167.魔石昇華(1/2)
ミーティングが終わってすぐに、俺達は魔石昇華の祭壇がある部屋に向かった。今後の方針が決まったのだから昇華を先延ばしにする必要なんてない。さっさと使ってしまって力に変えるのが一番だ。
祭壇の部屋に入ると受付嬢のパティが既に準備を整えてくれていた。
「正式昇格おめでとう。まさかこんなに早く魔石を集めてくるとは思わなかったわ」
「自分でも驚きましたよ。もっと時間が掛かるものだとばかり」
ゴブリン退治と狩猟遠征そのものだけでは、魔石は合計二十九個までしか増えなかった。正式昇格まで後十一個必要であり、もう一回魔石集めのために遠出しなければならないところだった。
それがこんなに早まったのは、ナーガを撃退した礼としてデミライオン達から大量の魔石を貰えたからに他ならない。
「さっそくですけど昇華をお願いできますか? これ全部お願いします」
「本当に凄い量ね。数えるから少し待っててね」
パティは作業台に置いた袋から魔石を取り出して、慣れた手つきでカウントしながら手早く三つの山に分けていく。
「……百二十個、確かに。ちょうど三十回分。一気に使っちゃう?」
「ええ。景気よくやっちゃってください」
まずは四十個の魔石が祭壇に捧げられる。俺は準備が整ったのを見計らって、祭壇の紋章に左手で触れた。
光の粒子が祭壇の上で渦を巻くように回転する。
一枚ずつ実体化していく十枚のカード――銅色のカードが九枚に銀色のカードが一枚。コモンとアンコモンのカードは一旦脇に纏めておいて、まずは銀色のレアカードの名前と性能を確認しておく。
カードの基本的な効果はセットすることで把握できる。裏を返せば、一度セットしなければ初めて見るカードの効果は分からないわけだが、そこを何とかしてくれるのもギルドのいいところだ。
ギルドは冒険者に関わる情報を収集し、所属する冒険者に提供している。昇華で手に入るカードの効果もその一環だ。運営側の人間であるパティが立ち会っているのもそのためで、既知のカードなら効果を教えてくれることになっている。
それに俺の場合、《鑑定》スキルをコピーすれば質問するまでもなく効果を把握できる。もちろん《鑑定》の限度を超えた代物でなければだが。
「どんなカードでした?」
エステルが興味津々に訊ねてくる。パーティの皆は部屋の入り口辺りで昇華の様子を見守っていた。
明確なルールというわけではないのだが、昇華をしている間は張本人以外は部屋の外で待機しておくか、祭壇から離れておくことがマナーであるとされているらしい。前に何かトラブルでもあったのではと感じてしまうような取り決めだ。
「《万人の弓》だってさ。けっこう面白い効果の装備カードだな」
「あっ……」
急に気まずい空気が周囲を包む。
「けど、ほら、使わないカードも未使用なら買い取ってもらえますし」
「右腕を取り戻すまで貸金庫に預けておいてもいいんだしね」
何だかフォローと慰めに徹されている雰囲気だ。まぁ、当然といえば当然の反応ではある。普通は右腕が使えなければ弓なんて宝の持ち腐れにしかならないだろう。
しかし、このカードの場合は少しばかり事情が異なる。
「いや、使うぞ? ――セット」
「ああっ!?」
銀色の装備カードをセットし、ギルドカードの機能の一つであるステータスウィンドウを展開して、《万人の弓》の効果を皆に見せる。
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【カード情報】
R《万人の弓》 コスト 6
【効果】
使用者に応じて『強さ』の変わる弓。
力強く引ける者には強い弓になり、
非力な者には相応の強さで引ける弓
となる。
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「誰にでも扱えるから"万人"の弓ってわけだな」
「装備カードの武具としての性能は、基本的にセットした正式所有者に合わせたものになるんだけどね。これは少し特別。貸すだけで相手に合わせて弓としての性能が変わるのよ」
俺の説明にパティが補足を加える。いわゆる弓の『強さ』――つまり弦を引いたときの重さは、単純な威力の高低だけでなく、そもそも使用できるのか否かという根本的な問題に関わってくる。
俺に合わせて調整された弓は恐らくエステルには使えない。純粋に筋力が足りていないのだ。レオナやルースなら《瞬間強化》で対応できるかもしれないけれど、俺が《瞬間強化》を使うこと前提の弓だとそれも無理だろう。
