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168.魔石昇華(2/2)

 《前世記憶》――転生前の記憶を蘇らせる特殊カード。すっかり認識から抜け落ちていたが、確かにこれもカードの一種だ。昇華(ガチャ)から出てきても何の不思議はない。


「……いや、要らねぇだろこれ」


 思わず素の反応を漏らしてしまう。俺にとっては正真正銘の不要牌。煮ても焼いても食えない外れくじだ。


「誰か使いたい奴、いるか?」


 念のため後ろの皆にも聞いてみたが、首を縦に振る奴は誰もいなかった。事情を知っているルースはもちろんのこと、他のメンバーも揃って微妙な顔をしている。


 前世記憶(このカード)は世間ではそういうリアクションを受ける代物だと知識で知ってはいたが、実際にそれを目の当たりにすると何とも言えない気持ちになる。嫌悪されているとまではいかないものの、使うかどうかとなれば躊躇わざるを得ない――そんな代物だ。


「やめときなよ。後戻りできないんだから」


 強い語調で否定的な意見を口にしながら、レオナは睨むように目を細め、銀色のカードを剣呑な表情で見据えた。


 レオナが不愛想な態度を取ること自体は珍しくないが、こんな風に敵愾心(てきがいしん)すら感じられる視線を向けてくることなんて滅多にない。それも敵ならまだしもパーティの仲間に向けてとなると猶更(なおさら)だ。


「前世がどんな人間だったかも分からないのに使うなんて、分の悪いギャンブルにも程があるでしょ。平凡なだけならまだしも、タチの悪い犯罪者だったりしたら最悪じゃない」

「カードを外したら記憶が消えたりしないんですか?」


 ルビィの素朴な疑問にパティが簡潔な解説を加える。


「基本的にカードは『スキル』『スペル』『装備』の三つに分類されるんだけど、それに当てはまらないものもあるのよ。皆が使っている《ギルドカード》もその一種ね。《前世記憶》はコストが存在せず外すこともできない、消失型と呼ばれる特殊タイプなの」


 消失型。字面からすると、使った時点でカードとしては消滅し、効果だけが残って外すことができなくなるカードといったところか。


 実際に使った立場だから言えることだが、《前世記憶》はまさにその通りの性質を持っている。《ギルドカード》のステータスにも表示されず、新堂海の記憶を取り戻したという結果だけが残り、それ以外の痕跡は何も存在していない。


 レオナの意見に触発されたのか、他の皆も《前世記憶》の風評や悪評を喋り始める。


「偉大な発明家は《前世記憶》持ちが多いって聞いたことはありますけど、やり直しが効かないとなると、僕でも躊躇(ちゅうちょ)しちゃいますね」

「そういえば、エルフの森だと絶対に使っちゃいけないカードだとされてるって聞いたことが。何でもエルフの風習を(ないがし)ろにするようになるからって」

「ボクの親戚から聞いた噂話だけど、これまでにない犯罪を最初に始めるのは大抵《前世記憶》持ちらしいね。特に詐欺なんかは物凄く巧妙なんだってさ」


 皆の話の内容はどれも納得せざるを得ないものだった。生前(まえ)の世界から見ると、この世界の技術は中世から近世にかけてのレベルだ。カードの恩恵で部分的には近世や近代レベルに達しているが、全体的にはまだまだ『昔』の水準である。


 俺にはその手の専門知識はないが、この世界ではまだ使われていない技術を思い出すことができば、確かに偉大な発明家と呼ばれることになるだろう。錬金術師としても大成できるかもしれない。


 生前(まえ)の宗教観の影響を受ければ、《前世記憶》を使う前とは宗教的な価値観が変わることだって充分にありうる。しかも『人間とは違う生物である』と自認するエルフに『異世界の人間』の価値観が混ざればどうなるか。俺には想像することもできない。


 中でもクリスが語る()()は本当に洒落にならない。親戚から聞いた話という体裁で喋っているが、本当は特務調査員としてクリス自身が体験した事例なのだろう。生前(まえ)の世界で使い古された詐欺の手口も、こちらに持ち込めばまだまだ新鮮で入れ食い状態という可能性もあるはずだ。


