、本当にこれでいいのか決めきれなくって」
今度はレオナのセットリストについてあれこれと意見を交わし合う。
そうこうしている間に、窓の外はすっかり暗くなっていた。こちらの世界でも冬の日没は早い。夏場ならまだ明るい時間帯でもこのとおりだ。
結局、俺のセットリストは《ワイルドカード》と《ステータスアップ》三種九枚に加えて、手に入れたばかりの《万人の弓》《鋼索》《ハードニング》のレアカード三枚に、アンコモン以下の《片手剣》と《剣術》、そして《瞬間強化》と《馬術》。後は元から持っていた《軽業》に、旅で役立ちそうな低レアリティ装備カードの《ロープ》と《携帯調理具》を選択した。
俺の場合、大抵の需要は《ワイルドカード》のコピーで事足りるので、セットするカードの選択基準は「コピーしたカードと併用したいかどうか」である。
《軽業》《瞬間強化》は当然これに合致する。素早く身軽に動きながら《ワイルドカード》を駆使する戦い方は俺の得意分野と言ってもいい。
《馬術》はこの前の遠征狩猟の経験を踏まえたものだ。《ワイルドカード》を戦闘用カードに回して馬のコントロールを疎かにするか、《馬術》をコピーして戦闘能力を落とすかの二者択一になるくらいなら、いいとこ取りを狙った方がずっといい。
もちろん《携帯調理具》はコピーした《料理》スキルとの併用が前提だ。《鋼索》と《ロープ》はコピーして使ってもよかったが、ロープが必要になるような不整地を移動しながら戦うことを考えると、《ワイルドカード》は好きに使えるようにしておきたい。
これでもコスト上限にはまだ余裕があり、コモンやアンコモンなら何枚も入れられるが、この余裕分はあえて残してある。《ワイルドカード》そのものはノーコストだが、コピーしている間はコピー先のコストに変化してしまうので、仮にSSRカードをコピーしてもコストオーバーを起こさないよう調節しておく必要があるからだ。
「できれば《暗視》とかも欲しかったんだけどな」
「カイの引いたカード、日常生活や普通の仕事なら大役立ちっていうの多かったしね。そっち方面狙って引いたのなら、間違いなく当たりだったのに」
「《ワイルドカード》があるからその辺はなぁ。とりあえず、市場に流れて世のため人のためになることを祈って、ギルドに売り払うことにするよ。ショップにいいカードがあったらその金で買っとこう」
軽口のような会話を交わしながら、テーブルの上に広げていたカードを片付ける。そろそろ夕飯にはちょうどいい頃合いだ。エステルと合流して食堂に行くことにしよう。
そう思って部屋を出ようとしたところで、レオナが何気なく質問を投げかけてきた。
「『売り払う』で思い出したんだけど、《前世記憶》ってもうギルドに売っちゃったの?」
「いや、まだ持ってるよ。帝都で売った方が高く売れるだろうってクリスに聞いたからさ」
「そういえばクリスは帝都が地元だっけ」
クリスがそういう知識を持っているのは本業の影響の方が強いのだろうが、他の皆には秘密にしてあるので口にはしない。
俺達のパーティは秘密を何でも明かし合う集団じゃない。お互いに隠し事があってもおかしくないという前提で繋がったメンバーだ。俺にはレオナに話していないことがあるし、逆に俺はレオナの事情を全て把握しているわけではない。
それがちょうどいいんだ――そう思ってはいるものの、いつまでもこの状況を維持できるとも思えない。何かの拍子に気付かれてしまったり、話さなければならなくなることもあり得るだろう。
万が一そうなってしまったときにどうするか、今から考えておいた方がいいかもしれない。白状する側としても、告解される側としても。最悪の場合、それが原因でパーティが瓦解することも否定しきれないのだから。
「――あ、こっちです! 席取ってますよ!」
食堂に入るや否や、エステルが無邪気な笑顔で俺達に向けて手を振った。
前回の引きで出てきたカードの謎については、次回更新時の説明となります。