その点、自動的に『強さ』が変わるのはかなり使い勝手がいい。
「《瞬間強化》や《リインフォース》なんかで身体能力を強化すれば、それに合わせて弓の威力も上昇するみたいだしな。俺は当分使えないんだろうけど、必要に応じて皆に使ってもらうだけでも戦力アップになるだろ?」
現状、俺達のパーティには遠距離攻撃手段が乏しすぎる。何かしらのカードを《ワイルドカード》でコピーするしか手段がないんじゃないだろうか。
「……と言っても、《弓術》スキルとか持ってる奴っていたっけ?」
「いや、ちょっとした援護をするくらいなら、スキルはなくても充分だと思うよ」
そう言って話に割り込んできたのはクリスだ。
「《料理》スキルが無くても料理はできる。《剣術》スキルがなくても剣は振れるし、剣を持ち歩いている人間の全員が《剣術》スキルを持っているわけじゃない。もちろんその道の専門家には遠く及ばないだろうけど、皆ある程度の役には立てるさ」
「ああ……それもそうか」
必要に応じて《ワイルドカード》を切り替えて対応したスキルを使う癖がついていたので失念していた。そもそもカードは数年分や十数年分の鍛錬の成果を一瞬で得るようなものだ。カードがなくても素人並みのことなら充分できる。
弓のプロとして食べていくなら《弓術》系のスキルは必要不可欠だろうが、必要最低限の後方支援をするだけなら、カードがなくても問題はない。そういうものだ。
「とりあえず、効果の程を試してみるか。ほらっ」
「わわっ」
実体化させた《万人の弓》をエステルに投げ渡す。矢は出していないので屋内で試しても安全だ。
「んっ……確かにちょうどいい感じがします!」
「ほんとに? ちょっと貸してみて」
「後で試し射ちもしてみようか。レオナに強化スペルを掛けて《瞬間強化》を使ってもらうのが現時点での最大威力になるのかな?」
皆が試しに弓を引いてみている間に、次の十連昇華に挑戦する。
祭壇の紋章に触れ、光の塊を回転させる。銅、銅、銅、銀。銅、銅、銅、銅、銅。そして最後の一枚は――
「銀! レアカード二枚か、運がいいな」
十連昇華で銀一枚は確定だがもう一枚は素引きである。銀のカードが三枚手に入れば充分だと考えていたので、こいつは想定外の幸運だ。
そして気になるカードの内訳はといえば。
「一枚目は……《鋼索》?」
「え、ただの金属製のロープ? それがレアカードなの?」
レオナが正直すぎる感想を漏らす。そして事実、これ自体は本当に頑丈なだけのただのワイヤーだ。何かしらの特別な効果があるわけではない。普段から愛用している《始まりの双剣》が基本的にはただの双剣であるのと同じように。
……いや、そうではない。《鑑定》スキルを通してみる《鋼索》には、装備カードならではの便利な特性が備わっていた。
「こいつ、かなり便利そうだぞ。冒険なんてしてたら、頑丈なロープが必要になる局面なんて数えきれないくらいあるだろうけど、こいつがあったら重たくてかさばるロープを持ち運ぶ必要がなくなるんだからな」
装備カードの長所の一つは必要な時だけ実体化させられることだ。余計な荷物が減るというのは、それだけで何物にも代えられないメリットになる。ましてや頑丈な鋼索ともなると、太さや長さによっては十数キロにも達するだろう。
「出し方の自由度も高くて二本や三本に分けて出したりもできるみたいだし、好きなところで任意に切れるんだとさ。それにほら、装備カードって時間経過と魔力消費で自動的に修復されるだろ? こいつも装備カードだから実質的に無尽蔵ってわけだ」
「……なるほど。そう言われたらアンコモン以下じゃ過剰性能かも。金属のロープで登山って話は聞かないけど」
「まぁ、重いロープなんて登山じゃ使えたもんじゃないだろうからなぁ……あ、そういえば普通のロープの装備カードもあったぞ。アンコモンだけど」
「なにそれ。カイってロープに好かれてんの?」
軽口を叩き合いながら、もう一枚の銀カードの内容を確かめる。
《鋼索》も《万人の弓》も飛び抜けて強力なカードというわけではないが、冒険に役立つ便利なカードだ。しかし一枚くらいは分かりやすく強いカードが欲しいところである。できれば戦闘に貢献してくれるスペルカードなんかが有難い。
そんなことを思いながら目を通したカードの名は――
「……《前世記憶》……!」
ガチャ回前半。まだまだ続きます。