「で、でも悪いことばっかりじゃないかもしれないし」

「どうしてルースが《前世記憶》の擁護なんてするのよ」


 レオナにジトッとした視線を向けられて、ルースは曖昧に笑って誤魔化した。

 俺が《前世記憶》を使ったことは皆には秘密にしている。その事実を知っているのは幼馴染のルースだけだし、今更打ち明けることもできそうにない。


「しっかし、どうしたもんかな、これ。需要がないなら売っても大した金には……」

「《前世記憶》の買い取り価格は今なら二千ソリドね」

「二千!?」


 思わずパティに向き直って聞き返す。評判最悪のレアカードを二千ソリド(十万円)で買い取ってもらえるなんて、相手がギルドでなければ詐欺を疑うレベルだ。


 ちなみに同じレアカードの《双剣術》はギルドショップで一万六千ソリド(八十万円)で販売されていた。買い取り価格が販売価格の半値と見積もっても八千ソリド(四十万円)四掛け(よんわり)なら六千四百ソリド(三十二万円)だ。


 需要や有効性を考慮すると、《前世記憶》の市場価値が《双剣術》の三分の一から四分の一もあるなんて、にわかには信じられない。転生寸前の場でならいくら払ってでも手に入れたい代物だったが、今この世界で生きる人からの需要はそう多くないだろう。


「どうしてそんなに高く買ってもらえるんですか?」

「さぁ? 本部からのお達しで、《前世記憶》は確実に買い取るようにと言われてるの。冒険者に限らず民間からもね。理由まではちょっと……買い取った分は全部中央に送ってるし、どう処分してるのかは私も知らないわ」


 ギルド本部の指示で《前世記憶》を高く買い取っている――いまいち事情がよく分からないが、使いどころのないカードを二千ソリド(十万円)で引き取ってくれるのはありがたい。ギルドショップでUC(アンコモン)のスキルカードを購入できる金額だ。


 ……ただ、何故なのかという疑問は残る。使えないカードを引き取る救済措置だと言われればそれまでだが、何かしらの違う理由があるのではないだろうか。例えば《前世記憶》には俺達の知らない需要が存在するとか。具体的にどんな需要なのかはパッと思いつかないけれど。


「さ、残り四十個の昇華も済ませて。あなた達だけでもまだ四人も順番待ちがいるんだし、別のパーティの予約も入ってるんだから」

「っと、すみません」


 パティに促されて最後の十連昇華を開始する。

 流石にここで金色のカードが出るようなことは期待しない。それは流石に高望みが過ぎるというものだ。確定レア枠で分かりやすい強さのレアカードが出てくれたら充分だ。


 祭壇の上に次々に現れる低レアリティのカード群。いい加減にこの光景も見慣れてきたなと思い始めた頃に、ようやく本命のカードが実体化する。


「《ハードニング》……注ぎ込んだ魔力に応じて、物体の強度や靭性(じんせい)を向上させるレアスペル、か。《リインフォース》の物体限定バリエーションみたいな強化スペルだな」


 攻撃スペルならなお良かったが、これでも充分に満足できる収穫だ。このスペルを自前で唱え、肉体強度を向上させる《リインフォース》を《ワイルドカード》でコピーして唱えれば申し分ない強化を受けられる。


 これからより一層激しい戦いに巻き込まれることになるだろう。強化手段はいくらあっても困らないはずだ。


「いいカードだったみたいね。急かすようで悪いけど、次の人と交代してもらえる?」


 パティはしきりに時間を気にしている。次のパーティの予約時間が近いのだろう。無意味に時間を使って迷惑をかけるのも申し訳ないので、収穫(カード)を手早く纏めて部屋の隅に引っ込むことにする。


 入れ替わりで祭壇の前に立つレオナ。他にはエステルが十連昇華に挑戦できるので、二人の分が済めばとりあえずここからは撤収だ。


「……ん、待てよ」


 ふと思い立って、セットしたばかりの《ハードニング》を実体化させつつ《ワイルドカード》で《リインフォース》をコピーする。


 《ハードニング》は俺が初めて手に入れたスペルカードだ。これまでスペルは全て《ワイルドカード》のコピーに頼り切りだったので、スペルカード同士の融合を試してみたことは一度もなかった。いい機会なので一度試してみた方がいいかもしれない。


 二枚の銀色のカードを重ね合わせる。するとそれぞれのカードが輪郭を失い、溶け合うように一つになっていき、眩い金色の光を放ち始めた。


「うわっ……!」


 発光が収まった後に残されていたのは、SR(スペシャルレア)以上の高レアリティカードと同じ輝きを帯びた金色のスペルカードだった。


 皆の視線が一斉に集まる。誰もが言外に説明を求めているのが伝わってきた。


 目視と《鑑定》スキルで金色のカードを隅々までチェックする。そして思わず眉をひそめてしまう。あるべきものが見当たらず、分からなければならないことが分からない。あまりにも不自然な状態だ。


「おかしいな。こいつ、名前がないぞ。無名のスペルなんて唱えられるのか?」

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